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週末ロック!  作者: 大日小月
PR動画編

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第五話 その二

 翌週、瑚乃海は定時帰宅する日々に戻っていた。動画のことを忘れつつあり、今日も今日とて測定や検査証の作成など品質管理としての業務をこなしてた。

 午後三時、仕事が中弛みしてくる頃に嫌な知らせが届いた。


「会長からの呼び出しですか」

「そうなの……。動画がはっちゃけすぎてたのかなぁ……」


 伝えに来た野田はげっそりとした表情だった。今にも消え入りそうな雰囲気がある。傍から見ても明らかによくないことが起こっているとわかり、同僚達が仕事をする振りをして瑚乃海たちの方を見ていることがわかる。


「わかりました、どこに行けばいいですか」

「瑚乃海さんは動じないんだね……。今から会長室に来いって」


 瑚乃海からすれば己に否はないと信じているので、呼び出されたことより仕事の都合をつける煩わしさの方が勝っていた。定時後に呼ばれるのは嫌ではあるが、業務を終わらせから向かえる分マシだった。

 上司に会長室に向かうことを報告し、二人は揃って歩き出す。片や閻魔大王に会いに行くかの如く怯える野田、片や鬼退治にしに行くかの様に勇ましい瑚乃海と両極端な構図だ。

 

「会長室行くの初めてだから緊張する……。社長室は行ったことあるけど」

「私はどちらも行ったことないですね。存在も知りませんでした」


 瑚乃海は肩をぐるぐると回してほぐしながら歩く。そして、拳を前に突き出す仕草を何回か行う。


「殴り込みにいくわけじゃないよね!?」


 その様子に野田が手をバタつかせて動揺する。


「念のためですよ。念のため」

「そんな事態は起きないよー!?」


 瑚乃海なりに緊張をほぐそうとした言動。野田は幾ばくかマシな顔になっていた。

 工場を出て、打ち合わせで使っていた会議室があるビルへと向かう。普段とは違い会長室のある最上階である七階へとエレベーターで移動する。


「なんとかと煙は高い所が好きなんですかね」


 エレベーターが上昇する僅かな浮遊感を覚えながら瑚乃海は呟く。


「瑚乃海さんって怖い物知らずなんだね……」


 そんなやりとりをしている間に目的の七階に着く。エレベーターのドアが開くと長い廊下が見え、それ沿って三つ扉が見える。他の階と違って扉の数が少なくやけに広い印象を受ける。役員会議などの重要な目的で使われるのであろう会議室、社長室、そして一番奥に会長室。黒い木製の扉にキラリと光る金色のドアノブは飾り気はないが重厚感を覚える見た目だ。


「は、入るね?」

「どうぞ」


 野田は恐る恐るノックをする。中から「どうぞ」と待ち構えていたかの様に間髪を入れずに返事が返ってくる。


「し、失礼します」

「失礼します」


 部屋に鎮座していたのは紫色の派手なレディーススーツを着た年配の女性だった。白髪染めした黒い短髪に年老いてなお吊り上がった目がキツい印象を与える。木目調のL字デスクの前で革張りの椅子に腰掛ける様は正にこのビルの主という感じだ。


「お待ちしておりました。どうぞお掛け下さい」


 会長は応接用のソファを手で示しながら言った。それに従い二人はふかふかのソファに腰掛ける。そのタイミングでどこからか現れた妙齢の女性秘書がお茶を並べる。

 暫くしてから会長がデスクからソファの方へ移動してくる。ローテーブルを挟んで二人と対面する形になった。


「野田さんと古井さんね、話は聞いています」

「は、はい」

「はい」

「我が社のPR動画をお作りなられたみたいね」


 淡々と言い放ちながら二人を射抜んかんばかりの目線を送る。それから、傍に控えていた秘書に目線をやりノートパソコンで動画を再生するように指示する。

 前触れもなく四人での動画鑑賞会が始まった。野田は何かに耐えるように口を真一文字に締め、会長はニコりともせず、秘書は貼り付けた微笑を浮かべて動画を見る。瑚乃海はそんな状況をおかしな状況だと俯瞰しながら楽しんでいた。


「これで終わりですね」


 秘書が動画の終わりを告げ、沈黙が訪れる部屋。静寂が一周してから会長は口を開く。


「随分と凝った動画ですね」

「は、はひぃ」


 野田は処刑が言い渡されるのを覚悟した。

 

「それに、曲もかなり歌謡曲然としていますね。どういったコンセプトでお作りになられたのでしょうか。確か指示書を出していたと思うのですが」


 怒気はこもっておらずゆっくりと丁寧な口調だが、それが却って相対するものに畏怖を与える。

 瑚乃海はちらりと野田の方を見やり、口をまごつかせているのを確認してから挙手をする。


「曲に関しましては、一つはピアノロックを意識しています。これはピアノの旋律を強調したロックで70年代にアメリカで確立されたジャンルなのですが、それを現代風にアレンジしてピアノからキーボードに変更して取り入れています」


 会長は声に出さず目線で続きを促す。


「ドラムに関しては四つ打ちと言われる拍子の頭にキックを入れるパターンを取り入れています。これも初めは70年代頃にダンスミュージックからロックに取り入れられたのが始まりとされています」


 瑚乃海は一息つく。


「これらは古臭いと言われることもありましたが、その良さが再評価されて今の時代に合うように形を少し変えながらも流行の曲に採用されています。古いもの活かしつつも新しいものを作る、伝統と革新の精神がこもっているとは思いませんか?」


 営業職顔負けの立板に水のような語りだった。野田はその語りに口をポカンと開ける。

 会長は少し目元が揺れるが、動揺するまでには至らず更に説明を求める。


「曲のコンセプトはわかりました。では、動画の方はどうなのでしょうか」


 なにかを話そうとする野田を瑚乃海は手で制する。


「御存知の通り、我が社の主力製品であるコンベアは色々なものを運びます。工場で製品を運ぶのは勿論、倉庫で荷物を運んだり農場では野菜や果物を運んだり、建設ではセメントや砂を運びます。こういったあらゆるものを運ぶイメージを大量の写真のカットや分割された画面で表現しています」


 野田が初めて聞いたように感心している。


「早口なナレーションは見ている人が飽きないように変化をつけたものです。この動画をみる人は、おそらく他の企業の動画も見ていて普通のナレーションや映像に飽き飽きしているでしょう。そんな人に少しでも笑ってもらえるようにどうすればいいかと知恵を絞った結果です」


・企業理念に沿ったものにすること

・製品をイメージできるものにすること

・見る人を笑顔にできるものにすること


 瑚乃海が指示書から抜粋した使えそうな指示。それを無理やり当てはめた即興の説明だった。言い切った瑚乃海は今更になってお茶に手を付ける。


「なるほど、お話はよくわかりました」


 そう言って会長もおもむろに湯呑を持ち、少し口をつける。お茶をすする音だけが室内に流れる。

 ゆっくりと湯呑を机に置いて切り出す。


「貴方たち……」


 瑚乃海と野田に目線を配る。自然体に構えた瑚乃海と姿勢を正す野田を認める。


「よくわかってるじゃないの! 私が求めていたのはまさにこういうことだったのよ!」


 手を大きく広げて会長は大きな声を上げる。


「え……」


 あまりの豹変ぶりに野田は言葉を失う。瑚乃海は声には出さないが元より大きな目を更に見開いている。驚いているのは野田だけではなく会長の隣に控えていた秘書も会長を見る目が瞬きを何度も繰り返している。珍しいことのようだった。

 会長は瑚乃海の方に狙いを定めて話を続ける。


「貴方は野田さん? 古井さん」

「古井です」

「そう、古井さんね。私の言いたいことをしっかりと理解できてるわ! 若いのに偉いわね」

「いえいえ、まだまだ若輩者ですよ」

「またまた謙遜しちゃって。ウチの孫にも見習ってもらいたいわ」


 会長としての威厳はどこへやら、気さくな態度で瑚乃海に話しかける。喋るたびに手を動かしている様子は井戸端会議に興じるおばさんのそれである。


「取締役が私の息子から孫になったでしょ? それから会社のやり方が古臭いとかいってなんでもかんでも改革と称して変えていってるのよ。ほら、あの子はコンサル出身だからそういうの得意なのよ」


 気さくな喋りに場の空気が弛緩し、野田と秘書が肩の力を抜く。


「人事評価制度とか生産管理システムとか色々変わったでしょ?」

「確かに、営業日報とか出張規定とかも変更されましたね」


 復活した野田が加わる。営業モードに切り替わったのか、キリッとした眉で前のめりな姿勢になっている。


「時代に合ってないものがあるのも確かだけど、なにか意味があるから今まで残っているものが大半なのよ。それが会社の伝統となっているのにそれを理解せずに改革を実行して弊害が出るのよ。その苦情が私に上がってくるから状況を見ながら口を出すようにしているの」

「そういうことだったんですね」


 無闇矢鱈に横槍をいれているわけではなく、その背景の事情を知り腑に落ちる瑚乃海。伝統の大切さを教えるために指示書の自伝じみた記述が生まれたのかと想像を巡らせる。

 思考しているうちに一つのことが引っかかる。


「それでは、今回の会社のPR動画が二回再提出になったのは、どこからか意見があったということでしょうか」

「二回? 私は人事部から新卒採用に使えるような動画にするための意見を聞かれたから、指示書にして答えたまでよ。そもそも動画一つくらいでわざわざ介入しないもの」


 会社への熱意がこもっていた口調とは違い、あっけらかんとした物言いだった。

 これには表情を取り繕っていた瑚乃海も困惑してしまう。


「会長がダメだと仰ってるって私たち二回も再提出しましたが……?」

「……誰かが私の名を騙って好き放題してるようね」

 

 会社の新たな悪い部分を知ってしまい、現実から目を背けるように半目になる。


「まあ、その件は一旦置いておいて、今回貴方がたを呼び出したのは社内表彰に新しい賞を立ち上げるためなのよ。若手社員が対象の”フレッシュ賞”を設けようと思っているから、二人にはその第一号としてモデルケースになってほしいの」

「は、はあ」


 苦労したところをサラッと流されてしまい、その後の話が耳に入ってこずに生返事になる。


「もちろん受けてくれるわよね?」

「はい、それは構わないですが」


 膝の上に添えた手をギュッと握りしめて瑚乃海は承諾する。


「社内表彰!? やったね瑚乃海さん!」


 野田は完全に調子を取り戻して爛々とした目をしている。


「今回はご苦労だったわね。社内表彰の方は期待しておいてちょうだい」

「はい、ありがとうございました」


 秘書に先導されて瑚乃海たちは退出する。会長は座ったまま二人を見送った。

 瑚乃海と野田は無言のまま静かな廊下を歩きエレベーターへ向かう。扉が開き中に入る。そこでようやく瑚乃海が口を開く。


「よし、人事課に殴り込みにいきましょうか」

「瑚乃海さん途中から返事が適当になったと思ったらそんなこと考えたの!?」


 笑顔で宣言する瑚乃海が掲げる握りこぶしを野田が諌める。


「暴力はダメだからね!?」

「一回くらいならバレませんよ」

「バレるしそういう問題じゃないから!」


 一階に到着するまで二人の攻防は続いた。

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