24話 揺れる馬車と謝罪の手紙
「……いい、クズノハちゃん。よく聞きなさいよ」
ガタゴトと、昨日よりも一層激しく揺れる荷台の中で、カレンは人差し指を立ててクズノハに言い聞かせていた。
膝の上には、汚れや書き損じでボロボロになった帳面と、昨夜から格闘し続けている手紙の束がある。
「今回の滞在は三日が限界。それまでにアンタを神父様に押し付けて……いえ、預けて、私は山積みの買い出しを終わらせなきゃいけないの。一週間。これ以上店を閉めたら、村の婆さまたちが塩を求めて暴動を起こすわ」
クズノハは、厚手の毛布を首までしっかり巻かれた状態で、無表情のままカレンを見つめている。
カレンの過保護モードによって、クズノハはもはや銀色の毛布の塊にしか見えなかったが、その隙間から覗く瞳だけは、相変わらず冷静にカレンの焦りを見定めているようだった。
「アンタが、あんな『ふんすっ』なんて格好で密航なんてするから……っ。私の計画が全部めちゃくちゃよ」
カレンは毒づきながら、再び羽ペンを走らせた。
ハルお婆さんへの手紙だ。
『拝啓、ハルさん。クズノハちゃんは無事です。元気です。驚くほど落ち着いて、私の横でビスケットを食べています。信じてください、私は誘拐したわけではありません。あの子が勝手に、本当に勝手に、私の馬車に潜り込んでいたのです。街に着いたらすぐに神父様を探します。三日後の朝には村へ向けて出発し、その二日後には帰ります。……ハルさん、本当に、本当にごめんなさい。店に戻ったら、なんでも言うことを聞きますから……』
書き終えた手紙の端が、カレンの涙か、あるいは単なる湿気か、少しだけ滲んでいる。
クズノハが、毛布でもこもこにされながらもぞもぞとやってくる。そして、横から覗き込んで毛布の隙間から小さな手を出し、手紙の「ごめんなさい」という一文を指差した。
「……なによ。謝りすぎだって言いたいの? 誰のせいだと思ってるのよ」
クズノハは答えなかった。ただ、インベントリから果実水を取り出すと、それを無造作にカレンの手に握らせた。
「…………」
カレンは絶句した。
幼子に気を遣われた。それも、気を遣っている本人が原因で、非常に頭を悩ませている出来事で。
「……可愛くない。本当に、アンタって子は可愛くないわぁ……っ!」
カレンは叫びながら、その果実水を一気に煽った。甘酸っぱさが、疲弊した頭に染み渡る。
それを見ている少女の姿は、どことなく満足気に見えた。
馬車は、雪解けの泥濘を撥ね飛ばしながら、二日目の夜を越えようとしていた。
水平線の彼方、まだ暗い空の下に、街を囲む巨大な石壁の輪郭が、うっすらと浮かび上がり始めていた……。
三日目の早朝。街の防壁がはっきりと視界に捉えられる距離まで来た頃、カレンの苛立ちはピークに達していた。
理由は、隣に座る小さな影だ。
あんなに厳重に毛布でぐるぐる巻きにして荷台へ押し込めておいたはずなのに、いつの間にかクズノハは、カレンのすぐ横、御者台の特等席に陣取っていた。
「……アンタねぇ。そこは危ないって言ったでしょ」
注意しても、クズノハはどこ吹く風だ。
彼女はふさふさした尻尾を器用に御者台の縁に預け、短い足をぷらぷらと揺らしながら、流れていく景色を眺めていた。時折、珍しい鳥が飛び立てば首を傾げ、雪解けの小川が見えればじっと観察する。その姿は、あまりにものんびりとした観光旅行そのものだった。
「こっちはね、三日以内に全部終わらせなきゃ死ぬ気でやってるの! アンタを神父様に突き出して、山のような毛皮を捌いて、村に必要な塩と鉄を仕入れて……ハルさんへの手紙もギルドに預けて! 一分一秒が惜しいのよ!」
カレンの怒号に近い焦りを聞いても、クズノハは視線すら向けない。ただ、ぷらぷらと揺れる足のリズムが、わずかに、本当にわずかに楽しげに見えるだけだ。
カレンが「間に合わない」「死ぬ気でやるわよ」と隣で声を荒らげるたびに、クズノハは表情一つ変えず、ただ機械的にカレンの顔を数秒だけ見つめ、また景色へと視線を戻し、足をぷらぷらする。
「……あーもう! お菓子食べる!? 静かにしてなさいよ!」
カレンは、もはやどちらがおやつを出しているのか分からない状況のまま、手近な食べ物を押し付けるように渡した。
クズノハはそれを無造作に受け取ると、また景色へと視線を戻す。その背中は、「早く街に着かないかしら」とでも言いたげな余裕に満ちていた。
「ハルさん……この子、村にいた時よりずっと……ずっと、ふてぶてしいわ……っ!」
カレンは泣き言を漏らしながら、ようやく街の巨大な石造りの正門へと馬車を寄せた。
門をくぐれば、そこは喧騒と欲望が渦巻く商人の戦場だ。
御者台で足をぷらぷらさせている銀髪の少女と、目の下に隈を作りながら手綱を握る女商人。
あまりに不釣り合いな二人の街での生活が、今、幕を開けようとしていた。
「いい、クズノハちゃん。絶対に私から離れないこと。……迷子になったら、私、本当にアンタを売っちゃうからね!」
そんなカレンの必死な脅し文句も、きょろきょろと周囲を見渡すクズノハの耳には、街の喧騒と同じ程度の背景音としてしか届いていないようだった。




