第14話
ロイド・グランヴェルが優雅に指を鳴らした直後。
遥か上空の雲海に待機していた巨大魔導艦から、山を丸ごと一つ削り取るほどの極大の『超重力プレス』が、アビス魔石鉱山へと放たれた。
――ズンッ!!
鼓膜を揺らす重低音と共に、天から見えない巨大なハンマーが振り下ろされたかのような衝撃が走る。
数秒後。先ほどまで猛毒ガスを噴き出しながらそびえ立っていた岩山は、文字通り「根元から綺麗に押し潰され」て、完全な『更地(平地)』へと姿を変えていた。
「お見事。今回は超重力による物理破砕仕様でしたが、我が一族のお家芸はいつ見ても美しいですね」
特注スーツの結界で衝撃波を優雅に弾きながら、ロイドは満足げに微笑んだ。
数年間、誰も近寄れなかった猛毒の廃鉱山。その忌まわしい緑色の毒霧は、山ごと吹き飛ばされたことで完全に大気中へと霧散し、澄み切った青空が広がっている。
そして何より驚くべきは、足元の光景だった。
「おおおお……! や、山が消えた……!? それに、足元に転がっているのはすべて……!」
安全圏に避難していた元・鉱夫たちが、腰を抜かして叫んだ。
平らになった大地の表面には、太陽の光を浴びてキラキラと輝く『最高純度の魔石』が、まるで砂利のように無数に転がっていたのだ。
「素晴らしい。ウサギちゃんが猛毒ガスを吸い上げ、極上の魔力として地下の鉱脈に還元し続けてくれたおかげで、かつてないほど巨大で純度の高い『魔石の結晶群』が育っていたのですね」
邪魔な岩盤(山)が消え去ったことで、暗く危険な地下に潜る必要はなくなった。
ここは今や、スコップ一つで極上の魔石が取り放題の『超特級・露天掘りスポット』へと化けたのである。
「これでこの土地は、白金貨数万枚でも下らない『超優良な曰くつき物件』へと生まれ変わりました。……さあ、本省に事業の進捗を報告しましょうか」
ロイドが空中にホログラムの通信ウィンドウを展開すると、今回もコール音は一回すら鳴らなかった。
『おおおおお! ロイド! 私の愛する弟よ! 致死の猛毒ガスが充満する廃鉱山へ向かったと聞いたが、全身の粘膜は無事か!?』
ウィンドウの向こう側に現れたのは、書類の山を投げ捨てて身を乗り出してきた財閥総帥――アルベルト・グランヴェルだった。
「お疲れ様です、総帥閣下。ええ、R&Dの特注スーツのおかげで、森林浴気分でしたよ。……あの、通信の後ろで、どこかの国の財務大臣が椅子に縛り付けられて泣いていますが」
『あ? ああ、こいつら我が財閥からの出向社員の忠告を無視して、不正な関税をかけようとしてね。今ちょうど、国家予算ごと物理的に差し押さえたところだ。気にしなくていい』
氷点下の声で背後の国家元首(級)を一瞥した後、アルベルトは秒で極上の笑顔に戻る。
『それよりロイドよ! 見事な超重力プレスだった! その後ろに広がるキラキラした平地は、もしや魔石の露天掘り鉱床か?』
「ええ。今回のターゲットであるウサギちゃんを保護し、邪魔な山を消し飛ばした結果、極上の魔石が取り放題になりました。……これを足がかりに、我が社で安全な採掘事業を――」
『露天掘りの魔石鉱床だと!?』
アルベルトが、優雅に傾けていたティーカップの手をピタリと止めた。
『愛する弟が、可愛いウサギちゃんと共にキラキラ輝く宝石のお庭を駆け回る……。素晴らしい!! 天才だ!! だがロイドよ、お前は一つ大きな間違いを犯している』
「……またですか。嫌な予感しかしませんが」
アルベルトの目が、ギラリと危険な光を放った。
『そうだ。私の愛する弟とウサギちゃんの遊び場が、むき出しの土と石ころのままであってたまるか。……おい経理! ロイドの口座に、至急【ワケアリ不動産・特設ウサギ小屋建設費】として白金貨五千万枚を振り込んでおけ!』
「……兄さん、多すぎます。魔石の採掘現場ですよ? 安全であれば十分なのですが」
『ウサギちゃんの純白の毛並みに泥がついては大変だ! 全施設を最高級の【特級水晶】で統一しろ! 太陽光を乱反射させて、ウサギちゃんが一番美しく見えるライティングシステムを組むんだ! 当然、盗掘者を消し炭にする防衛魔導砲も二百門は設置しろ!』
涼しい顔で、採掘場を「超絶豪華なウサギの庭」に作り替えようとする総帥に、ロイドは優雅にこめかみを揉んだ。
『ピュイ! お兄ちゃん、あのおっきい声の人、だぁれ?』
その時、ロイドとクラウスの脳内に、無邪気で愛らしい宝石ウサギの念話が響いた。
「ああ、あれは私の兄で、少し声の大きいスポンサー(ATM)ですよ、ウサギちゃん」
ロイドが足元でシャラシャラと宝石を鳴らす巨大な毛玉に向かって優しく微笑みかけた瞬間、通信の向こうのアルベルトがピタリと動きを止めた。
『……ロイド。お前、今、また誰と会話した? なぜ私には何も聞こえないのだ』
「ああ、申し訳ありません、総帥閣下」
クラウスが無表情のまま、手元のタブレットを操作しながら答えた。
「魔法契約書を修正したため、ウサギちゃんの【無邪気な妹ボイス】は、私とロイド様の脳内にのみ響いております。……今回も無事に、世界中の出向社員の業務に支障は出ておりません」
『……なんだと? ふざけるな!! 愛する弟の事業の最大スポンサーである私が、ウサギちゃんの「お兄ちゃん」を聞けないなどあってたまるか!! 今すぐ私を役員名簿に入れろ! 私だってお兄ちゃんと呼ばれたい!!』
「兄さん、少し落ち着――」
プチッ。
『愛する弟のウサギ小屋のためなら国の一つや二つ!』と涼しげに言い残し、一方的に通信は切られてしまった。
「……はぁ。また兄さんの悪い癖が出ました。あれでは採掘場が立派になりすぎて、鉱夫たちが緊張して仕事にならないんですが」
「ロイド様。白金貨六千万枚の入金(一千万枚の追加)、確認いたしました」
クラウスが一切の表情を変えることなく、手元のタブレットに入力を始める。
「総帥閣下の仰る通り、これはもはやウサギ小屋ではなく『絶対防衛・クリスタル要塞』です。防衛システムの設計図に、私直属の部下たちを警備として組み込んでおきます。あ、ウサギちゃん専用の『黄金ニンジン(特大サイズ)』も追加発注しておきました」
「クラウス、君まで兄さんに毒されないでくれ……」
数分後。
極上の魔石が転がる平坦な大地に、財閥本省から転送されてきた数千人規模の「超一流・魔導エルフ建築部隊」が飛来し、夜通しで凄まじいクリスタル要塞(ウサギ小屋)の建設を始めた。
最強の権力と莫大な資金をバックに持つ、世界一理不尽なワケアリ不動産屋による「猛毒廃鉱山」の再開発が、圧倒的な輝きと共に幕を開けたのであった。
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