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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第32話




 かつては特権階級が優雅なティータイムを楽しんだという、壮麗な空中庭園都市。


 しかし現在、その都市は制御を失い、常に致死レベルの暴風が吹き荒れる「空の墓場」と化していた。重力異常によって建物は次々と崩壊し、無数の瓦礫が遥か下界へと雨のように降り注いでいる。


「……ひどい有様ですね。大気中の魔素が乱れきり、常にハリケーンの中心にいるような気圧差です」


「ええ。浮遊機関が完全に停止し、都市の重量を支えきれなくなったことで、空間そのものが軋みを上げているのでしょう。一般の空の騎士団であれば、突風に煽られて一瞬で空の彼方へ吹き飛ばされてしまうはずです」


 瓦礫が宙を舞い、立っていることすら不可能な暴風の中。


 そんな極限の高度空間を、ロイド・グランヴェルと秘書官のクラウスは、まるで高級ホテルのラウンジでも歩くかのような優雅な足取りで、空中の足場(瓦礫)を渡り歩いていた。


 二人が着ているのは、グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が航空力学の常識をすべてゴミ箱に捨てて仕立て上げた、特注の【完全浮遊・気流安定用かんぜんふゆう・きりゅうあんていようスリーピーススーツ】である。


 いかに凶悪な突風が吹き荒れようと、スーツの表面に展開された『絶対気流・ベクトル中和結界』により、風の抵抗は完全にゼロ化される。ロイドの美しく整えられた髪の毛一本、スーツの裾1ミリたりとも揺れることはない。


「ですがロイド様。これほどの暴風と瓦礫の中では、視界が悪すぎますね」


「問題ありませんよ、クラウス。魔獣が絡む事故物件は、すなわち『最も魔素が濃い場所』に原因があるのです。……あそこです」


 ロイドが指差した先。


 それは都市の中心部、かつての中央広場だった。


 周囲の建物がすべて崩れ落ちている中、そこだけが『分厚い真っ白な雲』によってすっぽりと覆われていた。驚くべきことに、その巨大な雲は強風に流されることなく、崩れた建物の隙間や窪みに合わせて、まるで「液体」のようにぐにゃぐにゃと形を変えながら滞留していたのだ。


「……ロイド様。あの液状の雲の中心に、巨大な生体反応があります」


「ええ。出迎えてくれたようですね」


 クラウスがタブレットを操作した直後。


 ニャァァァァンッ!! と、大気を震わせるような高く澄んだ鳴き声が響いた。


 広場を覆っていた巨大な雲が、一瞬にして中心へと収束していく。


 気体が液体へ、液体が固体へと変質するように輪郭を形成し、そこに現れたのは――見上げるほど巨大な、純白の被毛(雲)を持つ猫の幻獣だった。


 伝説の神獣『雲のネフェル・フェリス』である。


 その体躯は巨大な神殿ほどもあるが、都市の崩れた器(瓦礫の隙間)に沿って、スライムのようにとろりと溶けるように寄りかかっている。


「なるほど、都市を飲み込む不気味な雲の正体は、『容器に合わせて液状化して眠る、巨大な白猫』でしたか。これほど見事に『猫は液体である』を体現した個体が存在していたとは」


「おお……おおおお……!!」


 冷静に分析するクラウスの横で、ロイドは目をカッと見開き、感嘆の声を漏らしていた。


 その瞳に宿っているのは、落下への恐怖などではない。極限まで高まった、純粋な『モフモフ(柔軟性)への愛』である。


「見なさい、クラウス! あの雲のように軽く、水のようにしなやかな被毛! 崩れた建物の形状に完全にフィットする、驚異の柔軟性と変幻自在のフォルムを!!」


 ロイドは、うっとりとした表情で巨大な雲の猫を見上げた。


「大空の気流を味方につけた究極のエアロダイナミクス……一切の骨格の制約を感じさせない『液体の如きぽっちゃり感』! なんと愛らしく、捉えどころのない『気体と液体のハイブリッド・モフモフ』ですか!!」


「ロイド様。感極まっているところ申し訳ありませんが、魔獣が威嚇態勢に入りました。前足を軽く引き絞り、周囲の空気を極限まで圧縮しています」


 見知らぬ侵入者ロイドの熱すぎる視線に対し、巨大な雲の猫は「シャーッ!」と威嚇の声を上げ、気体を纏った巨大な前足を素早く振り抜いた。


 空気を極限まで圧縮して放たれる、不可視の暴風撃――『ハリケーン級の猫パンチ』である。


『ニャァッ!!』


 直撃すれば大型飛空艇すらスクラップにする圧縮空気の塊が、ロイドを真っ向から捉える。


 ――しかし。


「素晴らしい……! なんという素早く、かつ空気抵抗を極限まで減らしたしなやかな一撃! あのプニプニの肉球が生み出す圧倒的な空力設計が、野生の気まぐれさをさらに引き立てていますね!」


 致死の猫パンチを、特注スーツの『ベクトル中和結界』でただの「そよ風」に変えながら、ロイドは無傷のまま、歓喜に震える声で叫んだ。


「あの絶対に形を留めない、雲と液体の間のような神秘的な毛並み! その実体のないフワフワの生地をこねるように優しく揉みほぐす『天空のマッサージ』のやりがいが、これまでの比ではありません! ああ、なんて贅沢な魔獣なのでしょうか!」


「……ええ。おっしゃる通り、私のカバンに用意した『強力粘着ローラー(気体・雲散対応ミクロコロコロ)』の出番ですね。後で急激な気圧変化によるスーツのシワ伸ばし代も、経理に請求しておきます」


 ハリケーンの猫パンチが吹き荒れる空中都市で一人熱狂するロイドと、無表情で特製コロコロの準備をするクラウス。


 そんな規格外の人間たちを前に、巨大な雲の猫は「……ミャ? なんで風で飛ばにゃいの?」という顔で前足を止め、不思議そうに首を傾げた。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。……さあ、私が極上の生地こねマッサージと、最高に甘い空のおやつを与えて差し上げましょう」


 ロイドは一切の警戒もなく、世界で最も優雅な足取りで、重力の狂った空中広場を滑るように巨大な白猫へと歩み寄り始めた。


 落下すれば即死の幽霊都市で、冷徹な御曹司による『最高にフワフワで変幻自在な買収劇』が、今、幕を開ける。




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