第11話 閉鎖された魔石鉱山と宝石ウサギ
神獣フェンリルのための大草原に、小グリフォンのための巨大なアスレチック、そして九尾の狐のための総大理石・極上温泉郷。
兄である財閥総帥の度重なる「過剰投資」により、荒野のど真ん中に爆誕した『ワケアリ不動産・本社要塞』は、今や世界中の王族が束になっても敵わないほどの超絶ラグジュアリー・リゾートへと進化していた。
「――ロイド様。新たなお客様が、応接室でお待ちです」
湯上がりの九尾の狐に、最高級の獣毛ブラシで九本分のブラッシングを施していたロイドの元へ、秘書官のクラウスが一切の足音を立てずに歩み寄ってきた。
彼の横には、全身をギラギラとした成金趣味の宝石で飾り立てた、恰幅の良い中年男が立っていた。
「よ、よくぞお越しくださいました。私が社長のロイドです。どうぞ、そちらのソファへ」
ロイドは洗練された所作で立ち上がり、男を促した。
男は大手採掘業者『ガルドス商会』の会長だった。彼は、要塞のあまりにも非現実的な豪華さと、中庭を駆け回る「歩く災害(神獣たち)」の姿に完全に腰を引かせ、ハンカチで滝のような冷や汗を拭っていた。
「ひ、ひぃぃ……。た、単なる噂だと思っていたが、これほどの設備を持つ不動産屋が存在したとは……」
「お褒めに預かり光栄です。それで、本日はどのような『曰くつき物件』をお持ちで?」
ロイドの静かな問いかけに、ガルドス会長はハッと我に返り、わざとらしく咳払いをした。
「……うむ。実は、若き敏腕社長である君に、我が商会が所有する『アビス魔石鉱山』の全権利を、特別に譲ってやろうと思ってな」
「ほう。魔石鉱山ですか」
「そうだ! かつては最高級の魔石をボロ儲け……ゲフン、多数産出していた優良物件だぞ! だが数年前、地下深くから未知の『猛毒ガス(地下魔素)』が噴出し、さらには凶悪な『水晶の魔獣』まで住み着いてしまってな」
会長は、忌々しそうに顔を歪めた。
「現在、鉱山は完全に閉鎖されている。……そればかりか、猛毒ガスが近隣の街へ漏れ出さないよう、国から『莫大な環境維持費』と『罰金』を毎月請求されておってな。まったく、国も魔獣も忌々しい!
だが、君たちの会社ならこの鉱山を上手く活用できるだろう!」
要するに、「これ以上持っていると罰金と維持費で商会が倒産するから、全責任ごと押し付けたい」という、典型的な『負動産』の厄介払いである。
「なるほど。つまり、我が社が鉱山の所有権を引き受ける代わりに、国への罰金や環境維持費、そして魔獣の処理も『すべて』我が社が被るということでよろしいですね?」
「そ、そうだ! 本来なら白金貨百枚は下らない土地だが、今回だけは特別に、引き取り手数料として私から『金貨十枚』を払ってやろう! どうだ、破格の取引だろう!」
金貨十枚という、国の罰金の一日分にも満たないはした金を提示し、下卑た笑いを必死に噛み殺すガルドス会長。
しかし、その浅ましい話を聞いていたロイドの瞳は、怒りでも同情でもなく――極限まで高まった『歓喜』に打ち震えていた。
(暗く狭い地下で……猛毒ガスをフィルターとして吸い続け、それを己の体内で『水晶(宝石)』として結晶化させている魔獣……!?)
冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが限界突破の警報を鳴らしていた。
(猛毒から身を守るための、密集した長毛! そして毛の奥底でキラキラと輝く宝石の結晶! 間違いない、それは『極上のフワフワ・ラメ入り毛玉』です!!)
「……素晴らしいお話ですね。会長、顔を上げてください」
ロイドは優雅に脚を組み替え、契約書を取り出した。
「我がワケアリ不動産が、その魔石鉱山の土地権利を『丸ごと』引き受けましょう。国からの負債も、魔獣の処理も、すべて我が社が責任を持ちます。……金貨十枚、確かに頂戴いたしました」
「や、やった! これで国からの負債はすべてお前たちのものだ! せいぜい毒ガスを吸って苦しむがいい、若造め!」
会長は引ったくるようにペンを取り、サインを書き殴ると、逃げるように要塞を去っていった。
***
「……ロイド様。あのような猛毒の充満する廃鉱山、転売の価値があるのですか?」
会長が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。
「当然です、クラウス。魔獣が絡む事故物件は、すなわち『魔素が最も濃い土地』である証拠。……そしてあの会長は、自分がどれほどの宝の山を手放したか理解していません」
ロイドは、超高級な『幻蜘蛛の糸』で仕立てられたスリーピース・スーツの袖口を整えながら、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「地下の猛毒ガスを、その魔獣が何年もかけて吸い上げ、浄化してくれているはずです。……魔獣を退去させ、お家芸で邪魔な『山』の部分を丸ごと吹き飛ばして『更地(平地)』にすれば、圧倒的に採掘しやすい、極上魔石の露天掘りスポットが誕生します」
山を消し飛ばして平地にする。
一介の不動産屋が口にしていい規模の工事ではないが、財閥のトップエリートである彼らにとっては、少し大掛かりな草むしり程度の認識である。
「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところでロイド様、先ほどから口角が上がりっぱなしですが」
「ええ。いったいどれほどゴージャスでフワフワな『宝石毛玉』に仕上がっているのか……想像しただけで胸が高鳴ります。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族のお迎えです!」
クラウスが無言で『強力粘着ローラー(ラメ・抜け毛対応版)』をカバンに忍ばせる横で、ロイドは目を輝かせた。
致死の猛毒ガスが充満する、死の廃鉱山へ。
エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、極上の宝石ウサギを求めて、王宮のカーペットを歩くかのような足取りで出発した。




