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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第35話




 かつて地上の国々に瓦礫の雨を降らせていた空飛ぶ幽霊都市は、たった一晩で、太陽の光を美しく透過する『絶対防衛・天空ステンドグラス要塞』へと変貌を遂げていた。


 総帥アルベルトが投じた白金貨二億五千万枚により、広大な雲の平原は巨大な魔導ステンドグラスのドームですっぽりと覆われ、一切の突風から守られていた。ドーム内の湿度は「雲の猫」が最もとろける完璧な数値に保たれ、中央にそびえ立つミスリル製の『バベル・キャットタワー』では、巨大な神獣ネフェル・フェリスが気体とも液体ともつかない不思議な体を伸ばし、シュワァァ……と心地よい音を立てて爪(?)とぎを楽しんでいる。


「素晴らしい……。無風の環境と完璧な湿度が、被毛(雲)の粒子をより細かく、よりしなやかに保っています。これぞ気体と液体のハイブリッドが生み出す、究極の柔軟性……!」


『ミャァ~。お兄ちゃん、このおっきなタワー、すっごくのぼりやすいにゃー』


 雲の絨毯の上で、ロイド・グランヴェルは恍惚とした表情で、液状化して水たまりのようになっている猫のぽっちゃりとした背中に顔を埋めていた。


 その横では、秘書官のクラウスが無表情のまま、ロイドのスーツに付着した雲の切れ端(蒸気)を『ミクロコロコロ』で「シュワァァ、シュポンッ」と未知の音を立てて吸い上げている。


 そこに、魔導プロペラのけたたましい駆動音と怒声がドームの外から響き渡った。


「おい、詐欺師の不動産屋!! 勝手にわしの都市の建物を落として、何を優雅に空飛ぶガラス箱の中でピクニックをしている!!」


 数十隻の重武装した空挺艦隊を引き連れ、ステンドグラス要塞のドックに強引に接舷してきたのは、あの傲慢な悪徳空中都市長だった。


 彼は、面倒な瓦礫の山がすべて排除され、そこが『絶対に沈まないミスリルタワー付きの安全な浮遊大陸』にすり替わっていると聞きつけ、強欲に目を血走らせて奪い返しに来たのである。


「あの建物を地上へ落とす魔法は契約外だ! つまり契約は無効! この空域の権利も、そのミスリルでできた塔も、すべて特権階級であるわしのものだ! 今すぐその魔獣を置いて、この場から飛び降りろ!」


 都市長が号令をかけると、空挺部隊がドーム内に雪崩れ込み、一斉に魔導銃をロイドへ向けた。


「……なるほど。国際問題と瓦礫の処理を押し付けた挙句、安全で莫大な価値を持つ空になったと知るや否や、武力で再拿捕ですか」


 ロイドは溜息(ためいき)を一つ吐くと、液状化した猫の雲からゆっくりと顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの温もりなど微塵もない。世界を裏から支配する、冷徹な特命代理としての(かお)だった。


「クラウス」


「はい、ロイド様。――不法侵入者を、拭き取れ(排除しろ)」


 クラウスが短く命じた瞬間。


 ステンドグラスの影やミスリルタワーの高所から、ドームの窓拭き用具を手にした『戦闘特科』の部下たちが音もなく降下した。彼らは空挺部隊の只中に降り立つや否や、瞬きする間に全員の武装を解除し、一滴の血も流させないまま全員を甲板に拘束した。


 完璧でエレガントな、一流の清掃員(暗殺者)による制圧劇である。

「ひぃっ!? な、なんだこいつらは……!」


「都市長。契約の不備を指摘するなら、然るべき機関を通して解決いたしましょう。……おや、ちょうど繋がっていますね」


 ロイドが空中にホログラムを展開すると、そこには威厳あふれる軍服を纏った男と、空の法律を司る大臣が映し出された。


「航空大臣、ならびに空の騎士団長。お疲れ様です」


『はっ! ロイド様! 例の空中都市の機関室のブラックボックス解析、および中抜きされた維持費の裏帳簿の照合、すべて完了いたしました!』


 都市長はその顔ぶれを見て、雲の床の上にへたり込んだ。この大陸の空の法律と武力を司るトップ二人が、なぜ地べたの不動産屋に最敬礼しているのか、彼の理解を超えていた。


「都市長。あなたが数年間、都市の浮遊機関の維持費を意図的に中抜きして私腹を肥やし、さらに不法投棄の証拠を隠滅するために、意図的にこの都市を地上の国々へ向けて暴走させていた証拠……すべて確保しましたよ。これは立派な国際テロ行為、および特権階級の横領に当たります」


「な、ななな……そんな馬鹿な! あの瓦礫の中の隠し金庫が――」


「我が社の『更地にする(必要な証拠だけを残す)技術』を甘く見ないでいただきたい。……大臣。この男の不正の全容を、直ちに各国首脳と国王陛下へ報告してください」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべて、空と大地の国際問題を一瞬で解決する完璧なビジネスの提案プレゼンを始めた。


「没収した都市長の全資産と空挺艦隊は、まず法に則り、瓦礫や影の被害に遭った地上の国々への『完全な賠償金』に充てるよう国王陛下へ進言してください。そして残りの莫大な資産と艦隊は、我が国の『航空インフラ整備基金』として国庫から還元し、空の安全と流通を守る防衛力とするのです。……ばら撒きではなく、あくまで『空と大地の平和を繋ぐ国家事業』としてね」


 航空大臣と空の騎士団長が、感銘を受けたように深く頷く。


『素晴らしいご提案です! これにより長年くすぶっていた他国との国際摩擦が完全に解消され、我が国の空の防衛力は飛躍的に高まります! 空の平和を取り戻した国王陛下の支持率は、歴史的なものとなるでしょう! 直ちに実行に移します!』


「ま、待ってくれ! わしの、わしの築き上げた空の特権と財産を、あんな地べたを這う国々に与えるというのか!? せめて都市長の名誉だけでも――」


「我が社は、今回の事件解決に対する正当な『迷惑料』を、後日国からほんの少しいただくのみで結構です。……空の交通網が安全になれば、巡り巡って我が財閥の航空物流利益も天文学的に跳ね上がりますからね。まさに完全なウィン・ウィンです」


 涼しい顔で「世界を救う英雄」の座と面倒な外交手続きを国家に譲り、自分たちは莫大な航空物流の実利と『極上の液状モフモフ』だけを独占する。これこそがロイド・グランヴェルの完璧な流儀。


「お引き取りを。あなたの下品な声では、猫ちゃんが怯えて雷雲(静電気)を放ってしまいますので」


 ロイドが優雅に指を鳴らした直後。


 都市長の醜い命乞いは、財閥法務部(回収班)によって物理的に塞がれ、そのまま空挺艦隊の暗い船底へと引きずり込まれていった。


 ほんの数分。


 一滴の血も流さず、一人の強欲な特権階級が空から消去され、同時に地上の国々を脅かしていた未曾有の危機が救い出されたのである。


「……ふぅ。まったく、せっかくの生地こねタイムを邪魔されるとは」


 ロイドが視線を落とすと、液状化した雲の猫が「ミャァ!」と嬉しそうに鳴きながら、気体の前足をスライムのように伸ばしてロイドの膝に絡みついてきた。


「ああ、ごめんなさいね。待たせてしまいました。さあ、特大の天空マタタビ綿飴を食べましょうか」


 先ほどまでの冷徹なビジネスマンの顔は幻であったかのように、ロイドは目を細め、愛しい気体の魔獣のひんやりとした体に沈み込んだ。


「……ロイド様。悪徳都市長の解任、およびこの空域の『特級航空インフラ拠点・独占運用権』の取得が完了しました。我が社がドームを建設したことで、このステンドグラス要塞の価値は大陸の空の心臓部と言える規模に膨れ上がっております」


 クラウスが手元のタブレットを確認しながら、無表情で『気体・雲散ミクロコロコロ』をロイドの背中に転がす。


「素晴らしい。これで、この子たちのためにさらに極上の環境を整えられますね」


 強欲な者を経済と権力で轢き潰し、地上の国々を救いながら、浄化された空から莫大な富を生み出す。


 世界一理不尽で、世界一優雅なワケアリ不動産の快進撃は、とどまることを知らない。




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