第16話 差し押さえられた大農園と幻獣アルパカ
神獣フェンリルのための大草原、九尾の狐のための総大理石・温泉郷、そして宝石ウサギのための総クリスタル・露天掘り要塞。
兄である財閥総帥の度重なる「過剰投資」により、荒野のど真ん中に爆誕した『ワケアリ不動産・本社要塞』は、もはや一つの独立国家すら凌駕するほどの超絶ラグジュアリー・テーマパークへと変貌を遂げていた。
「――ロイド様。新たなお客様が、応接室でお待ちです」
専用の巨大すり鉢で、宝石ウサギのための特大ニンジンを優雅にすりおろしていたロイドの元へ、秘書官のクラウスが一切の足音を立てずに歩み寄ってきた。
彼の背後には、高級なシルクのスーツを着こなした、いかにも狡猾そうなインテリ風の男が立っていた。
「よ、よくぞお越しくださいました。私が社長のロイドです。どうぞ、そちらのソファへ」
ロイドは洗練された所作で立ち上がり、男を促した。
男は、大陸最大手のメガバンク『セントラル魔導銀行』の悪徳支店長だった。彼は、要塞のあまりにも非現実的な豪華さと、庭を駆け回る「歩く災害(神獣たち)」の姿に顔を引きつらせながらも、必死にエリート銀行員としての体裁を保っていた。
「コホン。……単なる成金かと思っていたが、これほどの設備を持つとは驚きだ。本日は、若き敏腕社長である君に、我が銀行が抱える『特別な優良物件』を譲ってやろうと思ってな」
「ほう。優良物件、ですか」
「そうだ。とある農家から融資の担保として差し押さえた『広大な果樹園』なのだがね。かつては最高級の果実を産出していた素晴らしい土地だぞ。……ただ、少々『手入れ』が必要でな」
支店長は、わざとらしく溜息を吐いてみせた。
「数年前から、その土地に凶悪な『人食い毒植物(プラント魔獣)』が異常繁殖してしまってな。さらに、その毒のジャングルの奥に、得体の知れない強力な獣の魔獣まで住み着いているらしい。現在、農地ギルドからは『周辺の農地への毒の汚染を防ぐための莫大な除草費用』と『環境維持の罰金』を毎月請求されておるのだ」
要するに、「融資のカタに取り上げたはいいが、毒植物のせいで買い手がつかず、持っているだけで銀行が莫大な罰金を払い続けるハメになった最悪の『不良債権(負動産)』」である。
「このままでは銀行の帳簿に傷がつく。だが、君たちの会社ならこの農園を上手く更地にして活用できるだろう! 本来なら白金貨数百枚は下らない土地だが、今回だけは特別に、引き取り手数料として私から『金貨二十枚』を払ってやろう! どうだ、破格の取引だろう!」
銀行の負債をすべて押し付けつつ、金貨二十枚という端金で恩を着せようとする悪徳支店長。
(くくくっ、どんなに金を持っていようと、所詮は世間知らずの若造。あの人食いジャングルの除草費用だけで、あっという間に破産するに決まっているわ!)
下卑た笑いを必死に噛み殺す支店長の浅ましい計算など、ロイドはとうに察している。
しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、怒りでも同情でもなく――極限まで高まった『歓喜』に打ち震えていた。
(強酸と猛毒を撒き散らす人食い植物のジャングル……その過酷な環境の奥地で生き延びている獣の魔獣……!?)
冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが限界突破の警報を鳴らしていた。
(猛毒の酸の雨を浴びても決して溶けず、汚れすらも弾き落とす驚異の防汚性能……! 間違いない、それは『絶対に汚れない究極の反発力(弾力)』を持った、雲のようなモフモフです!!)
「……素晴らしいお話ですね。支店長、顔を上げてください」
ロイドは優雅に脚を組み替え、契約書を取り出した。
「我がワケアリ不動産が、その大農園の土地権利と不良債権を『丸ごと』引き受けましょう。農地ギルドへの罰金も、毒植物と魔獣の処理も、すべて我が社が責任を持ちます。……金貨二十枚、確かに頂戴いたしました」
「や、やった! これで農地ギルドからの負債はすべてお前たちのものだ! せいぜい人食い植物の肥料になるがいい、若造め!」
支店長は引ったくるようにペンを取り、サインを書き殴ると、逃げるように要塞を去っていった。
***
「……ロイド様。あのような毒植物が蔓延るジャングル、転売の価値があるのですか?」
支店長が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。
「当然です、クラウス。あの支店長は、自分がどれほどの宝の山を手放したか理解していません。……魔獣を退去させ、お家芸で邪魔な『毒植物』だけを綺麗に刈り取って『更地(極上の畝)』にすれば、圧倒的な栄養素を含んだ最強の農地が誕生します」
ジャングルを一瞬で、綺麗に耕された畑にする。
一介の不動産屋が口にしていい規模の農作業ではないが、財閥のトップエリートである彼らにとっては、少し大掛かりな家庭菜園程度の認識である。
「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところでロイド様、先ほどから口角が上がりっぱなしですが」
「ええ。いったいどれほど驚異的な弾力を持った『雲のようなフワフワ』に仕上がっているのか……想像しただけで胸が高鳴ります。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族のお迎えです!」
クラウスが無言で『強力粘着ローラー(超弾力・反発毛対応版)』をカバンに忍ばせる横で、ロイドは目を輝かせた。
強酸と猛毒が降り注ぐ、死の人食いジャングルへ。
エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、極上の弾力モフモフを求めて、王宮のカーペットを歩くかのような足取りで出発した。




