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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第25話




 かつて近づく船をすべて呑み込んでいた極寒の暗礁海域は、たった一晩で、海上に浮かぶ『絶対防衛・天空浮遊プール要塞』へと変貌を遂げていた。


 総帥アルベルトが投じた白金貨九千万枚により、海域の中心には広大な特級クリスタル製の温水プールが建造されていた。中の水はすべて、不純物を一切含まない適温(摂氏十五度)の聖水に入れ替えられている。


 プールの底には、海底から引き上げられた金銀財宝が色鮮やかな装飾として敷き詰められ、その水面で、巨大な神獣エンペラー・シーオッター(帝王ラッコ)がぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんでいた。


「素晴らしい……。波のない穏やかな温水プールでグルーミングをすると、被毛に溜め込まれた空気の層がさらに均一になり、究極の『ぽってり感』が生み出されます。ああ、至福ですね」


『キュィ~……。お兄ちゃん、おてて、ぎゅっ』


 プールサイドから身を乗り出し、ロイド・グランヴェルは恍惚とした表情でラッコの超高密度毛に指を滑らせていた。ラッコは安心しきった顔で、短い前足でロイドの左手をしっかりと握りしめている。


 その横では、秘書官のクラウスが無表情のまま、ロイドの袖口を『完全防水・超吸水コロコロ』で「ズギュッ、キュポンッ」と音を立てて掃除していた。


 そこに、けたたましい魔導機関の駆動音と怒声が響き渡った。


「おい、詐欺師の不動産屋!! 勝手にわしの海を割って、何を優雅に水遊びをしている!!」


 数十隻の武装した私兵艦隊を率いて、プール要塞のドックに強引に乗り込んできたのは、トライデント・ギルドの悪徳ギルドマスターだった。


 彼は、干上がった海底から「莫大な隠し資産と密輸品」が引き上げられ、さらにはこの海域が途方もない価値を持つ安全な平地(更地)になったと聞きつけ、強欲に目を血走らせて奪い返しに来たのである。


「あの海割りの魔法は契約外だ! つまり契約は無効! この海域の権利も、海底から引き上げた我がギルドの積荷も、すべてわしのものだ! 今すぐその魔獣を置いて、海域を明け渡せ!」


 ギルドマスターが扇子を振り下ろすと、私兵たちが一斉に武器を構え、艦隊の魔導砲がロイドへと向けられた。


「……なるほど。不良債権と遺族への賠償責任を押し付けた挙句、海が綺麗になって宝が出たと知るや否や、武力で再拿捕ですか」


 ロイドは溜息(ためいき)を一つ吐くと、ラッコと繋いでいた手を優しく離し、ゆっくりと立ち上がった。その顔には、先ほどまでの温もりなど微塵もない。世界を裏から支配する、冷徹な特命代理としての(かお)だった。


「クラウス」


「はい、ロイド様。――不法侵入艦隊を、制圧しろ」


 クラウスが短く命じた瞬間。


 要塞の影、そして空中の光学迷彩の中から、黒ずくめの『戦闘特科』の部下たちが音もなく降下した。彼らは私兵たちの甲板に降り立つや否や、瞬きする間に全員の武装を解除し、魔導砲の機関部を物理的に破壊して制圧を完了させた。


 一滴の血も流させない、圧倒的でエレガントな制圧劇である。


「ひぃっ!? な、なんだこいつらは……!」


「トライデント・ギルドのマスター。契約の不備を指摘するなら、然るべき機関を通して解決いたしましょう。……おや、ちょうど繋がっていますね」


 ロイドが空中にホログラムを展開すると、そこには威厳あふれる軍服の男と、鋭い眼光の文官が映し出された。


「海軍大将、ならびに関税局長。お疲れ様です」


『はっ! ロイド様! 例のギルドの海底調査、および裏帳簿の照合、すべて完了いたしました!』


 ギルドマスターはその顔ぶれを見て、腰から崩れ落ちた。この国の海の安全と物流を司るトップ二人が、なぜ一介の不動産屋に最敬礼しているのか。


「ギルドマスター。あなたが数年間、意図的に船に違法な過積載を行い、保険金を騙し取るために乗組員ごとこの暗礁に沈めていた証拠……海底からすべて引き上げましたよ。さらに、他国からの違法薬物の密輸の痕跡も。これは立派な国家反逆罪および、海上テロ行為に当たります」


「な、ななな……そんな馬鹿な! 海の底の証拠など、見つかるはずが――」


「我が社の『更地にする(海を割る)技術』を甘く見ないでいただきたい。……大将。この男のギルドの不正の全容を、直ちに国王陛下へ報告してください」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべて、国境をも動かす完璧なビジネスの提案プレゼンを始めた。


「拿捕したギルドの私兵艦隊と全資産は、まず法に則り、彼が冷たい海の底へ見捨てた乗組員の遺族たちへの『完全な賠償金と支援』に充てるよう国王陛下へ進言してください。そして残りの莫大な資産と船は、国の『沿岸警備隊の強化』および『海上インフラ投資』として国庫から還元するのです。……ばら撒きではなく、あくまで『海の安全を取り戻すための国家事業』としてね」


 海軍大将と関税局長が、感銘を受けたように深く頷く。


『素晴らしいご提案です! これにより長年苦しんできた遺族が救われ、かつ国の防衛力も飛躍的に高まります! 悪を討ち、海を浄化した国王陛下の支持率は盤石のものとなるでしょう! 直ちに実行に移します!』


「ま、待ってくれ! わしの、わしの築き上げた艦隊と財産を、あんな下民どもに与えるというのか!? せめて商会の名前だけでも――」


「我が社は、今回の事件解決に対する正当な『迷惑料』を、後日国からほんの少しいただくのみで結構です。……航路が安全になれば、巡り巡って我が財閥の物流利益も跳ね上がりますからね。まさに完全なウィン・ウィンです」


 涼しい顔で「国を救う英雄」の座と面倒な手続きを国家に譲り、自分たちは莫大な物流の実利と『極上のモフモフ』だけを独占する。これこそがロイド・グランヴェルの完璧な流儀。


「お引き取りを。あなたの下品な声では、ラッコちゃんの繊細な毛並みが潮風で傷んでしまいますので」

 ロイドが優雅に指を鳴らした直後。


 ギルドマスターの醜い命乞いは、財閥法務部(回収班)によって物理的に塞がれ、そのまま暗い船底へと引きずり込まれていった。


 ほんの数分。


 一滴の血も流さず、一つの強欲な海運ギルドが社会から消去され、同時に多くの遺族たちが地獄のような悲しみから救い出されたのである。


「……ふぅ。まったく、せっかくのブラッシングタイムを邪魔されるとは」


 ロイドが視線を落とすと、巨大ラッコが「キュィ!」と元気よく鳴きながら、短い前足でロイドの右手を再び『ぎゅっ』と握りしめてきた。


「ああ、ごめんなさいね。待たせてしまいました。さあ、特大の黄金ウニを食べましょうか」


 先ほどまでの冷徹なビジネスマンの顔は幻であったかのように、ロイドは目を細め、愛しい海の魔獣のぽってりとしたお腹に顔を埋めた。


「……ロイド様。悪徳ギルドの解体、およびこの海域の『独占安全航行権』の取得が完了しました。我が社が海流を鎮めたことで、大陸間の輸送コストが大幅に下がり、我が財閥の海運利益は軽く数百倍に跳ね上がります」


 クラウスが手元のタブレットを確認しながら、無表情で『吸水コロコロ』をロイドの背中に転がす。


「素晴らしい。これで、この子たちのためにさらに極上の環境を整えられますね」


 強欲な者を経済と権力で轢き潰し、遺族と海を救いながら、浄化された航路から莫大な富を生み出す。


 世界一理不尽で、世界一優雅なワケアリ不動産の快進撃は、とどまることを知らない。




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