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狐狂いのVRMMO ~理想の狐を作ったら最弱の幼狐になりました~  作者: かきのたね
三章 春の訪れ

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26話 商人の天秤、幼子の沈黙

 商会の重い扉が閉まった直後、カレンは人気のない路地の隅で足を止めた。

 彼女は膝をつき、クズノハの小さな肩を両手で強く掴む。その双眸には、いつもの快活さはなく、商人の冷徹なまでの真剣さが宿っていた。


「いい、クズノハちゃん。一度しか言わないから、よく聞きなさい」


 カレンの声は低く、震えていた。


「今のは『迷子』じゃ済まないの。春になったとはいえ、まだ雪が舞うこともあるわ。もし今の商談が壊れていたら、村に残ったわずかな蓄えも、この寒さで尽きていたかもしれない。……ハルさんだって、あの年で凍えながら空腹を抱えることになったのよ。わかる?」


 クズノハは、まばたき一つせずにカレンの目を見つめ返していた。

 三歳児であれば泣き出してもおかしくない剣幕だったが、彼女はただ、一文字に結んだ唇をさらに強く引き結んだ。そして、カレンの指が白くなるほど強く掴んでいた肩を、自ら正すように背筋を伸ばす。

 クズノハは深く、深く頭を下げた。銀色の髪が地面に触れるほど長い沈黙の後、彼女はカレンの服の裾を、離さないという意思を込めてぎゅっと握りしめた。


「……はぁ。わかってくれればいいの。……行くわよ。次はギルドと問屋。絶対に私のそばを離れないで」


 カレンは立ち上がり、再び歩き出した。その歩みは先ほどの商会に入るまでよりも少し速かった。

 道中、カレンは「本当に心臓が止まるかと思ったんだから」と小言を続けたが、その隣を歩くクズノハの様子は、先ほどまでとは一変していた。


 街の喧騒、漂う屋台の匂い、奇妙な格好をした旅人たち。

 それらに対して、クズノハは先ほどまでの興味を示さなくなった。首を振ることすらなく、ただカレンの歩幅に合わせ、等間隔で足を動かし続ける。その動きはあまりに真剣で、まるで悪さをした子供が捨てられないように必死についていっているかのようだった。


 郵便ギルドの窓口に立ち寄った際も、彼女はカレンの足元で直立不動を維持した。


「……『クズノハちゃんは良い子でお手伝いしてくれてます』。ハルさんに嘘ついちゃったわ。私の胃に穴が開きそうなのは内緒ね」


 カレンが自嘲気味に呟きながら手紙を投函する間、クズノハは微動だにせず、ただ周囲を走査するように視線だけを鋭く動かしていた。その瞳には、子供特有の好奇心ではなく、何かを精密に測定するような冷ややかさが宿っている。


 次に訪れた市場では、カレンは穀物のサンプルを指先で弄り、品質を確認し始めた。

 その横でクズノハは、カレンが不審そうに眉を寄せた穀物の袋へ、さりげなく小さな手を差し伸べた。そして、一粒の麦を指先でつまみ、カレンに見せる。


「……これ? あら、本当。少し湿気てるわね。よく気づいたわね、クズノハちゃん」


 クズノハは何も言わず、ただ小さく頷くとカレンの顔を真剣に見つめ、再びカレンの背後に収納されるように立ち位置を戻した。


 二件目の問屋、そして三件目のギルド。

 クズノハは文字通りカレンの影と化した。商談の席では、提供された椅子に深く腰掛けることもなく、背筋を伸ばしたままカレンの斜め後ろに立ち続ける。商談相手の商人が「可愛らしい助っ人だ」と相好を崩しても、彼女は表情一つ変えず、一糸乱れぬ礼を返すのみだった。


 だが、その瞳だけは常に動いていた。

 カレンが価格交渉で言葉を濁した瞬間、あるいは相手が視線を逸らした瞬間。クズノハの視線は相手の喉元や手元を射抜くように走り、周囲の雑談から漏れる言葉を、逃さずその耳が拾い上げていた。


 全ての予定を終え、宿の部屋に辿り着いた時には、日は完全に沈んでいた。

 カレンは扉を閉めるなり、糸が切れた人形のように椅子へ崩れ落ちた。


「……死ぬかと思った。精神的に」


 カレンが乱暴に髪を掻き揚げ、大きく息を吐き出す。

 その直後だった。

 音もなく動いたクズノハが、テーブルの前に立っていた。彼女は小さな手でインベントリから一包みの包みを取り出すと、それを丁寧に開き、小皿に載せた。


 砂糖がけのドライフルーツ。

 クズノハはそれを両手で捧げ持ち、疲れ果てたカレンの眼前に差し出した。

 三歳児の短い腕を精一杯伸ばし、背伸びをして皿を差し出す。その拍子に、銀色の尻尾が不器用に床を叩き、バランスを取るためにふすふすと小さな鼻息が漏れる。


「……あ。それ、今日の分のおやつ……食べなかったの?」


 クズノハは無言のまま、さらに皿を突き出した。そろそろ限界が近づいてきたのか、腕はぷるぷると震えている。

 まるで、今日はごめんなさいとでも言いたげな、迷いのない仕草。昼間の失策に対する謝罪と、一日中仕事を完遂したカレンへの労いが、その小さな体から溢れ出しているように見えた。


「……はぁ。本当に、アンタって子は……」


 カレンは毒気を抜かれたように笑い、ドライフルーツを一粒、口に放り込んだ。

 噛み締めるたびに広がる甘みが、張り詰めていた彼女の神経をゆっくりと解かしていく。


「お利口にしてたわね、後半は。……ありがと。もう寝なさい、明日も早いんだから」


 カレンに頭を乱暴に撫で回され、クズノハは抵抗することなくその手を受け入れた。

 やがて、着替えを済ませたカレンがベッドに潜り込み、規則正しい寝息が部屋に満ち始める。


 古びた毛布に包まれたクズノハは、闇の中で静かに目を開いた。

 自分の掌を見つめ、その指先で虚空をなぞる。時折、耳をぴくりと動かしては視線をさまよわせ、再び毛布に手を入れた。そして何もない天井をじっと眺めながら、街の夜は更けていった……。

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― 新着の感想 ―
カレンさん、苦労人ですね。
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