34話 春の陽だまり、お使いの再起動
なんとか書けたので1話だけ……
冬は過ぎ去り、風はもはや頬を刺すような鋭さを持っていなかった。
ハルお婆さんの家の窓から差し込む光は柔らかく、床に積もった僅かな埃を白く照らしている。クズノハは、手際よく朝食の片付けを終えると、椅子から降りてハルの前に立った。
ハルが差し出したのは、冬の厚手の防寒着ではなく、若草色の刺繍が入った少し薄手の上着だった。
「さあ、これをお着。もう外は、雪よりも泥の方が多いからねぇ」
クズノハは無言で袖を通し、自らの手元を確認した。大雪の時のように雪に足首を奪われることも、村から抜け出した時のように夜の冷気に怯えることもない。彼女は玄関先で一度立ち止まると、隣に並んだハルの指先を、慎重にぎゅっと握りしめた。いつの時か、不安げに手を引いたあの時と同じ、確かな感触がそこにあった。
二人が最初に向かったのは、隣家のベルナデッタの元だった。
「あら……! クズノハちゃん、ハルさん!」
ベルナデッタは、玄関先に現れた二人を見るなり、持っていた箒を落とさんばかりに目を見開いた。彼女の視線は、クズノハの無事を確認するように、頭の先から尻尾の先までを何度も往復する。
「本当に……本当によかった。ハルさん、あんなに心配して、夜も眠れないって言っていたから……」
「ベルナデッタさん、ご心配をおかけしたね。この通り、この子は元気だよ」
ハルが穏やかに微笑むと、ベルナデッタは涙ぐみながら、いつものように厚手の布に包まれた籠を差し出した。
「クズノハちゃん。今日もお願いできるかい? ガラムのやつ、あんたがいない間、またご飯を食べ忘れちゃっていてねぇ」
クズノハはコクリと頷き、包みを受け取った。以前よりも足取りは軽い。乾き始めた地面の感触を確かめるように、とて、とて、と一定のリズムで歩みを進める。歩調に合わせてふさふさの尻尾が左右に揺れる様子は、どこか楽しげにも見えた。
やがて、絶え間ない槌の音が響く、鍛冶師ガラムの作業場へと辿り着いた。
クズノハは重厚な木製の扉を、迷いのない手つきでコンコンと叩いた。
「……おう。誰だ」
奥から、煤で汚れたガラムが顔を出した。クズノハの姿を認めた瞬間、彼の太い眉が一瞬だけ跳ね上がった。
「……遅かったじゃねえか、お嬢ちゃん」
ガラムはそう吐き捨てたが声に棘はなく、その顔には隠しきれない喜びがあった。彼は槌を作業台に置くと、無造作に顔の汗を拭い、ハルに向かって小さく顎を引いた。
「ハルさんも……。悪かったな、この間は」
「いいんだよ、ガラムさん。この子が勝手をしたんだから」
クズノハは二人の会話を背景音として聞き流しながら、預かった包みを作業台の隅、埃の立たない場所へ正確に置いた。
ガラムは籠の中身を確認すると、ふんと鼻を鳴らし、今度は作業台の反対側に置かれていた数本の斧と、補修の終わった大鍋を指差した。
「これを持って行ってくれ。樵の連中が、あの子はまだか、まだかってうるさくてかなわねえんだ。……お嬢ちゃん、行けるか?」
クズノハは無言で手を伸ばした。鋼の冷たさに指先が触れる。淀みのない慣れた所作。卓上の品々が次々とインベントリへと滑らかに吸い込まれ、そこには重量の気配だけが取り残される。
その様子をじっと見つめていたガラムは、一連の作業を終えたクズノハの白銀の頭に、大きな掌をぽんと置いた。
「……頼んだぜ」
工房を出ると、春の陽光がさらに強まっていた。
クズノハは再びハルの手を握り直し、次なる目的地――樵たちの拠点へと向かう。
道中、クズノハはきょろきょろと周囲を観測していた。
屋根から落ちた雪の塊が小さくなっていること。
道端の土から、僅かに緑の芽が顔を出していること。
大雪の時に樵たちが必死に雪を跳ね飛ばしていたあの道は、今や穏やかな春の通りへと姿を変えていた。
やがて、遠くから野太い男たちの声が聞こえてきた。
樵のゲルハルトたちが、倒木の片付けに精を出している一角だ。クズノハの耳がぴこりと動き、ハルの服の裾を僅かに強く握りしめた。
「……おう、ありゃあクズノハじゃねえか!」
倒木の枝を払っていた一人の樵が叫ぶと、周囲の空気が一気に爆ぜた。
雪深い日、黙々と雪を跳ね飛ばしていた男たちが、一斉に作業の手を止めてこちらを振り向く。
「本当だ、お嬢ちゃんだ!」
「ハル婆さん! 無事に戻ったんだな!」
地響きのような咆哮と共に、汗まみれの屈強な男たちが集まってくる。クズノハは、そのあまりの勢いに、ハルの背後へと半歩だけ身を引いた。耳をぴくりと伏せ、尻尾を足元に巻き付ける。
リーダーのゲルハルトが、丸太のような腕で汗を拭いながら、一際大きく笑い声を上げた。
「はっはあ! 心配させやがって。村中が大騒ぎだったんだぞ、お嬢ちゃん」
ゲルハルトはハルに向かって一つ頷くと、クズノハの前に膝をつき、目線を合わせた。
「街はどうだった。俺たちの斧、ガラムの親父から渡してもらったのか?」
クズノハは無言で首肯した。そして、ハルの陰から一歩前へ出ると、淀みのない所作で右手を差し出した。
一瞬の揺らぎと共に、インベントリから修理を終えたばかりの斧が次々と現れ、ゲルハルトの掌へと吸い込まれるように収まっていく。研ぎ直された刃が、春の陽光を弾いて鋭く光った。
「ふむ……完璧だ。さすがだな」
ゲルハルトは刃の仕上がりを確認すると、満足げに鼻を鳴らした。
近くの男たちは間近で元気そうにしているのを見て、優しいまなざしでこの小さな運び屋を見つめている。
「よし、野郎ども! 道具が戻ったぞ。これでお嬢ちゃんに、良いとこ見せなきゃ男が廃るぜ!」
男たちが「おう!」と雄叫びを上げ、再び作業に戻っていく。その活気に溢れた背中を、ハルは目を細めて眺めていた。
「クズノハちゃん、良かったねぇ。みんな、あんたが帰ってくるのを待っていてくれたんだよ」
クズノハはハルの言葉に答えず、ただじっと、男たちが斧を振るう様子を見つめていた。その瞳は、木片が飛び散る角度や男たちの規則正しい動きを一つ一つ拾い上げるように、静かに、そして克明に動いている。
やがて、彼女は満足したように一度だけ鼻を鳴らすと、自分の小さな掌を見つめた。
その掌には、ゲルハルトが「お駄賃だ、婆さまと食いな」と言って持たせてくれた、塩の効いた燻製肉や珍しい形の木の実がある。
クズノハが指先で空中に触れると、それらは淡い光と共に消え、彼女のインベントリへと格納された。街で手に入れた冷ややかな銀貨とは違う、生活の匂いがする報酬。それを受け取った彼女の横顔には、どこか誇らしげな色が混じっていた。
帰り道、クズノハは再びハルの指をぎゅっと握りしめた。
春の陽光に照らされた白銀の尻尾が、右へ、左へと、メトロノームのように規則正しいリズムで揺れている。
一歩、また一歩。
雪解けの道を、二人の足音が重なり合って響く。
それは、この村でクズノハが刻み始めた、新しい日常の音だった。
ヴォイニッチ手稿の解読で遊ぶの楽しかった……。
うん、AIってめっちゃ自信満々に書くものなのですね。




