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異世界ワケアリ不動産〜曰く付き物件を買い叩いたたき、魔獣は趣味の保護リゾートへお引っ越しさせます〜  作者: 薄氷薄明


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第0話 ワケアリ不動産




「――ロイド様。対象の『事故物件(じこぶっけん)』の最奥に到着いたしました」


 陽の光すら届かない、鬱蒼とした魔の森の最深部。


 かつて栄え、そして滅びた古代王国の城跡とされるその廃墟で、秘書官のクラウスは無表情のまま告げた。



 ここは、近隣の国家が「危険すぎて、討伐部隊どころか人を派遣することもできない」と(さじ)を投げた、超特級の危険地帯。足を踏み入れただけで精神を病むほどの濃密で凶悪な魔素(まそ)が充満し、世間では『触らぬ神に祟りなし』と恐れられる、正真正銘の呪われた土地である。


 だが、そんな人類未踏の最凶ダンジョンの中央で。


 超高級な『幻蜘蛛(げんぐも)の糸』で仕立てられたスリーピース・スーツを完璧に着こなした青年――ロイド・グランヴェルは、微塵も顔色を変えずに優雅な溜息(ためいき)を吐いていた。


「まったく。これほど素晴らしい土地を、数百年も放置していたなんて。近隣諸国の王族たちは、不動産の価値というものが分かっていませんね」


 世界を裏から支配する超巨大組織『グランヴェル財閥』。その次男である彼にとって、この程度の魔素など、そよ風にも等しい。


 ロイドの背後に控える、財閥内の熾烈な階級争いを勝ち抜いた優秀な従者たちも、神獣の縄張りであるはずのこの場所で、何食わぬ顔で主人のためのティーセットの準備を始めている。財閥のトップエリートたちと一般社会とでは、圧倒的な『強者の認識ズレ』が存在するのだ。



『グルルルルルッ……!!』


 その時、廃墟の奥から、空気を震わせるような恐ろしい咆哮(ほうこう)が轟いた。


 姿を現したのは、白銀の毛並みに青い炎を纏った、見上げるほど巨大な狼の幻獣。伝説に名を残す神獣『フェンリル』である。神の如き威圧感が放たれ、周囲の瓦礫がカラカラと崩れ落ちる。


「ほう。あれが、この事故物件に住み着いていたという神獣ですか」


「はい。近隣国から『白金貨十枚の討伐謝礼金(しゃれいきん)』をもらいつつ、この広大な土地の所有権ごと、我々がタダ同然で譲り受けた理由です」


 クラウスが淡々とタブレットを操作する。


 威嚇を続ける恐ろしい神獣。普通なら腰を抜かす場面だが、ロイドの瞳に宿っていたのは、恐怖ではなく――極限まで高まった『愛』であった。


「ああ……素晴らしい。この数百年間、これほど濃密で凶悪な魔素をたった一匹で吸収し、浄化し続けてきたのですね」


 ロイドは、うっとりとした表情でフェンリルの巨躯を見上げた。


「大気中の淀んだ魔素を蓄え、結晶化させた、その神々しいまでの『毛並みの良さ(モフモフ)』……! なんという極上のフィルター機能! 完璧な大自然の奇跡です!」


 世間一般では歩く災害と呼ばれる神罰級の魔獣を前に、この財閥御曹司はただ「毛量と艶」にのみ感動し、一切の警戒もなく優雅な足取りで歩み寄った。


『ガァァァッ!!』


 フェンリルが、不敬な侵入者ロイドを消し炭にすべく青い炎のブレスを放つ。


 直撃すれば城壁すら溶ける一撃。だが、財閥のトップ錬金術師たちが総力を挙げて仕立てたロイドの特注スーツは、その炎をふわりと霧散させた。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。……さあ、これを」


 ロイドは懐から、小袋(賄賂)を取り出した。


 財閥の最高頭脳である『研究開発部(R&D)』の天才たちが、徹夜に次ぐ徹夜で開発させられた『究極の魔肉配合・特製カリカリ』である。


 それをそっと鼻先に差し出された瞬間、フェンリルの瞳からスッと敵意が消えた。


 抗いがたい極上の香りに、神獣の鼻がヒクヒクと動く。



「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、極上のブラッシング付き。私がこれから作る『最強の保護施設リゾート』の、栄えある第一号になりませんか?」


 ロイドは涼しい顔で、一枚の美しい羊皮紙――『魔法の法人契約書』を取り出した。


「インクは不要です。あなたが『お引越し』に同意いただけるなら、ここに肉球をポンと乗せるだけで構いません」


 魔獣愛好家であるロイドが独自に開発した『肉球(おみ足)スタンプシステム』。


 フェンリルはカリカリの誘惑と、目の前の青年の底知れぬ安心感に(ほだ)され、言われるがまま、巨大な前足を契約書へと乗せた。


 ポォン、と。


 可愛らしい音と共に、契約書に淡く光る肉球のマークが浮かび上がる。


「契約成立です。今日からあなたは、我が社の立派な家族ですよ、フェンリルちゃん」


 ロイドが嬉々としてふかふかの顎の下を撫でると、伝説の神獣はあっさりと陥落し、腹を見せて「クゥーン」と甘い声を上げた。


『……うまっ。なにこれ、お肉の味がすっごい濃い。……おかわり、もっとちょうだい』


 突然、愛らしい少年のようなどこか間の抜けた声が、ロイドたちの脳内に響いた。


「……おや。フェンリルちゃん、念話が使えるようになったのですね。私との愛の絆が通じた証拠です!」


「ロイド様、違います。……その契約書、対象を『グランヴェル財閥』という【法人名義】にしてしまっているためです」


 クラウスが、珍しくこめかみを押さえて溜息(ためいき)を吐いた。


「……つまり今、このフェンリルちゃんの『おかわり要求』の念話は、世界各国に散らばる諜報特科の出向社員たちや、本省の侍女たちなど、財閥関係者全員の脳内に【社内一斉放送】として筒抜けになっております」


「……なるほど、我が社の素晴らしい福利厚生(癒やし)ですね」


『おかわり! あと、右の脇腹もっと撫でて!』


 世界を牛耳る冷徹なエリートたちの脳内に響き渡る、神獣の無邪気な声。


 各国の会議室や暗殺の現場で、優秀な出向社員たちが一斉に動きを止めて困惑していることなど、ロイドは気にも留めない。



「さて、クラウス。魔獣の円満退去は完了しました。上空に待機している『建築・解体部』の魔導艦に合図を」


「承知いたしました」


「この無価値な廃城を、我が一族のお家芸で更地にします。フェンリルちゃんが極上の魔素だけを残してくれたこの広大な土地に……我が新規事業の本社要塞を建てるのです」


 冷徹で完璧なエリート御曹司と、その足元でカリカリをねだる白銀の神獣。



 曰くつきの土地を買い叩き、世界一理不尽なビジネスで最強の魔獣保護施設リゾートを作り上げる『ワケアリ不動産』が、今ここから産声を上げた。




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