第21話 呪われた沈没船と巨大ラッコ
神獣アルパコーンの加入と、総帥アルベルトの暴走によって『天空の浮遊農園』まで完備してしまったワケアリ不動産・本社要塞。
数日間の平和な休息(閑話)を経て、魔獣たちは今日も世界最高峰の環境で、お互いの毛並みをスリスリと擦り付け合いながら極上の昼寝を満喫していた。
「――ロイド様。新たなお客様が、応接室でお待ちです」
浮遊テラスで、アルパコーンの背中に沈み込みながら、小グリフォンに特製魔石クッキーを与えていたロイド・グランヴェルの元へ、秘書官のクラウスが一切の足音を立てずに歩み寄ってきた。
彼の背後には、豪奢な毛皮のコートを羽織り、いかにも海の男といった風貌の恰幅の良い中男――大陸最大手の海運業者『トライデント・ギルド』の総帥が立っていた。
「よ、よくぞお越しくださいました。私が社長のロイドです。どうぞ、そちらのソファへ」
ロイドは洗練された所作で立ち上がり、男を促した。
ギルド総帥は、雲の上に浮かぶ要塞というあまりにも非現実的な光景と、足元を駆け抜けていく「歩く災害(神獣たち)」の姿に顔を引きつらせながらも、必死に大物ぶって見せた。
「ゴホンッ。……ただの成り上がりかと思っていたが、これほどの設備を持つとは驚きだ。本日は、若き敏腕社長である君に、我がギルドが管理する『特別な海域』の権利を譲ってやろうと思ってな」
「ほう。海域、ですか。海も立派な不動産(権利)ですね」
「そうだ。大陸有数の漁場であり、重要な航路でもある『セイレーン暗礁海域』なのだがね。……ただ、少々『手入れ』が必要でな」
ギルド総帥は、わざとらしく溜息を吐いてみせた。
「数年前から、その海域の波が異常に荒れ狂い、近づく船を次々と海底に引きずり込む『魔の海域』になってしまってな。噂では、巨大な海の魔獣が住み着き、船の装甲を『コンコン』と叩き割って沈めているらしい。現在、海軍や沈没船の遺族たちから『航路の安全管理義務違反』として、莫大な賠償金を請求されておるのだ」
要するに、「自分たちの船が沈んだ海域の管理責任と、遺族への賠償金をすべて押し付けて逃げたい」という、典型的な『不良債権(負動産)』の厄介払いである。
「このままでは我がギルドが破産してしまう。だが、君たちの会社ならこの海域を上手く浄化して活用できるだろう! 本来なら白金貨数千枚は下らない海域だが、今回だけは特別に、引き取り手数料として私から『金貨三十枚』を払ってやろう! どうだ、破格の取引だろう!」
莫大な負債と危険な魔獣をすべて押し付けつつ、金貨三十枚という端金で恩を着せようとする悪徳総帥。
(くくくっ、どんなに金を持っていようと、海の恐ろしさを知らない若造め。あの荒れ狂う極寒の海に手を出せば、あっという間に海の藻屑となるわ!)
下卑た笑いを必死に噛み殺す男の浅ましい計算など、ロイドはとうに察している。
しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、怒りでも同情でもなく――極限まで高まった『歓喜』に打ち震えていた。
(極寒の海に住み着き、硬い船の魔導装甲を『コンコン』と叩き割る巨大な獣……!?)
冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが限界突破の警報を鳴らしていた。
(冷たい海水から体温を守るために進化した、一平方センチメートルあたり数十万本という『動物界最強の超高密度毛』! そしてお腹の上で硬いものを割る愛らしい習性……! 間違いない、それは『究極の防水・保温性能』を持った、巨大なラッコのモフモフです!!)
「……素晴らしいお話ですね。総帥、顔を上げてください」
ロイドは優雅に脚を組み替え、契約書を取り出した。
「我がワケアリ不動産が、その暗礁海域の権利と不良債権を『丸ごと』引き受けましょう。海軍への罰金も、遺族への対応も、魔獣の処理も、すべて我が社が責任を持ちます。……金貨三十枚、確かに頂戴いたしました」
「や、やった! これで魔の海域からの負債はすべてお前たちのものだ! せいぜい極寒の海で震えるがいい、若造め!」
ギルド総帥は引ったくるようにペンを取り、サインを書き殴ると、逃げるように要塞を去っていった。
***
「……ロイド様。あのような荒れ狂う魔の海域、転売の価値があるのですか?」
総帥が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。
「当然です、クラウス。あの男は、自分が何を隠そうとしているのか、そしてどれほどの宝の海を手放したか理解していません。……魔獣を退去させ、お家芸で邪魔な海水を『綺麗に左右へ退けて(海割り)』更地にすれば、海底に沈んだ莫大な宝と『証拠品』が簡単に引き上げられますからね」
海を真っ二つに割って、海底を歩ける平地にする。
一介の不動産が口にしていい規模の干拓事業ではないが、財閥のトップエリートである彼らにとっては、少し大掛かりな水たまり掃除程度の認識である。
「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところでロイド様、先ほどから口角が上がりっぱなしですが」
「ええ。いったいどれほど驚異的な密度を持った『究極の防水フワフワ』に仕上がっているのか……想像しただけで胸が高鳴ります。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族のお迎えです!」
クラウスが無言で『強力粘着ローラー(完全防水・超吸水・磯の香り対応版)』をカバンに忍ばせる横で、ロイドは目を輝かせた。
荒れ狂う波と大渦巻が巻く、死の暗礁海域へ。
エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、極上の防水モフモフを求めて、王宮のカーペットを歩くかのような足取りで出発した。




