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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第28話




「ク、クルゥ……?」


 城壁をも粉砕する魔鋼竹のフルスイングを完璧に無効化され、呪いの霧の中を優雅に歩み寄ってくるロイドに対し、巨大な神獣パンダ(陰陽熊猫)は丸い耳をピクピクと動かして困惑していた。


 この数年間、恐ろしい呪いの霧から身を守りながら、硬い竹ばかりを齧って孤独に生き抜いてきたというのに。目の前の人間から放たれる「異常なまでの愛情と安心感」に、野生の警戒心がすっかり毒気を抜かれてしまったのだ。


「さあ、まずはこれを。あんな硬い竹ばかり食べていては、顎が疲れてしまうでしょう」


 ロイドは懐から、美しい装飾が施された魔法の保温ケースを取り出した。


 グランヴェル財閥の最高頭脳『研究開発部(R&D)』のエリートたちが、純粋魔力だけを土壌にし、徹底的な温度と湿度の管理下で促成栽培した『幻の極上・魔力タケノコ』である。


 ケースを開けた瞬間、呪いの霧の淀んだ空気を一掃するような、若々しく芳醇な甘い香りが中庭に広がった。


「グォォ……!」


 神獣パンダの垂れ目から、完全に敵意が消え去った。


 抗いがたい香りに誘われ、握りしめていた丸太のような魔鋼竹をポイッと投げ捨てると、おそるおそる分厚い前足を伸ばしてタケノコを受け取る。


 サクッ、ジュワァァ……。


 一口齧った瞬間、口いっぱいに広がる極上の甘みと、驚くほど柔らかい瑞々しい食感。硬い竹ばかりをバキバキと食べていた幻獣は、開始三秒であっさりと陥落し、地面にどっしりと座り込んで「クルルゥ……(あまーい、やわらかい……)」と幸せそうに頬を緩ませた。


「美味しいですか? 良かったです。では、少し失礼して……」


 タケノコに夢中になっている隙を突き、ロイドは両手を大きく広げた。


 そして、神がかった手つきで、巨大なパンダのぽってりとしたお腹と、漆黒の耳の周りに両腕を埋め込み、『白と黒の違いを堪能する神マッサージ』を開始したのである。


「素晴らしい……! 純白の被毛はまるで雲のように柔らかく沈み込み、漆黒の被毛はシルクのように艶やかでしっかりとした弾力を持っている! そしてこの、顔を埋めた時の『圧倒的な安心感(ぽっちゃり感)』……! ああ、まるで最高級のモノクロ・ビーズクッションに飛び込んだようです!」


「……ロイド様。あまり激しくマッサージをすると、笹の葉の食べカスと呪いの霧の残滓が舞い上がって咽せますので、程々にしてください」


 呪いの霧の中で狂喜乱舞しながら白と黒の毛玉に溺れるロイドと、それを無表情で見守るクラウス。


 極上のおやつと、かつて味わったことのない至高のマッサージ。孤独な廃城生活から一転、天国のような温もりに包まれた巨大パンダは、すっかり警戒心を解き、ロイドの高級スーツにずんぐりとした頭を擦り付けて甘え始めた。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、極上の柔らかいタケノコ付き。完全防衛の広大な竹林リゾートで、のんびり暮らすのです」


 完全に骨抜きになった巨大パンダに対し、ロイドは涼しい顔で一枚の羊皮紙――宛先を『ワケアリ不動産・指定役員』に限定した【修正版・魔法契約書】を取り出した。


「インクは不要です。ここに、その立派で真っ黒な『肉球』をポンと乗せるだけで結構ですよ」


「クルッ! ポンッ!」


 愛らしい鳴き声と共に、神獣パンダは自ら進んで分厚い前足を契約書に押し当てた。


 羊皮紙に淡く光るマークが浮かび上がり、契約が成立する。


『……んふぅ。お兄ちゃんの手、すっごく気持ちいいのー。もっとタケノコちょうだーい』


「おや。少しのんびりとした、愛らしい声ですね。ええ、いくらでも差し上げますよ」


 ずんぐりとした体型に似合う、のんびりとした幼児の声(念話)が、ロイドとクラウスの脳内に響く。


「ロイド様。今回も無事に、念話は我々役員のみに届いております。世界中の出向社員の脳内に『パンダの笹おねだり』が響き渡って、全社員が仕事を放棄して笹を刈りに行くという放送事故は免れました」


「ええ、我が社のコンプライアンスは完璧ですから」


 自分の足元で笹をねだる巨大な白黒の毛玉を抱きしめながら、ロイドは至福の笑みを浮かべた。


 しかし、その超高級スーツは、パンダの純白の抜け毛と漆黒の抜け毛が(まだら)に付着し、まるでロイド自身がパンダ柄になったかのような悲惨な状態になっていた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞ白黒の黄金比の勲章ですよ、クラウ――って、ガシャッ、ウィーンって言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『強力粘着ローラー(白黒毛・自動分別対応版)』だった。


 ガシャッ、ウィーン、シュルルッ! という、精密機械が稼働するようなシュールな音を立てて、ロイドのスーツから見事に抜け毛を剥ぎ取り、しかも内部で『白い毛』と『黒い毛』を別々のダストボックスへと自動で振り分けていく。


「な、なんて手際だ……我々が恐れて近づけなかったあの巨大な怪物を、たった一本のタケノコと素手でのマッサージで手懐けてしまうなんて……!」


 呆然とする声に振り返ると、呪いの霧の境界線付近にある崩れた石壁の影に、ボロボロの農作業着を着た男女が数名、腰を抜かして座り込んでいた。


 彼らは、悪徳領主に不当に追い出された『元の竹林農家たち』だった。どうしても自分たちが代々育ててきた魔鋼竹の森が気になり、恐怖に耐えながらこっそり様子を見に来ていたのだ。


「おや。こんな呪いの霧が立ち込める危険な場所で、ずっと竹林を見守っていたのですか」


 ロイドは自動分別コロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「悪徳領主に土地を奪われながらも、この美しい竹林への愛情を捨てきれずにいた。……その職人としての誇り、高く評価いたします」


 ロイドの言葉に、元の竹林農家たちはハッと息を呑み、そして大粒の涙を流した。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』のリゾート専属・魔鋼竹の管理者として再雇用してあげましょう。初任給は金貨十枚です。もちろん、このパンダちゃんの『おやつ係(危険手当)』もつきますよ」


「き、金貨十枚!? 一生かかっても稼げないような額じゃないか!」


「一生ついていきます、社長!!」


 こうして、魔獣の保護と優秀なスタッフの確保は完了した。


 ロイドはパンダの沈み込むような毛並みに埋もれながら、空を覆い隠す不気味な廃城の石組みを見上げる。


「クラウス。元・農家たちの退避は完了しましたね?」


「はい、ロイド様。すでに全員を安全圏へ避難させております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。上空の魔導艦に合図を。この無価値で不気味な『古城』だけを綺麗に消し去り、美しい『更地(さらち)(太陽の当たる竹林)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。


 遥か上空の雲海から、建造物の石組みだけを精密に塵へと変える極大の『精密・建造物爆砕』が、呪われた古城へと放たれた。




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