56話 忍び寄る好奇の目
試しにタイトル変えてみました。
陽の光は徐々に傾く頃。クズノハはハルに手を引かれ、石畳に長い影を落とす広場へと戻ってきていた。
広場には夕食へと向かう家族、仕事を終えた職人たちが往来し、噴水の傍らでは先ほどクズノハに飴を渡そうとしていた女性が、項垂れて真っ白な灰のようになっている質素な服装の女性を指さしながら笑っているなど、多種多様な人の営みが映し出されていた。
一行が歩みを進める中、一人の若者が行く手を遮るようにして話しかけてきた。
「失礼、お尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「あら、私達に何の御用かしら?あいにく買い出しの途中ですし、見ての通り子供も疲れてるの。手短にお願いできるかしら」
「いえ、お時間はとらせません。とある村の伝承によれば、この付近に古き遺跡が有るとあるとされていまして。古き血を引く狐の方と関係を持たれているあなた方なら、何かをご存知かと思いまして」
その言葉を聞き、無意識のうちにハルの手に力がこもり表情が凍りついた。手にかかる圧力を不思議に思った幼子が、老婆の顔をじっと見つめる。ハルは慌てて力を抜き、誤魔化すように何度も銀髪を撫でた。
「生憎ですが、私共は遺跡については存じません。……連れが疲れておりますので、失礼します」
足早に去る背中を、若者は何かを確信したように見つめ、雑踏へと消えていった。
一行がマーサの宿に戻り食堂の席に着いた頃、食堂はいつも以上に賑わっていた。
普段なら一日の終わりを告げる喧騒が心地よいはずだが、今のハルたちにはその視線が鋭い針のように感じられた。
静かに食事をとる紳士、やけくそ気味にエールを煽るように飲む女性と対面で笑いながらちびちびと飲み物を飲む女性、豪快に骨付き肉に食らいつく上半身裸の男性など。彼らの視線は、時折、申し訳程度に隠しながらも、明確にクズノハを追っている。
「はぁ……今日もお疲れ様。ハルさん、何だか街の様子がおかしなことになっているわね」
「そうだねぇ……これは早めに帰った方が良いのかもしれないねぇ」
「これは仕方がないわね……どうしても明日の午前中には商会に行かないといけない用事があるから、それが終われば帰る事にしましょうか。ハルさんはその間はどうするの?」
「シスターの所に向かうのが良さそうかねぇ……クズノハちゃんと、街のお外へお散歩に行きたかったのだけど……これでは少し怖くて無理そうだねぇ」
ハルは静かに不安を押し殺すかのようにスープをすすり、ため息を吐いた。傍らで無表情ながらも、どこか上品に黙々と。しかし頬をパンパンに膨らませながら、もっきゅもっきゅと肉を口に運び続ける幼女を見て、カレンは「こんな時でも、この子は何を考えているんだか」と半ば呆れたように小さくため息を吐いていた。
翌日。朝露が朝日に照らされて白く輝く頃、三人はマーサの宿を出立する準備を進め、恰幅の良い女主人と話をしていた。
「マーサさん、ごめん! 予定よりも早く出ることになっちゃったわね」
「何、気にすんじゃないよ。ただ、昨夜からあの銀髪の子のことばかり聞き回る客が多すぎてね……。何があったかわからないけど、私は何も知らないと答えておいたよ。……あの子のためにも、早めに発つのが正解だね」
「マーサさん、本当にごめん……! ありがとうございます! また落ち着いたら泊まりに来るから、その時にまた話しましょうね」
そうして一行は慌ただしく馬車で宿を発った。カレンは商会前で「ハルさんごめん! 用事が済んだらすぐに教会まで迎えに行くから!」と別れ、馬車を降りたハルはクズノハの手を引き大聖堂へと歩みを進める。
焦りがあるからかいつもよりも歩みは早く、手を引かれていた幼子はバランスを崩して転んでしまう。慌てて老婆はそれを起き上がらせ、幼子は石畳に膝をついたあとを手で払った後に老婆を見つめた。
「あぁ、怪我はないかい?すまないねぇ……クズノハちゃん…… 」
老婆は力無く謝りながら幼子を抱き締め、幼子もそれに応えるかのように背中をポンポンと叩いてから再び手を繋ぎ、教会の方へと向かっていった。
静謐な空気が漂う教会の事務局。シスター・テレーズは朝の食事を終え、羊皮紙の束へと向かおうとしていた。
重厚な扉が開く。それにより朝の空気が入り込み、その奥から幼女の手を引く老婆の姿が現れた。
「あら?ハルさん、おはようございます。このような朝早くに、どうかなさいましたか?」
「おはようございます、テレーズ様……。実は困ったことになりましてねぇ……」
ハルが昨日の出来事を――正体不明の集団がクズノハを嗅ぎ回っている不安を語ると、テレーズは慈愛に満ちた、しかし毅然とした微笑みを浮かべた。
「そうですか……。ですが、ここは教会の管轄です。主の御前を汚すような不埒な方が足を踏み入れることは私が許しませんので、安心なさってください」
その言葉に、ハルは安堵の息を吐いた。
だが、彼女たちが背を向けた重厚な扉の向こう側。事務局の影には、息を潜める観測者の視線が突き刺さっていた。




