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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第13話




「ピュ、ピュイィ……?」


 致死の宝石レーザーを完全に無効化され、一切の害意なく優雅に歩み寄ってくるロイドに対し、巨大な宝石ウサギ(カーバンクル)は長い耳をパタパタと揺らして困惑していた。


 この数年間、恐ろしい猛毒ガスから身を守るため、たった一匹で孤独に毒素を吸い上げ、宝石へと結晶化させてきたというのに。目の前の人間から放たれる「異常なまでの愛情と安心感」に、張り詰めていた野生の警戒心がすっかり毒気を抜かれてしまったのだ。


「さあ、まずはこれを。暗く狭い地下で、ずっとお腹が空いていたのでしょう」


 ロイドは懐から、美しい装飾が施された魔法のケースを取り出した。


 グランヴェル財閥の最高頭脳『研究開発部(R&D)』のエリートたちが、世界樹の腐葉土を用いて土壌から徹底的に改良し、極上の甘みと魔力を限界まで凝縮させた『極上魔力コーティング・黄金ニンジン』である。


 ケースを開けた瞬間、猛毒のガスすらも押し退けるような、暴力的なまでに芳醇で甘い香りが坑道に広がった。


「ピュイィィ……!」


 宝石ウサギの赤い瞳から、完全に敵意が消え去った。


 抗いがたい香りに誘われ、おそるおそる巨大な鼻先を近づけ、黄金ニンジンをサクッと齧る。


 ――その瞬間。


 口いっぱいに広がる極上の甘みと、純度の高い魔力。猛毒ガスの中で苔ばかりを齧っていた幻獣は、開始三秒であっさりと陥落し、ロイドの足元で「ピュイィィ……(甘い、しあわせ……)」ととろけた声を上げた。


「美味しいですか? 良かったです。では、少し失礼して……」


 ニンジンに夢中になっている隙を突き、ロイドは懐から最高級の獣毛ブラシを取り出した。


 そして、神がかった手つきで、宝石が複雑に絡み合った「超ロングコート(長毛)」の解きほぐしを開始したのである。


「素晴らしい……! 歩くたびにシャラシャラと鳴る天然のジュエリー! そしてこの、宝石が絡まった頑固な毛玉を丁寧に解きほぐしていく感触……! ああ、至高のエンターテインメントです!」


「……ロイド様。あまり激しくブラッシングをすると、抜け毛と一緒に宝石の破片が飛び散って危険ですので、程々にしてください」


 猛毒ガスの中で狂喜乱舞しながら毛玉を梳かしていくロイドと、それを無表情で見守るクラウス。


 極上のおやつと、かつて味わったことのない至高のブラッシング。孤独な地下生活から一転、天国のような温もりに包まれた伝説の幻獣は、ロイドの高級スーツに顔を擦り付けてすっかり懐いてしまった。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、極上の無農薬野菜付き。完全防衛の広大なリゾートで、のんびり暮らすのです」


 完全に骨抜きになった宝石ウサギに対し、ロイドは涼しい顔で一枚の羊皮紙――宛先を『ワケアリ不動産・指定役員』に限定した【修正版・魔法契約書】を取り出した。


「インクは不要です。ウサギちゃんには肉球がありませんから、ここに、そのフワフワで愛らしい『おみ足』をポンと乗せるだけで結構ですよ」


「ピュイ! ポンッ!」


 愛らしい鳴き声と共に、宝石ウサギは自ら進んで前足(おみ足)を契約書に押し当てた。


 羊皮紙に淡く光るマークが浮かび上がり、契約が成立する。


『……あまーい! お兄ちゃん、すっごく撫でるの上手! もっとニンジンちょうだい!』


「おや。元気で愛らしい声ですね。もちろん、いくらでも差し上げますよ」


 無邪気な少女のような声(念話)が、ロイドとクラウスの脳内に響く。


「ロイド様。今回も無事に、念話は我々役員のみに届いております。世界中の出向社員の脳内に『ウサギのニンジンおねだり』が響き渡るという放送事故は免れました」


「ええ、我が社のコンプライアンスは完璧ですから」


 胸元に擦り寄ってくる巨大なラメ入り毛玉を抱きしめながら、ロイドは至福の笑みを浮かべた。


 しかし、その超高級スーツは、ウサギの純白の抜け毛と、キラキラと輝く宝石の破片で悲惨なことになっていた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞ名誉の勲章ですよ、クラウ――痛っ!? ガリッて言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『強力粘着ローラー、対魔獣・宝石巻き込み対応版(新作)』だった。


 メキッ、ガリガリッ! というシュールな音を立てて、ロイドのスーツから見事に抜け毛と宝石の欠片を剥ぎ取っていく。


「な、なんて手際だ……我々が手も足も出なかったあの恐ろしい猛毒の魔獣を、たった一本のニンジンとブラシで手懐けてしまうなんて……!」


 呆然とする声に振り返ると、坑道の入り口付近に設けられた安全地帯バリケードの影に、ボロボロの作業着を着た男たちが数名、腰を抜かして座り込んでいた。


 彼らは、ガルドス商会から「死ぬまで見張りを続けろ」と不当に押し付けられていた、見捨てられた元・鉱夫たちだった。


「おや。こんな猛毒の入り口で、見張りをさせられていたのですか」


 ロイドはコロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「悪徳商会に見捨てられながらも、周辺の街へ毒ガスが漏れないよう、決死の覚悟で封鎖を維持し続けたその責任感。高く評価いたします」


 ロイドの言葉に、元・鉱夫たちはハッと息を呑んだ。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』のリゾート専属・施設管理者として再雇用してあげましょう。初任給は金貨十枚です。もちろん、このウサギちゃんのブラッシング手当(危険手当)もつきますよ」


「き、金貨十枚!? ガルドス商会の現場監督以上の月給じゃないか!」


「一生ついていきます、社長!!」


 こうして、魔獣の保護と優秀なスタッフの確保は完了した。


 ロイドは宝石ウサギの長い毛並みに埋もれながら、毒ガスが立ち込める地下空洞を見上げる。


「クラウス。元・鉱夫たちの退避は完了しましたね?」


「はい、ロイド様。すでに全員を安全圏へ避難させております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。上空の魔導艦に合図を。この無価値な『山』を吹き飛ばし、美しい『更地(さらち)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。


 遥か上空の雲海から、山を丸ごと一つ削り取るほどの極大の『超重力プレス』が、廃鉱山へと放たれた。




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