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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第18話




「メ、メェェ……?」


 触れたものを一瞬で溶かすはずの致死の強酸ツバを完全に無効化され、一切の害意なく優雅に歩み寄ってくるロイドに対し、純白の神獣アルパコーンは長い首を傾げて困惑していた。


 この数年間、恐ろしい毒植物のジャングルから身を守るため、たった一匹で孤独に強酸の雨を弾き落としてきたというのに。目の前の人間から放たれる「異常なまでの愛情と安心感」に、張り詰めていた野生の警戒心がすっかり削がれてしまったのだ。


「さあ、まずはこれを。酸の雨が降るこんな森では、ろくな果実も食べられなかったでしょう」


 ロイドは懐から、美しい装飾が施された魔法のケースを取り出した。


 グランヴェル財閥の最高頭脳『研究開発部(R&D)』のエリートたちが、汚染された土壌を一切使わず、空中の純粋魔力だけを凝縮して無重力空間で栽培した『無重力・天空リンゴ』である。


 ケースを開けた瞬間、強酸の悪臭すらも押し退けるような、暴力的なまでに芳醇で瑞々しい香りが広がった。


「メェェェ……!」


 アルパコーンの澄んだ瞳から、完全に敵意が消え去った。


 抗いがたい香りに誘われ、おそるおそる巨大な鼻先を近づけ、天空リンゴをサクッと齧る。


 ――その瞬間。


 口いっぱいに広がる極上の甘みと、純度の高い魔力。酸っぱい毒の葉ばかりを齧っていた幻獣は、開始三秒であっさりと陥落し、ロイドの足元で「メァァァ……(あまーい、とろける……)」と幸せそうな声を上げた。


「美味しいですか? 良かったです。では、少し失礼して……」


 リンゴに夢中になっている隙を突き、ロイドは両手を大きく広げた。


 そして、神がかった手つきで、雲のように膨らんだ純白の被毛に両腕を埋め込み、『極上の反発力を引き出す神マッサージ』を開始したのである。


「素晴らしい……! 一切の汚れを弾く究極の防汚性能! そしてこの、顔を埋めた時の『底なしの沈み込み』と、優しく押し返してくる『驚異の跳ね返り(反発力)』……! ああ、まるで最高級の羽毛布団に包まれているようです!」


「……ロイド様。あまり深く顔を埋めると、強酸を弾いた後の残滓を吸い込んでむせますので、程々にしてください」


 酸の雨が降る中で狂喜乱舞しながらモフモフに埋もれていくロイドと、それを無表情で見守るクラウス。


 極上のおやつと、かつて味わったことのない至高のマッサージ。孤独なジャングル生活から一転、天国のような温もりに包まれた伝説の幻獣は、すっかり警戒心を解き、長い首をロイドの高級スーツに擦り付けて甘え始めた。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、極上の無農薬フルーツ付き。完全防衛の広大なリゾートで、のんびり暮らすのです」


 完全に骨抜きになったアルパコーンに対し、ロイドは涼しい顔で一枚の羊皮紙――宛先を『ワケアリ不動産・指定役員』に限定した【修正版・魔法契約書】を取り出した。


「インクは不要です。アルパカちゃんには肉球がありませんから、ここに、その立派な『おみ足(蹄)』をポンと乗せるだけで結構ですよ」


「メェッ! ポンッ!」


 愛らしい鳴き声と共に、アルパコーンは自ら進んで前足を契約書に押し当てた。


 羊皮紙に淡く光るマークが浮かび上がり、契約が成立する。


『……ふわぁぁ。お兄ちゃんの手、すっごく気持ちいいのー。もっとリンゴちょうだーい』


「おや。少しのんびりとした、愛らしい声ですね。もちろん、いくらでも差し上げますよ」


 雲のようにフワフワした間延びした少女の声(念話)が、ロイドとクラウスの脳内に響く。


「ロイド様。今回も無事に、念話は我々役員のみに届いております。世界中の出向社員の脳内に『アルパカののんびりボイス』が響き渡って全社員が昼寝を始めてしまうという放送事故は免れました」


「ええ、我が社のコンプライアンスは完璧ですから」


 胸元に擦り寄ってくる巨大な雲の毛玉を抱きしめながら、ロイドは至福の笑みを浮かべた。


 しかし、その超高級スーツは、アルパコーンの反発力のある抜け毛が大量に付着し、一回り着膨れしたようになっていた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞ名誉の勲章ですよ、クラウ――って、ボフッて言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『強力粘着ローラー(超弾力・反発毛対応版)』だった。


 ボフッ、モフンッ! という、まるで風船を潰しているかのようなシュールな音を立てて、ロイドのスーツから見事に極上の抜け毛を絡め取っていく。


「な、なんて手際だ……我々が手も足も出なかったあの恐ろしい強酸の魔獣を、たった一個のリンゴと素手でのマッサージで手懐けてしまうなんて……!」


 呆然とする声に振り返ると、ジャングルの入り口付近にある岩陰に、ボロボロの農作業着を着た男女が数名、腰を抜かして座り込んでいた。


 彼らは、悪徳銀行に騙されて借金を背負わされ、農園を追い出された『元の農園主たち』だった。どうしても自分たちの土地が気になり、こっそり様子を見に来ていたのだ。


「おや。こんな酸の雨が降る危険な場所で、ずっと土地を見守っていたのですか」


 ロイドはコロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「悪徳銀行に騙され、土地を奪われながらも、この大農園への愛情を捨てきれずにいた。……その農家としての誇り、高く評価いたします」


 ロイドの言葉に、元の農園主たちはハッと息を呑み、そして大粒の涙を流した。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』のリゾート専属・高級果樹園の管理者として再雇用してあげましょう。初任給は金貨十枚です。もちろん、このアルパカちゃんの『マッサージ手当(危険手当)』もつきますよ」


「き、金貨十枚!? かつての豊作の年の利益以上の月給じゃないか!」


「一生ついていきます、社長!!」


 こうして、魔獣の保護と優秀な農家スタッフの確保は完了した。


 ロイドはアルパコーンの沈み込むような毛並みに埋もれながら、毒植物が鬱蒼と茂るジャングルを見渡す。


「クラウス。元・農園主たちの退避は完了しましたね?」


「はい、ロイド様。すでに全員を安全圏へ避難させております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。上空の魔導艦に合図を。この無価値な『毒のジャングル』を消し去り、美しい『更地(さらち)(極上の畝)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。


 遥か上空の雲海から、空間そのものを削り取る極大の『超次元・空間除草』が、死のジャングルへと放たれた。




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