第1話
上空数千メートル。雲海に身を潜めていたグランヴェル財閥『建築・解体部』の巨大魔導艦から、極大の閃光が放たれた。
音すらなかった。
一瞬の白光が視界を染め上げた直後、先ほどまで神獣フェンリルがねぐらにしていた巨大な古代城の廃墟は、塵一つ残さずこの世から『物理消去』されていた。
後に残されたのは、不自然なほど美しく平坦な『更地』のみである。
「お見事。我が一族のお家芸は、いつ見ても美しいですね」
極大魔法の余波を特注スーツで優雅に弾きながら、ロイド・グランヴェルは満足げに微笑んだ。
数百年間、誰も近寄れなかった最凶のダンジョン。その忌まわしい気配は完全に消え去り、大地の底からは浄化されたキラキラと輝く光の粒――極上の魔素が溢れ出している。
「ロイド様。お家芸による更地化、無事に完了いたしました。……それと、先ほどの『法人契約』の件ですが」
背後に控える秘書官のクラウスが、無表情のまま手元のタブレットを掲げた。
「現在、各国の諜報特科や暗殺特科の出向社員からクレームが殺到しております。『脳内で犬がおかわりを要求してくるせいで、任務に集中できない』『標的を仕留める瞬間に「右の脇腹撫でて」と聞こえて手元が狂った』とのことです」
「ふむ。優秀な出向社員たちも、神獣の愛らしさには勝てないようですね」
「感心している場合ではありません、ロイド様。これから数百、数千の魔獣を保護した場合、我が財閥の通信網は『おやつ!』『お散歩!』の大合唱で完全に崩壊します」
クラウスの極めて論理的な指摘に、ロイドは優雅な所作のまま冷や汗を拭った。
確かに、自分の趣味のせいで財閥の諜報網が壊滅するのは、少しばかりマズい。
「……ただちに契約書システムのバグ修正を行いましょう。クラウス、宛名を『ワケアリ不動産・指定役員』に限定した修正版の契約書を」
「すでに用意しております。フェンリル様、申し訳ありませんが、こちらにもう一度『肉球スタンプ』をお願いできますか? お詫びに極上魔肉ジャーキーを三つお付けします」
『えっ、お肉くれるの? いいよー! ポンッ!』
ジャーキーの匂いにつられたフェンリルが、軽いノリで再度肉球を押し付ける。
その瞬間、世界中の財閥関係者の脳内に響いていた無邪気な声はピタリと止み、ロイドとクラウスの脳内にだけ響く仕様へと無事にアップデートされた。
「ふぅ……危ういところでした」
ロイドが安堵の溜息を吐いた、まさにその直後。
空中にホログラムの通信ウィンドウが、ものすごい勢いで展開された。
『おいロイド!! なぜ私の脳内から、フェンリルちゃんの愛らしい声が消えたのだ!?』
ウィンドウの向こう側から身を乗り出してきたのは、ロイドの兄にして財閥の絶対的トップ、アルベルト・グランヴェルだった。
「お疲れ様です、総帥閣下。……先ほどの声は通信エラーでしたので、ひとまず私とクラウスにしか聞こえないよう設定を修正しました」
『ふざけるな! 仕事の疲れが吹き飛ぶ最高の癒やしだったのに! まさか私を【指定役員】から外したのか!?』
「ええ。兄さんはワケアリ不動産の役員ではありませんから。これ以上、魔獣のわがままを聞いて、兄さんが国家予算レベルの無駄遣いをしないための防波堤です」
『愛する弟の事業のスポンサーである私が、可愛い魔獣たちの声を聞けないなどあってたまるか!』
理不尽なクレームを叫ぶ総帥に、ロイドは涼しい顔で本題を切り出した。
「兄さん、聞いてください。このワケアリ不動産のビジネスモデルは完璧です。買い手のない『魔獣絡みの事故物件』をターゲットにし、持ち主から討伐の謝礼金をもらいつつ、土地の権利をタダ同然で譲り受ける」
『……なんだと?』
「高位の魔獣とは、自然界のフィルターです。彼らが長年かけてその土地の凶悪な魔素を吸い上げ、体内で浄化し、極上の毛並みへと変換してくれている。……つまり、魔獣を円満に退去させ、不要な建物を解体(更地化)した後の土地は、極上の魔素だけが残った『最高の魔法作物が育つ特級の農業地帯』へと化けるのですよ」
ロイドが足元のフェンリルを撫でながら説明すると、アルベルトは目を見開いた。
『素晴らしい!! さすが私の弟だ! 私を支える本業の傍ら、自らビジネスを立ち上げて莫大な利益を出しつつ、愛する魔獣を救うとは!』
「ええ。我々は魔獣を保護して最強のリゾートを作り、浄化された土地は超優良な『曰くつき物件』として高値で転売します」
アルベルトは歓喜に震え、そしてギラリと危険な光を瞳に宿した。
『天才だ! だがロイドよ、お前は一つ大きな間違いを犯している』
「間違い、ですか?」
『そうだ。私の愛する弟の新規事業の拠点が、ただの野原であってたまるか。……おい経理。ロイドの口座に、至急【ワケアリ不動産・本社建設費】として白金貨一千万枚を振り込んでおけ。役員報酬も兼ねてな!』
「……兄さん。いくらなんでも多すぎます。魔獣の保護施設ですよ?」
『可愛い魔獣たちと心身を癒やす至高の空間だぞ。床はすべて肉球に優しい最高級の【星銀の絹糸草】で統一しろ。横取りを企む羽虫を散らすため、防衛用の魔導砲も百門は設置するんだ』
涼しい顔でとんでもない指示を出す総帥に、ロイドは優雅にこめかみを揉んだ。
『よし決めた。建設部隊はエルフの宮廷建築家チームを派遣しよう。明日の朝には本社ビル兼リゾートが完成するから、ロイドはゆっくりフェンリルちゃんと遊んでいなさい! あとで私を役員名簿に追加しておくこと!!』
プチッ。
『愛する弟の起業のためなら国の一つや二つ!』と涼しげに言い残し、一方的に通信は切られてしまった。
「……はぁ。また兄さんの悪い癖が出ました」
「ロイド様。白金貨一千万枚の入金、確認いたしました」
クラウスが一切の表情を変えることなく、手元のタブレットに入力を始める。
「総帥閣下の仰る通り、これはもはや本社ビルではなく『絶対防衛要塞』です。防衛システムの設計図に、私直属の部下も警備として組み込んでおきます。あ、コロコロの替え芯も経費で追加発注しておきました」
「クラウス、君まで兄さんに毒されないでくれ……」
数分後。
極上の魔素が漂う大地の更地に、財閥本省から転送されてきた数千人規模の「超一流・魔導エルフ建築部隊」が飛来し、夜通しで凄まじい要塞の建設を始めた。
最強の権力と莫大な資金をバックに持つ、世界一理不尽なワケアリ不動産屋の快進撃が、今ここから始まろうとしていた。
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