第20話
かつて人食いジャングルだった場所は、今や遥か雲の上、地上から切り離された『天空の浮遊農園』へと姿を変えていた。
総帥アルベルトが投じた白金貨一億枚により、農園の基盤は重力制御魔石で固められ、全域に水晶の砂が敷き詰められている。そこには、毒素を浄化し終えた神獣アルパコーン(アルパカ)がのんびりと寝転び、太陽の光を浴びて純白の輝きを放っていた。
「素晴らしい……。雲の上でブラッシングをすると、この驚異的な反発力(弾力)がさらに増している気がします。ああ、至福ですね」
『メァァァ。お兄ちゃん、そこ、もっとボフボフして~』
浮遊テラスで、ロイド・グランヴェルは恍惚とした表情でアルパカの毛並みに両腕を埋めていた。その横では、秘書官のクラウスが無表情で『特製コロコロ超弾力対応版(新作)』をロイドの背中に走らせている。「ボフッ、モフンッ」という奇妙な音が、静かな天空に響く。
そこに、飛行艇に乗って乗り込んできた数名の男たちが、怒鳴り声を上げながら降り立った。
「おい! 勝手に土地を浮かせて何を優雅に茶をしばいている! この詐欺師め!」
鼻息荒く現れたのは、セントラル魔導銀行の悪徳支店長だった。彼は、背後に借金取りの私兵たちを引き連れ、手にした書類を突きつけた。
「大変なことが分かったぞ! 先日の差し押さえ手続きに重大なミスがあった。この土地の権利は、法的にまだ我が銀行に帰属している! 今すぐこの浮遊農園を地上に戻し、権利を返還しろ!」
天空の農園から収穫される『奇跡の果実』の価値が白金貨数万枚に達すると知り、強欲に目が眩んで「書類の不備」を捏造して奪い返しに来たのである。
「……なるほど。不良債権を押し付けた挙句、価値が出たと知るや否や、偽造書類で再差し押さえですか」
ロイドは溜息を一つ吐くと、アルパカの毛の中からゆっくりと顔を上げた。その瞳には、すでに相手を「経済的なゴミ」として処理する冷徹な光が宿っていた。
「クラウス」
「はい、ロイド様。――不法侵入者を排除しろ」
クラウスが短く命じた瞬間、テラスの影から黒ずくめの『戦闘特科』の部下たちが音もなく現れ、私兵たちを一瞬で取り押さえた。悲鳴を上げる暇すらない、完璧な制圧。
「支店長。書類の不備を指摘するなら、然るべき場所でやりましょう。……おや、ちょうど連絡が入っています」
ロイドが空中にホログラムを展開すると、そこには威厳あふれる二人の老紳士が映し出された。
「中央銀行総裁、ならびに財務大臣。お疲れ様です」
『はっ! ロイド様! 例の銀行の内部調査、すべて完了いたしました!』
支店長はその顔ぶれを見て、ガタガタと膝を震わせた。この国の金融と予算を司るトップが、なぜ一介の不動産屋に従っているのか、彼の理解を超えていた。
「支店長。あなたが数年前、意図的にこの農園に『人食い植物の種』を撒かせ、農園主を破産に追い込んで土地を安く買い叩こうとした証拠……すべて確保しました。これは立派な金融詐欺、および国家反逆罪に当たります」
「な、ななな……何を馬鹿な! そんな証拠あるはずが――」
「我が財閥の『出向社員』を甘く見ないでいただきたい。……総裁。この支店長が所属する銀行の不正融資の全容を、直ちに国王陛下へ報告してください」
ロイドは、極上の微笑みを浮かべて「完璧な経済提案」を口にした。
「没収した銀行の不正資産は、まず彼が騙した農家たちへの『正当な補償金』に充てるよう国王陛下へ進言してください。そして残りの巨額の資産は、国の『農業近代化基金』として積み立て、国全体の食料自給率を向上させる投資に回すのです。……ばら撒きではなく、あくまで『経済の健全化と未来への投資』としてね」
財務大臣が感銘を受けたように深く頷く。
『素晴らしい! それなら他の産業から不満が出ることもなく、国全体の豊かさが増し、国王陛下の支持率は空前絶後のものとなるでしょう! 直ちに陛下へ上奏いたします!』
「ま、待て! わしの、わしの銀行の資産を、あんな泥臭い農民どもに与えるというのか!?」
「我が社は、今回の迷惑料として後日国からほんの少しの手数料をいただくのみで結構です。……民が豊かになれば、巡り巡って我が財閥の利益にもなりますからね」
涼しい顔で「国を救う英雄」の座を国王に譲り、自分たちは実利とモフモフだけを手に入れる。これこそがロイド・グランヴェルのエレガントな流儀。
「お引き取りを。あなたの下品な声では、アルパカちゃんの毛の弾力が死んでしまいますので」
ロイドが指を鳴らすと、支店長は財閥法務部(回収班)によって飛行艇ごと闇の中へと連行されていった。
「……ふぅ。ようやく静かになりましたね」
ロイドが視線を落とすと、神獣アルパコーンが「メァァ~」と甘えながら、雲のような首を擦り付けてきた。
「ロイド様。銀行の解体、およびこの天空農園の『最高級ブランド果実』の予約注文が殺到しております。収益は当初の予定をさらに上回る見込みです」
クラウスが無表情で『特製コロコロ』を片付け、新しい紅茶を淹れる。
「素晴らしい。これでまた、この子たちのために新しい『ワケアリ物件』を探しに行けますね」
強欲な者を経済の理屈で粉砕し、善良な民を救い、自分は極上のモフモフに埋もれる。
世界一理不尽で、世界一エレガントなワケアリ不動産屋の物語は、これからも続いていく。
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