第31話 空飛ぶ幽霊都市と雲の猫
神獣パンダの加入と兄の暴走により、ワケアリ不動産本社要塞には『純金と翡翠でコーティングされた絶対防衛・竹林リゾート』までが追加されてしまった。
今日も黄金の竹林の隣にある特級温水プールサイドでは、極上の白黒モフモフと究極の防水ぽってりお腹が並んで昼寝をし、それをロイド・グランヴェルが至福の表情で撫で回すという、世界一贅沢な平和が広がっていた。
「――ロイド様。新たなお客様が、応接室でお待ちです」
クラウスの声に、ロイドは名残惜しそうにパンダの背中とラッコの肉球から手を離し、乱れたスーツを一瞬で整えて立ち上がった。
彼らが向かった応接室には、無駄に羽飾りを何層にも重ねた派手なマントを羽織る、傲慢そうな顔つきの中年男がふんぞり返っていた。
「よ、よくぞお越しくださいました。私が社長のロイドです。どうぞ、そちらのソファへ」
ロイドは洗練された所作で男を促した。
男は、大陸上空の特権的な空域を支配する『空中都市群』の一つを束ねる、悪徳都市長だった。彼は、窓の外で純金の竹を齧るパンダの姿に目を剥きながらも、必死に特権階級としての威厳を保とうとしていた。
「コホン。……ただの地べたを這う不動産屋かと思っていたが、これほどの設備を持つとは驚きだ。本日は、若き敏腕社長である君に、我が都市が管理していた『歴史ある空中庭園都市』の権利を譲ってやろうと思ってな」
「ほう。空に浮かぶ都市、ですか」
「そうだ。かつては美しい雲海の上に築かれた、風流な景観を誇った素晴らしい都市なのだがね。……ただ、少々『手入れ』が必要でな」
都市長は、わざとらしく溜息を吐き、忌々しそうに顔を歪めた。
「数年前から、その都市を浮かべていた『浮遊機関』が完全に制御不能に陥ってな。今や分厚い不気味な雲に覆われ、勝手に空を漂流しながら、地上の国々に巨大な影を落とし、崩れた建物の瓦礫を雨のように降らせる『空飛ぶ幽霊都市』と化してしまったのだ」
都市長は机を叩いた。
「現在、勝手に国境を越えるせいで、各国の王室から『領空侵犯の莫大な罰金』と『瓦礫被害の賠償金』、そして『都市の強制解体費』を毎月請求されておってな。まったく、地上を這う国々はこれだから忌々しい! だが、君たちの会社ならこの幽霊都市を上手く解体して更地にできるだろう! 本来なら白金貨数千枚は下らない特権空域の土地だが、今回だけは特別に、引き取り手数料として私から『金貨五十枚』を払ってやろう!」
莫大な国際的負債と、解体不可能な空のゴミの処理をすべて押し付けつつ、金貨五十枚という端金で恩を着せようとする悪徳都市長。
(ひっひっひ、どんなに金を持っていようと、空の恐ろしさを知らん地べたの若造め。あの暴走する幽霊都市から落下して、地上の借金取りに囲まれるがいいわ!)
下卑た笑いを必死に噛み殺す男の浅ましい計算など、ロイドはとうに察している。
しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、負債への恐怖でも怒りでもなく――極限まで高まった『歓喜』に打ち震えていた。
(都市の基盤を覆い尽くすほどの、巨大で不気味な雲。それが風に流されるのではなく、まるで意志を持っているかのように『勝手に形を変えて漂流』している……!?)
冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが限界突破の警報を鳴らしていた。
(どんな容器(都市)にも入り込み、地形に合わせて変幻自在に形を変える、捉えどころのない極上の柔軟性。……間違いない! 『猫は液体である』という古来からの格言通り、それは都市一つをすっぽりと飲み込むほどに巨大化した『究極の液体モフモフ(雲の猫)』です!!)
「……素晴らしいお話ですね。都市長、顔を上げてください」
ロイドは優雅に脚を組み替え、契約書を取り出した。
「我がワケアリ不動産が、その幽霊都市の権利と不良債権を『丸ごと』引き受けましょう。各国からの罰金も、瓦礫の処理も、すべて我が社が責任を持ちます。……金貨五十枚、確かに頂戴いたしました」
「や、やった! これで国際問題はすべてお前たちのものだ! せいぜい空の藻屑となるがいい、若造め!」
都市長は引ったくるようにペンを取り、サインを書き殴ると、逃げるように要塞を去っていった。
***
「……ロイド様。あのような国際問題の火種にしかならない空の不法投棄都市、転売の価値があるのですか?」
都市長が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。
「当然です、クラウス。あの男は、自分がどれほどの宝の空を手放したか理解していません。……魔獣を保護し、お家芸で『都市のゴミや瓦礫』だけを綺麗に重力で地上へ落として解体すれば、後に残るのは『絶対に沈まない、変幻自在の広大な雲の浮遊大陸(更地)』です。最高級の航空インフラ拠点になりますよ」
都市の瓦礫だけを落として、雲(猫)だけを空に残す。
一介の不動産屋が口にしていい規模の航空法違反スレスレの解体工事ではないが、財閥のトップエリートである彼らにとっては、少し大掛かりな大掃除程度の認識である。
「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところでロイド様、先ほどから口角が上がりっぱなしですが」
「ええ。いったいどれほど完璧な『液体の如き柔軟性』を持った、変幻自在のフワフワに仕上がっているのか……想像しただけで胸が高鳴ります。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族のお迎えです!」
クラウスが無言で『強力粘着ローラー(気体・雲散対応ミクロコロコロ)』をカバンに忍ばせる横で、ロイドは目を輝かせた。
瓦礫の雨を降らせる、空飛ぶ幽霊都市へ。
エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、究極の液体モフモフ(雲の猫)を求めて、優雅な足取りで空への旅路を出発した。




