気候管理とおやつ開発の最前線
グランヴェル財閥・ワケアリ不動産本社要塞。
ここは今、世界の気象学と建築学の常識を塗り替える「世紀の大工事」の真っ只中にあった。
「――ロイド様。例の『マルチ・クライメート(多重気候)制御結界』が完成いたしました。調整のために、我が財閥からの出向社員である【王立魔導気象局長】を呼んでおります」
テラスで宝石ウサギを膝に乗せていたロイド・グランヴェルの元へ、クラウスが数名の魔導エンジニアを引き連れて現れた。
局長と呼ばれた老紳士は、伝説の魔導師として知られる高名な人物だが、今は必死な面持ちでタブレット状の魔導端末を操作している。
「ロイド様、ご覧ください! この広大な中庭を五つのエリアに完全隔離いたしました。九尾の狐様のための『極寒雪原エリア』、神獣アルパコーン様のための『高地微風エリア』、そして小グリフォンたちが飛び回るための『上昇気流特化エリア』……。これら全てが、境界線一ミリの誤差もなく隣接しております!」
それは、本来なら一国の国家予算を傾けても不可能な、神の領域の環境制御だった。
「素晴らしいですね、局長。これで九尾ちゃんが涼みながら、隣のエリアで日向ぼっこをしているアルパカちゃんと一緒におやつを食べられます」
「はっ! そのために、境界線には最新の魔法理論を用いた熱交換数式を組み込み、物理的な壁なしで温度差五十度を維持しております!」
世界最高の頭脳が、魔獣たちが仲良くおやつを食べるためだけに、物理法則をねじ曲げていた。
「キュピ!」「のじゃ、快適なのじゃ!」
雪原エリアから尻尾を振って飛び出してきた九尾の狐が、境界線を一歩越えた瞬間に春の陽気に包まれ、アルパカと鼻先を合わせる。その尊い光景に、ロイドは目頭を熱くしてハンカチを握りしめた。
「ああ……これです。この平和のために、私は不動産を更地にしてきたのです。……ところでクラウス、R&D(研究開発部)に発注していた『新作おやつ』の進捗は?」
「はい。現在、出向社員の【宮廷調理長】と【特級錬金術師】が、こちらの試作品を完成させました」
クラウスが銀のトレイに乗せて差し出したのは、宝石のように輝く不思議な形状のクッキーだった。
「これは……?」
「神獣フェンリル様の噛み応えと、小グリフォン様の消化効率を両立させるため、高密度魔力を結晶化させた『ハイ・プロテイン魔石クッキー』です。硬度はダイヤモンドに匹敵しますが、魔獣が口にした瞬間に至高の肉汁へと変化するよう、分子レベルで構造を設計いたしました」
ロイドが一つつまんで宝石ウサギに差し出すと、ウサギは「ピュイッ!」と歓喜の声を上げてサクサクと完食した。
「完璧です。すぐに量産体制に入ってください。……おや、クラウス。私の肩に、アルパカちゃんの抜け毛と雪原エリアの結晶がついていますね」
「失礼しました。……ふんっ」
クラウスが無表情のまま、光速に近い手つきで『超高粘着ローラー』を走らせる。
「ボフッ!」「シャリリッ!」
異なる性質の汚れが一瞬で消え去り、ロイドのスーツは再び一点の曇りもない漆黒に戻った。
「……ロイド様。また総帥閣下から通信が入っております。『弟の魔獣たちが食べるクッキーがダイヤモンド程度の硬度で足りるか! 宇宙一硬い中性子星の欠片を混ぜろ!』と、追加予算と謎の物質を転送してこようとしていますが……」
「兄さんに伝えてください。これ以上硬くしたら、おやつではなく兵器になってしまいます、と」
平和な本社要塞の空に、また一つ、兄からの「過剰な愛情」を積んだ超大型輸送艦が影を落とす。
ロイドは、世界最高の技術と愛に囲まれながら、次なる「ワケアリ物件」へ思いを馳せるのであった。




