第26話 幽霊の出る古城と神獣パンダ
神獣エンペラー・シーオッターの加入により、ついに『天空の浮遊温水プール要塞』まで増築されてしまったワケアリ不動産・本社。
今日もプールサイドでは、極上のぽってりお腹を見せて浮かぶ巨大ラッコと、その手を「ぎゅっ」と握りしめたまま恍惚の表情でブラッシングをする社長、そして無表情で吸水コロコロをかける秘書官の姿があった。
「――ロイド様。新たなお客様が、応接室でお待ちです」
クラウスの声に、ロイド・グランヴェルは名残惜しそうにラッコの肉球から手を離し、濡れたスーツを一瞬で乾かして立ち上がった。
彼らが向かった応接室には、ギラギラとした成金趣味の装飾品を身につけた、恰幅の良い中年の男がふんぞり返っていた。
「よ、よくぞお越しくださいました。私が社長のロイドです。どうぞ、そちらのソファへ」
ロイドは洗練された所作で男を促した。
男は、大陸南部に広大な領地を持つ悪徳領主だった。彼は、窓の外を飛んでいく小グリフォンや、プールで遊ぶ巨大ラッコの姿に顔を引きつらせながらも、必死に貴族としての威厳を保とうとしていた。
「コホン。……ただの成り上がりかと思っていたが、これほどの設備を持つとは驚きだ。本日は、若き敏腕社長である君に、我が領地にある『歴史的価値の高い古城』を譲ってやろうと思ってな」
「ほう。古城、ですか」
「そうだ。かつては美しい竹林の庭園を持ち、風流な景観を誇った素晴らしい城なのだがね。……ただ、少々『手入れ』が必要でな」
領主は、わざとらしく溜息を吐き、声を潜めた。
「数年前から、その城に『悪霊』が住み着いてしまってな。夜な夜な、中庭の竹林から……何者かが『太い骨をバキバキと噛み砕き、へし折るような恐ろしい怪奇音』が響き渡るのだ。おかげで誰も近づけず、今や完全に呪われた廃城だ」
領主は忌々しそうに顔を歪めた。
「現在、その城の呪いが周辺に広がらないよう、教会から『莫大なお祓い費用』と『危険地帯の管理費』を毎月請求されておってな。まったく、教会も幽霊も忌々しい! だが、君たちの会社ならこの城を上手く浄化して活用できるだろう! 本来なら白金貨数百枚は下らない土地だが、今回だけは特別に、引き取り手数料として私から『金貨五十枚』を払ってやろう!」
教会の負債と呪いの恐怖をすべて押し付けつつ、金貨五十枚という端金で恩を着せようとする悪徳領主。
(ひっひっひ、どんなに金を持っていようと、幽霊の恐怖を知らん世間知らずの若造め。あの呪われた竹林に足を踏み入れ、恐怖で発狂するがいいわ!)
下卑た笑いを必死に噛み殺す男の浅ましい計算など、ロイドはとうに察している。
しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、恐怖でも同情でもなく――極限まで高まった『歓喜』に打ち震えていた。
(夜な夜な、竹林の中で……太い骨をへし折るような、硬いものをバキバキと噛み砕く音……!?)
冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが限界突破の警報を鳴らしていた。
(そんな硬いものを齧る生き物が、竹林に住んでいるはずがない。いや、一種類だけ存在する! 鋼鉄のような硬さを持つ竹を主食とし、その驚異的な顎の力でバキバキと平らげる、あの愛らしい姿……! 間違いない、それは『極上の白と黒の黄金比』を持った、巨大なパンダのモフモフです!!)
「……素晴らしいお話ですね。領主様、顔を上げてください」
ロイドは優雅に脚を組み替え、契約書を取り出した。
「我がワケアリ不動産が、その古城の権利と不良債権を『丸ごと』引き受けましょう。教会への罰金も、悪霊(魔獣)の処理も、すべて我が社が責任を持ちます。……金貨五十枚、確かに頂戴いたしました」
「や、やった! これで教会の負債はすべてお前たちのものだ! せいぜい呪いの音に怯えて暮らすがいい、若造め!」
領主は引ったくるようにペンを取り、サインを書き殴ると、逃げるように要塞を去っていった。
***
「……ロイド様。あのような呪いの怪奇音が響く古城、転売の価値があるのですか?」
領主が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。
「当然です、クラウス。あの男は、自分がどれほどの宝の山を手放したか理解していません。……魔獣を退去させ、お家芸で邪魔な『不気味な城』の石組みだけを綺麗に吹き飛ばして更地にすれば、最高級の魔導素材である『極上の竹林リゾート』が誕生しますからね」
城を爆砕して、庭の竹林だけを残す。
一介の不動産屋が口にしていい規模の解体工事ではないが、財閥のトップエリートである彼らにとっては、少し大掛かりな模様替え程度の認識である。
「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところでロイド様、先ほどから口角が上がりっぱなしですが」
「ええ。いったいどれほど完璧な『白黒のカラーリング』を持った、まん丸のフワフワに仕上がっているのか……想像しただけで胸が高鳴ります。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族のお迎えです!」
クラウスが無言で『強力粘着ローラー(白黒毛・自動分別対応版)』をカバンに忍ばせる横で、ロイドは目を輝かせた。
骨を砕くような恐ろしい咀嚼音が響き渡る、呪われた廃城へ。
エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、極上の白黒モフモフを求めて、王宮のカーペットを歩くかのような足取りで出発した。




