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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第34話




 ロイド・グランヴェルが優雅に指を鳴らした直後。


 遥か上空の雲海に待機していた巨大魔導艦から、不要な建造物の瓦礫やゴミだけをピンポイントで捕捉し、安全な地上の荒野へと投棄する極大の『超重力・建造物分離』が放たれた。


 ――ズゥゥゥンッ……フワァァ……。


 破壊音は一切ない。ただ、空間の重力ベクトルが書き換えられた強烈な圧迫感だけが空を揺らした。


 次の瞬間、都市の基盤にしがみついていた崩れかけの塔も、石畳も、不法投棄された巨大なゴミの山も、すべてが雲から「ツルン」と剥がれ落ち、遥か下界の指定無人エリアへと正確に落下していった。


 後に残されたのは、ただの更地ではない。


 瓦礫という重石が消えたことで、雲のネフェル・フェリスが生み出していた純粋な『雲の基盤』だけが空に浮かび上がり、日の光を浴びてキラキラと輝く、最高級の『完全浮遊・雲の平地(更地)』が誕生したのである。


「お見事。今回は対象の質量と材質を逆算した重力分離でしたが、我が一族のお家芸はいつ見てもスマートですね」


 特注スーツの結界で、急激な気圧変化とチリを完全に弾きながら、ロイドは満足げに微笑んだ。


 足元の雲は、ただの気体ではない。神獣である雲の猫の魔力が浸透し、トランポリンのような極上の弾力と、ウォーターベッドのようなしなやかさを併せ持つ「奇跡の天空地盤」へと進化していた。


「な、なんてことだ……。あんなに重苦しかった幽霊都市の瓦礫が、一瞬で消え去って、最高の雲の平原だけが残るなんて……!」


 安全圏で見守っていた元の空中機関士たちが、澄み渡った青空と純白の雲海を見渡し、感涙にむせんでいる。


「素晴らしい。これでここは、白金貨数万枚でも買えない『特級・航空インフラ拠点』へと生まれ変わりました。……さて、本省に報告を入れましょうか」


 ロイドが空中にホログラムを展開すると、今回も呼び出し音を待たずして、画面いっぱいに兄の顔が映し出された。


『ロイドォォォ! 私の愛する弟よ! 暴走する幽霊都市へ向かったと聞いたが、その美しい髪型は風で乱れていないか!? 今すぐ最高級の無風結界を張れる宮廷魔導師を百人送らせるぞ!』


 画面の向こうのアルベルト・グランヴェルは、何やら巨大な空賊船を素手(あるいは重力魔法)でベキバキと解体している真っ最中でありながら、満面の笑みを浮かべていた。


「お疲れ様です、総帥閣下(アルベルト兄さん)。ええ、R&Dのスーツのおかげで、気体と液体のハイブリッドな柔軟性を堪能する余裕すらありました。……ところで、後ろの空賊船は?」


『ああ、こいつら我が財閥の輸送ルートに不当な通行料を要求しようとしたマヌケどもだ。今ちょうど、彼らの船を物理的に『軽量化(スクラップ)』して差し上げているところだ。気にするな』


 氷点下の声で背後の惨状を一瞥した後、アルベルトは秒で蕩けるような笑顔に戻る。


『それよりロイドよ! 見事な都市解体だった! ……だが、待て。お前の足元でスライムのように広がっているその白い生き物は何だ? 周りに風を遮る壁が一切ないではないか!』


「壁と言われましても、瓦礫を落として出来たばかりの素晴らしい雲の平原ですが。それに猫ちゃんもこの広大な空を気に入って――」


『何ということだ……! 吹きざらしだ! 吹きざらしではないか!』


 アルベルトが、悲劇のヒロインのような仕草で額を押さえた。


『愛する弟と、液体のように形を変える変幻自在の神獣猫ちゃんが、そんな風の吹くままの野ざらしの雲の上にいるだと!? 万が一突風が吹いて、液状化した猫ちゃんが霧散して吹き飛ばされたらどうする! 宇宙の法則が許してもこのアルベルトが許さん!!』


「兄さん、雲の猫ですから風に吹かれるのはある意味自然なことなのですが」


『黙れ! おい経理! ロイドの口座に【ワケアリ雲海・超絶防風キャットタワー建造費】として白金貨二億枚を叩き込んでおけ!』


「……二、二億!? 兄さん、ついにとんでもない大台に乗りましたよ!?」


『空の風などすべてシャットアウトしろ! この広大な雲の平原全域を、絶対に割れない【最高級魔導ステンドグラスの巨大防風ドーム】で覆うんだ! 中の湿度は猫ちゃんが最も「とろける」数値に固定しろ! そして中心には、爪とぎし放題の【ミスリル製のバベル・キャットタワー】を建造するんだ! 害鳥の一羽でも侵入したら、上空から衛星レーザーで焼き払うシステムも完備しろ!』


 涼しい顔で、天空に巨大なステンドグラスのドーム都市を丸ごと一つ建設するという、神をも恐れぬ環境改造を命じる総帥。


『ミャァ。お兄ちゃん、あのうるさい箱、おもしろいにゃー』


 その時、水たまりのように広がっていた雲の猫の、のんびりとした念話が脳内に響く。


「ええ、もうすぐあの箱(通信機)の向こうの人が、この空に巨大なお家とタワーを建ててくれますからね、猫ちゃん」


 ロイドが液状化した毛玉に向かって優しく微笑むと、通信の向こうでアルベルトが残っていた空賊船のマストをへし折って立ち上がった。


『ロイド!! また私に聞こえない声で誰かと話したな!? その「ミャァ」は私にこそ向けられるべきだ! 今すぐ私を役員に加えろ! 猫ちゃんの肉球(結露)スタンプを私の頬にも押してほしい!! 追加で白金貨五千万枚だ!!』


「……はぁ。クラウス、また記録更新ですね」


「ロイド様。白金貨二億五千万枚の入金、確認いたしました」


 クラウスが無表情のまま、特製ミクロコロコロを「シュワァァ、シュポンッ」とロイドの肩に走らせながら、淡々と処理を進める。


総帥閣下(そうすいかっか)の仰る通り、これはもはや雲の平原ではなく『絶対防衛・天空ステンドグラス要塞』となります。巨大ドームの維持管理のために、私直属の戦闘特科から『部下』を百名ほど窓拭き係として派遣しておきます。あ、猫ちゃん用の『極上天空マタタビ(特大サイズ)』も追加発注済みです」


 数分後。


 風が吹き抜けるだけの雲の平地に、財閥本省から緊急転送された数万人の超特級・魔導建築工兵部隊が飛来し、空を覆い尽くすほどの「巨大ステンドグラスドームとミスリルタワー」の建造を凄まじい速度で開始した。


 最強の権力と、狂気すら感じる過保護な資金力を武器に、ワケアリ不動産屋はついに大空そのものをケースに入れ、世界最大の「猫のケージ」へと作り変えたのである。




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