表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/39

第22話




 かつては豊かな漁場であり、大陸間の重要な交易ルートでもあった『セイレーン暗礁海域』。


 しかし現在、その海域に近づく船は一隻もない。空は分厚い暗雲に覆われ、巨大な竜巻と大渦巻が絶え間なく発生し、氷のように冷たい波が天高く打ち上がる「死の海」と化していた。


「……ひどい有様ですね。大気中の魔素が乱れ、海流が完全に狂っています」


「ええ。海底に沈められた違法な過積載船から、何か良からぬ魔力物質が漏れ出しているのでしょう。一般の海軍艦隊であれば、渦に巻き込まれて数分で海の底に引きずり込まれてしまうはずです」


 巨大な波が牙を剥く、極寒の嵐の中。


 そんな船を出すことすら不可能な極限環境の中を、ロイド・グランヴェルと秘書官のクラウスは、王宮の回廊でも歩くかのような優雅な足取りで『海の上』を進んでいた。


 二人が着ているのは、グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が最新技術と国家予算レベルの素材で仕立て上げた、特注の【|完全防水・深海水圧耐性《かんぜんぼうすい・しんかいすいあつたいせい》スリーピーススーツ】である。


 いかに荒れ狂う波が打ち付けようと、スーツの表面に展開された『絶対反発・表面張力結界』により、水滴一つとして生地に染み込むことはなく、二人は沈むことなく波の上を平然と歩行していた。


「ですがロイド様。これほどの嵐の中では、視界が悪すぎますね」


「問題ありませんよ、クラウス。魔獣が絡む事故物件は、すなわち『最も魔素が濃い場所』に原因があるのです。……あそこです」


 ロイドが指差した先。


 それは魔の海域の中心、すべてを呑み込む巨大な『大渦巻』のど真ん中であった。


 そこだけが不自然に波が穏やかであり、渦の中心に浮かぶ「何か」からは、コンコン、コンコンと、硬いものをぶち当てる奇妙な音が響いていた。


「……ロイド様。あの渦の中心に、巨大な生体反応があります」


「ええ。出迎えてくれたようですね」


 クラウスがタブレットを操作した直後。


 ザバーーーンッ!! と、巨大な水柱を上げて、大渦の中から『それ』は姿を現した。


『キュィィィィッ……!!』


 嵐の海に響き渡る、高く愛らしい鳴き声。


 現れたのは、見上げるほど巨大な――純白に近い被毛を持った、ラッコの姿をした幻獣だった。


 冷たい海の上にぷかぷかと仰向けで浮かび、そのお腹の上には、沈没船から引き剥がしたと思われる分厚い『鋼鉄の魔導装甲板』が乗せられている。幻獣は短い前足で別の装甲板を握りしめ、お腹の上の装甲板に向かって「コンコンコンッ!」と器用に叩きつけていたのだ。


「伝説の海獣……『エンペラー・シーオッター(帝王ラッコ)』ですか。これほど巨大で、強固な装甲板を貝のように割って遊ぶ個体が存在していたとは」


「おお……おおおお……!!」


 冷静に分析するクラウスの横で、ロイドは目をカッと見開き、感嘆の声を漏らしていた。


 その瞳に宿っているのは、恐怖などではない。極限まで高まった、純粋な『モフモフ(密度)への愛』である。


「見なさい、クラウス! 極寒の嵐の海で体温を奪われないよう、一平方センチメートルあたり数十万本という異常な密度で生え揃ったあの被毛を!!」


 ロイドは、うっとりとした表情で巨大ラッコを見上げた。


「大自然が編み出した究極の防寒・防水機能……一切の海水を弾き返し、毛と毛の間に空気の層を溜め込むことで得られる圧倒的な『浮力(ぽってり感)』! なんと高密度な『完全防水モフモフ』ですか!!」


「ロイド様。感極まっているところ申し訳ありませんが、魔獣が威嚇態勢に入りました。巨大な尻尾で、凄まじい水圧の波を撃ってきます」


 見知らぬ侵入者ロイドの熱すぎる視線に対し、巨大ラッコが警戒して「キュウッ!」と鳴き、丸太のような尻尾で海面を激しく叩きつけた。


 大渦巻の遠心力が加わった、鋼鉄の軍艦すら真っ二つにへし折る『超高水圧のウォーター・カッター(波の刃)』である。


『キュァァァッ!!』


 放たれた致死の水圧刃が、ロイドを真っ向から飲み込む。


 ――しかし。


「素晴らしい……! なんというダイナミックな水遊び! 海を愛する無邪気な好奇心が、さらに野生の魅力を引き立てていますね!」


 軍艦を裂く水圧の刃を、特注スーツの『水圧無効コーティング』でパシャッとただの水飛沫に変えながら、ロイドは無傷のまま、歓喜に震える声で叫んだ。


「あの絶対に水を通さない、究極の密度を誇る毛並み! その高密度な被毛の間に指を滑り込ませ、空気の層を整える『グルーミング(毛繕い)』のやりがいが、これまでの比ではありません! ああ、なんて贅沢な魔獣なのでしょうか!」


「……ええ。おっしゃる通り、私のカバンに用意した『強力粘着ローラー(完全防水・超吸水・磯の香り対応版)』の出番ですね。後で私のスーツに潮風のベタつきが残った場合の特殊クリーニング代も、経理に請求しておきます」


 極寒の嵐と致死の波が飛び交う海上で一人熱狂するロイドと、無表情で特製コロコロの準備をするクラウス。


 そんな規格外の人間たちを前に、巨大な帝王ラッコは「……キュッ? なんで沈まないの?」という顔で波打つのを止め、短い前足を口元に当てて戸惑った。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。……さあ、私が極上のグルーミングと、最高に美味しい海の幸を与えて差し上げましょう」


 ロイドは一切の警戒もなく、世界で最も優雅な足取りで、波の上を滑るように巨大なラッコへと歩み寄り始めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ