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狐狂いのVRMMO  作者: かきのたね
四章 穏やかな暮らし

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46話 雨と収穫祭

 窓の外は、数日前から降り続く激しい雨が白く煙っていた。

 先日までの柔らかな風はどこへやら、軒先を叩く雨音は低く重い。森の緑は深く濡れ、村の通りには人影ひとつなかった。


 そんな中、ハルの家の玄関先では、小さな人影が出陣の準備を整えていた。

 クズノハは、彼女は虚空を指先でなぞり、慣れた手つきでウィンドウを操作する。その瞳は、今日の目的を計算しているかのような光を灯し、一切の迷いがない。

 彼女が何かを選択すると、淡い光と共に、クズノハの全身にぶかぶかの黄色い雨合羽が装備された。

 合羽は三歳児の体格にはいささか大きく、クズノハはフードに埋もれた顔を上に向かせ、視界を確保するために必死に首を振った。

 そして合羽の裾を引きずりながら、玄関の戸に手をかけ、気合の入った鼻息を漏らして外へ出ようとした、その時だった。


「――はい、今日のお外は危ないですよ?」


 背後から伸びてきた、弾力を失い吸い付くような柔らかさの手に、クズノハの身体がふわりと宙に浮いた。

 ハルが合羽ごと、クズノハをひょいと抱き上げる。クズノハは一瞬だけ、宙を蹴るように短い足をバタバタと動かした。だが、ハルの「今日は絶対ダメですよ」という穏やかな、しかし拒否権のない声を聞いた瞬間、彼女の動きはぴたりと止まり、一拍置いて糸の切れた人形のように全身の力を抜くとぷらーんとぶら下がった。


 あまりに極端な脱力ぶりと、クズノハの背中で力なくだらんと垂れ下がった白銀の尻尾。ハルはその可愛らしさに思わず頬を緩め、合羽から出た銀髪を優しく撫でた。


「ふふ、そんなにがっかりしないで。たまには家でのんびりお仕事しましょうねぇ」


 リビングへ運ばれたクズノハは、不服そうに一度だけすんっと鼻を鳴らしたが、椅子に下ろされると即座に姿勢を正した。卓上には、泥を落としたばかりの瑞々しい新じゃがいもが、山のように積まれてい。

 ハルが乾いた布を手に取り、ジャガイモの薄皮をぺりぺりと器用に剥いて見せる。


「こうやって優しくこするだけでいいんだよ。やってみるかい?」


 クズノハは、ハルの手元を凝視した。その瞳は、まるで高度な技術を盗み取ろうとする職人のように鋭く、真剣そのものだ。

 彼女は自分でも布を掴むと、一つのジャガイモを両手でしっかりとホールドした。そして、ハルの動きをなぞるように、布をジャガイモの表面に当てる。


 だが、三歳児の指先は、彼女が思うほど自由には動かない。


「…………っ」


 力を込めようとすれば、新じゃがの滑らかな表面に指が滑り、ジャガイモがつるんと手から弾け飛んだ。

 クズノハは飛んでいったジャガイモをぱふっと両手で押さえ込むと、それを胸元に抱え、しばらくの間じーっとジャガイモを睨みつけた。

 まるで、物理法則のバグを確認するかのようなその険しい瞳。だが、ハルの目には失敗してムキになっている幼女にしか見えない。


「ふふ……そんなに睨んでも、ジャガイモは剥けてはくれませんよ?」


 ハルの笑い声に、クズノハは小さくむぅと頬を膨らませた。

 それから再び、彼女は黙々と、しかし途方もなく真面目な顔で作業を再開した。

 ハルが数個を剥き終える間に、クズノハはやっと一個。

 それでも彼女はチラチラとハルの手際を確認しながら、自分の不器用な指先を無理やり制御するように、一箇所ずつ着実に皮を剥いでいく。

 窓を叩く雨音と、ジャガイモをこする衣擦れの音。

 遊び半分ではなく、一丁前のお仕事として向き合う小さな背中を、ハルは温かな眼差しで見守っていた。


 翌朝、降り続いた雨は上がり、濡れた地面が柔らかく日差しを反射している。村中に湿った土の匂いが立ち込める中、村の共同菜園には、腰を曲げて作業に勤しむ大人たちの姿があった。

 クズノハは泥除けの長靴を履き、とてとてと危なっかしい足取りでハルの後を追っていた。ハルはキャベツの(うね)で足を止めると、腰を深く曲げ見事に育ったキャベツの芯を淡々と鎌で断ち切る。収穫されたキャベツは、その場でハルのインベントリに収納されていった。


「クズノハちゃん、あっちのアスパラガスの畝をお願いできるかい?」


 ハハルが指差したのは、細長く土が盛り上げられた一画だ。この村では、低い位置にあるアスパラガスの収穫は、腰への負担が少ない子供の役目だった。

 クズノハはふすっと短く鼻を鳴らして応じると、アスパラガスの畝へと移動した。等間隔に突き出した緑の穂先に次々と手を伸ばす。

 

 パキッ


 小気味よい音と共にアスパラガスが折れ、クズノハの手の中で淡い光に変わる。リズムよく収穫を進め、やがてその一画から緑の穂先が消滅した。

 

「おやまあ、こっちはもう終わったのかい。助かったよ、クズノハちゃん。次は、まだ終わっていないところのお手伝いも頼めるかい?」


 コクリと頷き、クズノハは次の一本、立派に育ったカブの前で足を止めた。

 三歳児の細い腕にとって、土の粘りと摩擦はあまりに高い障壁だ。クズノハはすぐには引き抜かず、その場にしゃがみ込むと、小さな指先でカブの周囲の土を執拗に掻き出し始めた。


「あらあら、泥だらけになっちゃって……。無理しなくていいんだよ」


 ハルが腰をさすりながら声をかけるが、クズノハは反応しない。爪の間に泥が詰まるのも構わず、カブが左右にぐらりと揺れるまで、物理的に遊びを作り続ける。そして、カブの葉の根元を両手で握り、クズノハは腰を落とした。

 顔を真っ赤にし、短い足をぬかるんだ土に踏ん張らせる。ぐぐっ、と土がカブを離さない。

 その瞬間、クズノハの背後で白銀の尻尾がぐるんと一度だけ円を描いた。

 

  ふんすっ!


 鼻息と、スポンと頼りない音と共に、カブがようやく土から抜けた。

 反動で尻餅をつきそうになるが、クズノハは尻尾を細かく動かしてバランスを取り、なんとかその場に踏みとどまる。

 抜き取ったカブをじーっと見つめ、クズノハは鼻先に泥をつけたままふんっと短く鼻を鳴らした。それは、苦戦するような強敵を工夫で倒したことへの、ささやかな満足感の表出に見えた。


「おや、上手に抜けたねぇ」


 ハルがゆっくりとした足取りで歩み寄り、手拭いでクズノハの鼻先を優しく拭う。

 クズノハは無言でカブをインベントリへ収めると、また次の野菜へととてとてと歩き出した。

 昼時、広場には大鍋が据えられた。村人たちが協力して収穫した野菜が、じっくり煮込まれて滋味深いスープへと変わっていく。

 クズノハはハルの隣に座り、差し出された熱々のカブをはふはふと頬張る。

 自分にできる役割を完遂し、一歩ずつ目標へと進んでいく。ハルの隣で咀嚼を続けるクズノハの尻尾は、満足げに、ゆっくりと床をゆら……ゆら……と揺れていた。

 穏やかな日々の中で、そうして静かに季節は過ぎていった。

いつも応援ありがとうございます。

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