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狐狂いのVRMMO  作者: かきのたね
二章 村での生活

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14話 泥と、芋と、白銀の幼子

 ハルお婆さんの家を包む朝の静寂。その食卓で、白銀の髪を持つ幼子は、木椀に入れられた温かな粥を、最後の一粒まで丁寧に掬い取っていた。

 空になった器を食卓に置いた直後、穏やかな口調で少女は問いかけられた。


「クズノハちゃん。今日は村の共同畑で芋を掘る日なんだよ。あんたも顔を出してみるかい?」


 クズノハは老婆を見つめ、数秒の空白を置いた。何かを思考しているかのように揺れ動いた直後。こくりと音を立てるように首肯した。


 ハルに手をつながれて到着した村の共同畑には、黄金の陽光が降り注ぐ斜面に広がっていた。肥沃な土の匂いが立ち込め、そこでは熟練の農夫たちが手際よくクワを振るい、大地の恩恵を暴き出している。しかし、クズノハは周囲の喧騒に目もくれず、ただじっと土壌を見つめていた。

 村人たちは、ひょっこりと現れた小さな少女を見て、一様に顔を綻ばせた。


「あら、あなたがクズノハちゃんね! 手伝ってくれるのかい?」

「無理はしちゃいけないよ。ほら、この小さなスコップを使いなさい」


 村の女性から手渡された小さなスコップを、彼女は無言で受け取る。その指先が金属の冷たさに触れた瞬間、彼女の背筋がわずかに伸びた。そして、両手でしっかりと握りしめ、足元の黒土をじっと見つめていた。


 彼女が膝をつき、最初の一振りを土に突き立てる。


 ザシュッ!


 確信を持って掘り起こされた場所。しかし、そこには湿った土が盛り上がっただけで、期待した影はない。クズノハは一瞬だけ動きを止め、不思議そうに首を傾げた。その銀色の瞳が、見えない数値を追うように僅かに細められる。


 彼女はすぐさま位置をずらして、再びスコップを差し込んだ。

 すると、土の中から茶褐色の皮がひょっこりと顔を出した。

 クズノハの背後で、白銀の尻尾がピコッと跳ねる。

 慎重に周りの土を払い、丸々と太った芋を掘り出すと、彼女は無表情ながらも、少しだけ口を開け、どこか誇らしげにそれを高く掲げた。


「あらあら、すごいわねクズノハちゃん! これで一つ目ね!」


 村人たちの歓声に、彼女は応える余裕もない様子で、次のターゲットへと向き直る。

 だが、地中の獲物は一筋縄ではいかない。次は三回、四回と掘っても、出てくるのは小石ばかり。クズノハは次第に、何かに急かされるように、耳をピコピコ動かしては小さな肩を揺らし、スコップを動かし始めた。


 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!


 泥が激しく跳ね、彼女の白い頬を汚していく。鼻の頭に黒い泥がついても、彼女は気に留める様子もなく、一心不乱に土を穿つ。

 出ない、出ない。そして、不意に――。

   ゴロン。

 土から転がり出た大きな芋。

 その瞬間、無表情で彼女は口を半開きにし、白銀の尻尾をブンブンとプロペラのように振り回しながら乱れた息を整えるように、ふんすっ! と大きく鼻息を吐いた。


 その、見つかるたびに全身で喜びを表現するような幼子の姿。

 それを見守る村人たちの瞳は、温かな光が灯っていた。


 村人たちの間には、守ってあげたいという共鳴が広がっており、その必死な格闘劇は、村人たちの庇護欲を沸点へと押し上げていた。

 そして、生け垣の陰では、神父がうろうろと歩きながらクッキーの袋を胸に抱き、もはや言葉にならない呻きを漏らし、通りがかった村人からは二度見をされていたのであった。


 やがて畑のあちこちで焚き火が上がり、白く甘い湯気が冬の空気に混じり始めた。

 クズノハの顔は、もはや元の白さが判別できないほど泥にまみれていた。鼻の頭から頬にかけて黒い筋が走り、自慢の白銀の尻尾も、土を纏い所々が黒くなっている。

 それでも彼女は、山積みにされた芋をじっと見つめ、何かを数え上げるように視線を動かしていた。


「さあ、クズノハちゃん。まずはこれを食べなさい」


 ハルが差し出したのは、灰の中から取り出されたばかりの、アツアツの焼き芋だった。

 クズノハは、泥だらけの手を一度自身の服で拭うと、慎重に芋を受け取った。二つに割られた断面からは、黄金色の湯気が立ち昇る。

 彼女はその熱い塊を口へと運んだ。

 ハフ、ハフッ、と小さな口を動かし、熱さと格闘しながら咀嚼する。その瞬間、彼女の背後で、重たげだった尻尾が一度だけ

 ばさっ 

と力強く跳ねた。


 無表情なまま耳を伏せ、しかし猛烈な勢いで芋を平らげていく。そのふすふすという鼻息は、食べるごとに力強さを増していった。周囲の村人たちは、その食べっぷりに目を細め、まるで見守る母親のような柔らかな微笑みを浮かべている。


「お腹、空いてたんだねえ。たくさんお食べ」

「家にも持たせてあげるからね。冬の間、これがあれば安心だよ」


 村人たちが持たせてくれた数個の芋を、クズノハは布に包み、大切そうにインベントリの中へと仕舞い込んだ。その様子は、冬を越すために木の実を隠す小動物のようでもあり、村人たちの庇護欲はもはや沸点を超えていた。

 そんな折、生け垣の影から一人の男が飛び出してきた。


「――クズノハ様ッ!」


 純白の布と、丁寧に包装されたクッキーの袋を抱えた神父であった。

 彼はクズノハの前に膝をつくと、震える手で、泥に汚れた彼女の頬を布で拭い始めた。


「ああ……こんなに泥にまみれて……。今日もあなたのような熱心なとものために、ささやかな学びの糧を用意しておきましたよ」


 クズノハは突然のことに耳を絞り身を硬くしたが、差し出されたクッキーを受け取ると、逃げることもせず神父に顔を預けた。

 神父は、その泥だらけの幼子の無垢な瞳に見つめられ、法悦に近い表情で、一筋の泥も見逃すまいと指先を動かし続けた。


 夕暮れ時。

 ハルの家に戻ったクズノハは、自室の隅で、所持金が表示されている半透明のウィンドウを眺めていた。

 さらに、インベントリから取り出したのは、包まれた芋と、神父からのクッキー。

 彼女は、泥が落ちて再び輝きを取り戻した尻尾を抱きしめるようにして丸まった。

 窓の外に広がる、まだ見ぬ険しい山々。そこへ独りで踏み出すには、この手の中にある蓄えは、あまりにも心許ない。

 クズノハは、ハルが用意してくれた温かな布団に潜り込んだ。

 明日、また文字を読み、また土を掘り、この場所にある何かを積み上げていくために。

 幼子の寝息が静かに部屋に満ちる頃、窓の外では、夜の村の静寂が深く降り積もっていった。

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