37話 春の再訪と、野心の予感
窓の外から聞こえる雪解け水の音は、昨日よりもさらに軽やかになっていた。
柔らかい陽光が差し込むベッドの上で、クズノハはゆっくりと身を起こす。指先で髪をなぞれば、昨夜ハルが洗い上げた白銀の糸が、何一つ引っかかることなくさらさらと流れた。
背筋をぐっと伸ばしてあくびを一つ。彼女が静かにベッドから降りることで、村での新たな日常が幕を開ける。
朝食の献立は、パンと温かいスープであった。
ハルと向かい合い、クズノハは淡々と木の匙を動かしていく。食後、ハルが手際よく片付けを進める傍らで、彼女は手慣れた様子で春用の薄手の上着に袖を通した。ハルもまた、当然のように自らの身支度を整え始める。二人の間に言葉はなかったが、その一連の動きは、どこか決まった儀式のようでもあった。
家を出て最初に向かったのは、隣家のベルナデッタの元だ。
「おはよう、二人とも。クズノハちゃん、今日もこれをお願いできるかい?」
差し出されたのは、布に包まれた、ずっしりと重みのある弁当箱だ。クズノハはそれを両手でしっかりと受け取ると、静かに一度だけ頷いた。彼女は迷いのない足取りでハルの手を引き、ぬかるんだ道を避けて鍛冶場へと向かう。
鍛冶場では、ガラムが既に槌を振るっていたが、その動きはどこかゆったりとしていた。
「おう、お嬢ちゃん。それとハルさんも。……ああ、弁当か、助かるぜ」
ガラムは弁当を受け取ると、煤を拭いながら一息ついた。クズノハはその場に立ち止まり、じっとガラムの次の動きを待つ。だが、ガラムはそのまま腰を下ろしてしまった。
「わりぃな。今日は急ぎの注文もねぇし、持っていくもんもねぇ。すくねぇけど一週間溜まってた分は、昨日お前さんが全部片付けちまったからなぁ……」
手持ち無沙汰になった空気が流れる……。用事が住んだ二人は鍛冶屋を後にした。
道をのんびり歩いているとき、クズノハは一つ瞬きをすると、彼女はインベントリから一冊の植物図鑑を取り出した。それをハルに差し示し、それから村の外――平原の広がる方向を、小さな指で真っ直ぐに指した。
ふすっ!
「あら、その本にある草を探しに行きたいのかい?」
ハルが図鑑を覗き込み、目を細める。クズノハが無言で頷く姿を、ハルは「お勉強にはいい天気だ」と微笑みながら見つめた。
「それじゃあ、一度家に戻ってお昼の準備をしようかねぇ。お外で食べるサンドイッチは美味しいよ」
ハルの提案を聞き、クズノハはこくりと頷いた。彼女は再びハルの手を引くと、今度は家の方角へと歩き出す。
その足取りはどこか弾んでおり、ふすふすと鼻息を鳴らすその様子は、これから始まる外出を心待ちにしているかのようであった。




