閑話 光の差す場所(一般プレイヤー視点)
「――うわぁ、すっげぇ……! 空の色、これ本当にデジタルかよ」
始まりの街『アウレリア』の噴水広場で、一人の青年プレイヤーが感嘆の声を漏らした。
視界に広がるのは、抜けるようなコバルトブルーの空と、白亜の街並みを縁取る常春の緑。降り注ぐ光のすべてが、ただ心地よい。
広場には、色とりどりの装備に身を包んだ人たちが溢れ、賑やかな活気に満ちている。冒険の始まりを告げるその喧騒に、青年の心は自然と躍った。
「よお、兄ちゃん。初登入かい? 景気づけにうちの果実水を飲んでいきな。今ならサービスだぞ!」
恰幅の良い店主が、眩しいほどの笑顔で話しかけてくる。
青年は手渡された冷たいグラスを煽った。
「っ、美味い……! なんだこれ、喉越しまでリアルだ」
喉を潤す果実の甘み。潮風が運ぶ花の香り。
五感のすべてを刺激する鮮やかなリアリティが、ここでは純粋に、人々を笑顔にする至高の娯楽として機能していた。
青年は、ギルドから受け取った「薬草採取」のクエストをこなしに、街の外へと足を向けた。
そこには、黄金色の光を浴びて波打つ平野がどこまでも続いていた。
「風が気持ちいいな。……よし、やるか!」
青年は初期装備のショートソードを構え、軽快に駆け出した。
何に邪魔されることもない自由な肉体は、この世界の法則を翼に変え、重力を感じさせない跳躍を可能にする。
遭遇したスライムを小気味よく切り伏せれば、視界の隅では経験値獲得のログが心地よく流れ、ドロップした硬貨が自動的にインベントリに吸い込まれていく。
「おーい! そっちのスライム、手伝うぜ!」
見知らぬ人物から飛んできた気さくな声に、青年は片手を上げて応える。即席のパーティが組まれ、互いのスキルが鮮やかに噛み合う。一人では味わえない効率的な狩りと、分かち合う達成感。
「ははっ、これだよこれ! 最高にストレスフリーだぜ。作った奴、マジで神だな」
昼時になると、青年は平原の木陰に腰を下ろし、街で買ったサンドイッチを取り出した。
瑞々しいレタスの食感。香ばしいパンの匂い。
柔らかな芝生の、一本一本の心地よい感触。
午後のクエストを終え、日が傾き始めると、アウレリアの街は夕刻の温かなオレンジ色に染まった。
青年は満足げに伸びをして、目抜き通りを鼻歌混じりに歩いていく。
「よし、明日はレベルを上げて、隣の村まで足を伸ばしてみるか」
宿屋の窓から漏れる温かな光と、どこからか漂ってくる煮込み料理の匂い。
石畳を叩く自らの足音さえ、心地よいリズムとなって彼を導いていく。
この完璧な世界において、孤独や飢えは存在しない、すべてが希望にあふれるものだった。
青年は、今日という幸福な一日に最高の評価を付け、夜の安らぎが約束された宿の扉を、軽やかに開いた。




