第二話 怒れるドラマー その一
「それで、今回はなにがダメだったんでしょうか」
椅子に深く腰掛けながら瑚乃海は問いかける。その顔には怒りも悲しみも見えない。
高まっていた音楽熱に冷水を浴びせられた形になった瑚乃海だが、落胆するでもなく激怒するでもなく凪いでいるかのような無表情だった。
対象的に野田は眉毛を吊り下げて困った表情を作る。
「正直、なにがダメなのかはわかってないの」
「理由は不明のまま却下だけされたということですか」
瑚乃海の疑問がより大きくなった。
「代わりに係長からこんなものを渡されたんだけど」
野田はおもむろにビジネスバッグからクリアファイルを取り出して机の上に置く。
「これはなんでしょうか」
「指示書ってところかな」
クリアファイルの中にはA4サイズの書類が三枚ある。瑚乃海はそれを手に取る。
そこに記されていたのは、会社の歴史。それを主観的に書いた、半ば自伝のようななにかだった。
「胡散臭い自己啓発セミナーの資料か新興宗教の勧誘文の類に見えますが、これは誰が書いたんでしょうか」
腫物を扱うように、一先ず内容に触れることを避ける。
「……会長みたいなの。これを元に動画を作りなおせってことみたい」
「それはまた……」
二の句を継げない瑚乃海。
時計の針の音がよく聞こえる。静かな会議室の中見つめ合う二人は表情が曇っていなければ恋の予感がする場面だ。
「まさか会長が不許可にしてたなんて」
野田がポツリとこぼす。予想していないことだったようだ。
「よくあることなんですか」
「私もわからないの。私メインで動く企画が今までなかったから」
野田はだらしなく机に上半身を預ける。よっぽどショックだったらしい。
瑚乃海はなにか言葉をかけるべきか迷ったが、なにも言えずに指示書の続きを読む。
室内には指示書をめくる音だけが流れる。部屋の外から遠く聞こえる誰かが雑談に興じている声がやけにうるさく感じる。”仕事が終わったのなら即刻帰ればいいのに”と関係がないことまで苛立たしくなる。
しばらく読み進めては戻るを繰り返す瑚乃海。自伝じみていた前半と違い、指示書の後半は動画作成の指示が抽象的な言葉で書かれている。やがて諦めたように切り出す。
「これを元に作りなおしてみましょうか」
””何故一回目に却下した時ではなく二回目で指示書がくるのか”、”指示が抽象的でわかりにくい”、”動画への指示なのか曲への指示なのかどちらかわからない”、そういった思いを抑えながら瑚乃海は提案した。
「古井さん、またやってくれるの?」
野田は体をパッと起こして瑚乃海を見る。目には生気が戻っている。
「まあ、やれるところまでは」
勢いに気圧されて控えめに肯定する。
「ありがとう! なんか先輩なのに落ち込んでて申し訳ないよ」
「いえ、困ったときはお互い様ですから」
話が前に進みそうでひと安心して野田の感謝を受け取る瑚乃海。
「問題はどういう動画にするかなんだけど……」
指示書を見ながら野田が考え込む。動画を作るにしても曲を作るにしても難しい指示が記載されている。
「なにかアイディアありますか」
「うーん、会社の歴史を書いてるってことは昔の製品もいれた方がいいのかな?って。確か開発課が保管してるって聞いたことがある」
「それはいい考えなんじゃないですか」
製品の写真を時系列に流す映像が浮かぶ。ありきたりではあるが、無難な案。
「でも、動画構成的には今までと大きく変わらないんだよね」
野田は自らの案に難色を示す。
しばらく二人は指示書に目を落とす。紙をめくる音がやけに煩く感じる。
「今回も先に曲を作ってみましょうか」
埒が明かないと判断した瑚乃海が静寂を切り裂いた。
「そうしてくれると動画のインスピレーションが 浮かぶからありがいけど、できそう?」
後輩である瑚乃海に頼ることになり野田は心配そうな顔をする。
「この件に関しては動画を作るより作曲の方が楽なので大丈夫です」
「ごめんね、助かるよ。またなにか奢るから」
「いえ、そこまでしてもらわなくてもいいですよ」
野田の奢りを華麗にかわしながら瑚乃海は仕事を請け負った。
二度の再提出の目に遭いながらもめげずにやりきろうとする後輩の姿を、野田は尊敬の眼差しで見ていた。




