第19話
ロイド・グランヴェルが優雅に指を鳴らした直後。
遥か上空の衛星軌道上に待機していた魔導戦艦から、特定の植物種のみを次元の狭間へと追放する極大の『超次元・空間除草』が放たれた。
――シュンッ!!
爆発音すらしない、静かな光の収束。
一瞬、景色が歪んだかと思うと、先ほどまで空を覆い尽くしていた巨大な人食い植物も、猛毒を撒き散らす蔦も、まるで最初から存在しなかったかのように掻き消えていた。
後に残されたのは、ただの更地ではない。
超重力の精密制御によって、寸分の狂いもなく耕され、均整の取れた美しい『畝』が地平線の彼方まで続く、最高級の農地であった。
「お見事。今回は次元干渉による選別除草でしたが、我が一族のお家芸はいつ見ても効率的ですね」
ロイドは、強酸の雨が止み、澄み渡った空気の中で満足げに微笑んだ。
足元の土は、数年間にわたり神獣アルパコーンが毒素を浄化したことで、逆に通常の数百倍もの魔力栄養素を蓄えた「聖域の土」へと進化していた。
「な、なんてことだ……。あんなに手に負えなかった人食いジャングルが、一瞬で、それもこれ以上ないほど完璧に耕された畑になるなんて……!」
安全圏で見守っていた元の農園主たちが、震える手でその黒々とした肥沃な土に触れ、感涙にむせんでいる。
「素晴らしい。これでここは、白金貨数万枚の価値を持つ『特級農業生産拠点』へと生まれ変わりました。……さて、本省に報告を入れましょうか」
ロイドが空中にホログラムを展開すると、今回も呼び出し音を待たずして、画面いっぱいに兄の顔が映し出された。
『ロイドォォォ! 私の愛する弟よ! 強酸の雨に打たれて肌が荒れていないか!? 今すぐ最高級の保湿ポーションを送らせるぞ!』
画面の向こうのアルベルト・グランヴェルは、何やら巨大な鎖で繋がれた汚職政治家たちを背景に、満面の笑みを浮かべていた。
「お疲れ様です、総帥閣下。ええ、R&Dのスーツのおかげで、アルパカちゃんに顔を埋める余裕すらありました。……ところで、後ろの議員の方々は?」
『ああ、こいつら我が財閥の農地に不当な税をかけようとしたマヌケどもだ。今ちょうど、彼らの個人資産をすべて物理的に『収穫』しているところだ。気にするな』
氷点下の声で背後の惨状を一瞥した後、アルベルトは秒で蕩けるような笑顔に戻る。
『それよりロイドよ! 見事な空間除草だった! ……だが、待て。その足元は何だ?』
「何だと言われましても、耕されたばかりの素晴らしい土ですが」
『何ということだ……! 泥だ! 土ではないか!』
アルベルトが、悲劇のヒロインのような仕草で額を押さえた。
『愛する弟と、雲のように清らかな神獣アルパコーンが、そんな不浄な泥の上を歩いているだと!? お前の靴に土埃がつくなど、宇宙の法則が許してもこのアルベルトが許さん!!』
「兄さん、農園ですから土があるのは当然なのですが」
『……経理に伝えろ! ロイドの口座に【ワケアリ農園・浮遊化工事費】として白金貨七千万枚を叩き込んでおけ!』
「……七千万!? 兄さん、それは一国の国家予算を数年分合わせた額ですよ!?」
『農園ごと地上から切り離せ! 雲の上まで浮かせるんだ! 汚れなき天空に、弟とアルパカのための【天空の浮遊農園】を建造しろ! 土の代わりに、魔力を帯びた水晶の砂を敷き詰めろ! 害虫の一匹でも侵入したら、上空から衛星レーザーで焼き払うシステムも完備するんだ!』
涼しい顔で「地球儀の配置を少し変える」程度の手軽さで、地形改変を命じる総帥。
『メァァァ! お兄ちゃん、ふわふわ浮いてるリンゴ、もっと食べたいのー!』
その時、アルパコーンののんびりした少女ボイスが脳内に響く。
「ええ、もうすぐリンゴどころか、農園ごと空に浮きますからね、アルパカちゃん」
ロイドが空に向かって優しく微笑むと、通信の向こうでアルベルトが椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
『ロイド!! また私に聞こえない声で誰かと話したな!? その「メァァ」は私にこそ向けられるべきだ! 今すぐ私を役員に加えろ! 追加で白金貨三千万枚だ!!』
「……はぁ。クラウス、また一億枚の大台に乗りましたよ」
「ロイド様。白金貨一億枚の入金、確認いたしました」
クラウスが無表情のまま、特製コロコロを「ボフッ、モフンッ」とロイドの背中に走らせながら、淡々と処理を進める。
「総帥閣下の仰る通り、これはもはや農園ではなく『絶対防衛・天空浮遊要塞』となります。重力制御魔法の維持のために、戦闘特科から百名ほど湯守り……いえ、農番として派遣しておきます。あ、アルパカちゃん用のブラッシング用絹糸も大量発注済みです」
数分後。
地響きと共に、広大な農地が大地から切り離され、ゆっくりと空へと浮上し始めた。
財閥本省から緊急転送された数千人の魔導建築部隊が、雲の上で「世界一贅沢な農園」の建設を始める。
最強の権力と、狂気すら感じる過保護な資金力を武器に、ワケアリ不動産屋はついに重力すらも買い叩き、天空へとその版図を広げたのである。




