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週末ロック!  作者: 大日小月
PR動画編

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第一話 その二

「曲作ってきたので確認お願いします」


  翌日、瑚乃海はできたての曲を野田に提出した。場所は同じく会議室。二日続けての残業だか、今日は心が軽やかだった。


「昨日の今日でもうできたの!? 仕事が早いね」


 提出用のUSBメモリを受け取りながら野田が目を丸くする。


「簡単な構成なので」

「それでもすごいよ。早速聴いてもいい?」


 野田はノートパソコンを広げて曲を取り込んで再生する。

 特段音質の良くないスピーカーからではあるが、優しいキーボードの旋律に控えめな伴奏と軽やかなドラムが加わり曲の良さが聴いてとれる。


「いいじゃんいいじゃん! 派手すぎず地味すぎない絶妙な感じ」


 親指を立てて野田が褒めるのを見てほっとする瑚乃海。


「ありがとうございます」


 簡素な返答。

 ずっとバンドのために作曲をしていた瑚乃海にとって依頼されて曲を作るのは初めての経験だった。作曲をして感謝されることにむず痒さを感じ、言葉が簡単なものしか出てこなかった。


「後は私の仕事だね。動画にナレーションと古井さんの曲を入れて上司に承認もらったら終わり!」

「この曲は上司に確認とらなくても大丈夫なんでしょうか」


 承認という言葉を聞いて瑚乃海が質問する。なにをするにしても承認がないと動くことができないのを社内で何度も見てきた経験が甦る。

 そんな心配を余所に、野田はおどけた調子で言う。


「大丈夫大丈夫! 動画くらいでとやかく言われることないから。自前だから予算もドローンくらいしかかかってないし」


 指で小銭の形を作り笑顔を浮かべている。


「そうなんですね」

「そうそう、後は任せて!」


 瑚乃海は一抹の不安を覚えながらも、半回り年上の先輩のことを信じることにした。


 ◇


 瑚乃海が勤めているのは、ベルトコンベアやローラーコンベアといった各種コンベア、それに付随する自動仕分け装置などの産業用輸送機器の製造販売をするメーカーだ。そこで瑚乃海は品質管理として測定や検査、それに伴う書類作成を行っている。

 製造業に興味があったわけでも品質管理の職種に興味があったわけでもない。家から近く地元ではそれなりの規模の会社で労働条件が良い、そんな理由で入社しただけだった。

 業務を黙々とこなし、定時になれば帰るだけの日々。午後五時が近づき心の中では帰り支度を始めている時だった。


「古井さーん、ちょっといいかな?」


 品質管理部にやってきたのは野田だった。

 現場に似つかわないスーツ姿を同僚たちが一斉に横目で見る。招かれざる客とともに瑚乃海は退出する。


「動画の件でしょうか」


 単刀直入に瑚乃海は切り出す。


「そうなんだけど……」


 僅かに視線を下ろし言い淀む野田。


「再提出って言われちゃって」

「なるほど」


 一週間前に自信満々だった姿は何処へやら、すっかり意気消沈している先輩を前に瑚乃海はひとまず適当に相槌を打った。


「なにか問題があったのでしょうか」

「それが、よくわからなくて」


 次いで素直に疑問をぶつけたが、要領の得ない回答を得る。


「上から下に口頭で伝わっていってるみたいで、私が聴いたのは動画も曲もやり直しってことだけなんだ」


 野田の表情には最初に会った時のような笑顔がなかった。

 非上場とは言えこの地域では規模も大きく優良メーカーとして名が通っているというのに、内情は報連相すらまともにできない有り様なのか。瑚乃海は内心で呆れ返した。

 その内心を出さないように確認をする。


「とりあえず、私はまた曲を作ればいいですか」

「……うん。そうだね。やってくれる?」


 表情を崩さない瑚乃海を見て少し驚きながら、野田は弱々しく聴く。


「はい、それくらいなら」

「……ありがとう! 私も頑張るよ!」


 野田は瑚乃海の手をとりながら感謝を次げる。

 公私を分けたい瑚乃海にとってはプライベートな領域に踏み込まれて微妙な気持ちになるが、同じ境遇の身として作り笑いをしつつ受け入れた。


「とは言っても動画をどういう風にするか決めてないんだよね」


 ため息こぼす野田。


「それなら先に曲を作って、それに合わせて動画を作ってみるとかはどうですか」


 前回と逆の手順を瑚乃海は提案する。


「それはありかも。うん、そうしようか」


 野田はそれを採用する。少し表情が明るさを取り戻している。

 

「じゃあ、また頼むね古井さん」


 野田を見送った頃には定時はすでに過ぎていた。

 急いで着替えた瑚乃海は、メロディーを探しながら帰宅の途についた。


 ◇


 そして夜、瑚乃海は一週間ぶりに作曲に取り掛かっていた。画面を見つめるその表情は、再提出になったにもかかわらず怒りや悲しみがなかった。


(今回はキーボードの代わりにギターにして、前の曲を軽く修正した版も出すか)


 瑚乃海は社会人としてはまだまだ若造ではあるが、上司が設備更新や人員の補充など様々な申請をして一度や二度、あるいはそれ以上の回数を却下されるのを見てきており、自身も新たな備品の導入を提案して却下された経験がある。

 今回の動画の件も一度は差し戻しになるだろうと予測していた。曲の依頼を野田から間接的に頼まれていたこともあり精神的ダメージはあまりなかった。


 (全然違う雰囲気にしとけばどっちかは採用されるだろ)


 選択肢を与えればどちらも却下にはしづらいという心理的な打算もしながら作業に入る。


 (やっぱり調子がいいな)


 頭に浮かんだメロディーがそのまま作曲ソフトに流れていくように打ち込まれていく。ソフトの操作の勘を取り戻したこともあり着々と曲ができあがっていく。

 ギターでメロディーと伴奏を担当し、そこにリズム隊であるドラムとベースが乗っかる。

 そして、一時間足らずで曲が完成する。


 (この流れでやってしまうか)


 曲ができたその勢いで瑚乃海は却下をくらった曲の修正にとりかかることにした。


 (偉いさんとかが聴くならゆっくりの方がいいか)


 ミドルテンポでバンドの曲からすれば、どちらかと言えばゆっくりめの曲だが、それでも慣れてない人からすればテンポが早いと感じられたのかもしれない。

 動画に使えるようにしつつ速さ感じないように拍子を分割し、残響音を長くする。曲の速さはほとんど変わっていないが錯覚でゆっくりに感じられるように変わった。


 (まだ余裕があるな)


 時計を見ればまだ寝る時間には早い。やるべきことは終わったが、まだ気持ちが音楽をしたがっている。


 (久々にやるか)


 クローゼットにしまった電子ドラム。手入れだけはしていたそれを引っ張り出す。

 家での練習ようにと貯金を全てはたいて買った思い入れのあるドラム。当時を振り返りながら瑚乃海は基本の8ビートを刻む。


 (意外と覚えてるもんだな)


 ゆったりとしたテンポだが、スネアを叩く左手、ハイハットを刻む右手、バスドラムのペダルを踏む右足。どれもちぐはぐになることなく動いた。

 その後、しばらく演奏そして音楽熱を冷ますことに瑚乃海は励んだ。

 

 ◇


 作りなおした曲を瑚乃海は翌日に再提出した。


「うんうん、いいね! どっちも今風でカッコいいじゃん」

「ありがとうございます」

「これなら何パターンか動画作れそうだよ」


 いつも通り野田は迅速な確認をし、曲のできに満足して笑顔を浮かべる。


「古井さんの曲を無駄にしないように私も頑張るよ!」


 額でピースサインをする野田。半周り年上の大人が繰り出すギャルっぽさに面食らいながらも、仕事はしっかりこなすだろうと期待して瑚乃海は送り出した。



 それから二週間が経過した。最初の頃は行く末を気にしていた瑚乃海も今では依頼の件自体を忘れつつある。

 先に曲を作ったこともあり、野田がどういう動画を作ったのかさえ見ていない。なにも連絡がないということは上手くことが進んでいるのだろうと勝手に解釈をしていた。

 午後二時、眠気が襲いかかり仕事が中弛みする時間、あくびを噛み殺しながら業務をこなす瑚乃海。築五十年を越える工場内に品質管理部の部屋があり、年数相応にボロボロで薄暗い環境にいるとどうしても眠気が襲ってくるのだった。

 眠気戦っている最中、瑚乃海のもとに野田がやってきた。


「古井さん、会議室まできてくれない?」


 憔悴した顔で告げた野田に、なにか良くないことが起こっているのだろうと瑚乃海の同僚たちは見てみぬ振りを決め込む。


「取り敢えず出ましょうか」


 上長に断りをいれて瑚乃海は野田とともに退出する。そのまま工場を出て歩くこと数分、敷地内唯一のビルへと着く。

 営業や事務職といったホワイトカラーが勤める七階建てのビルだ。

 その二階に共用の会議室がある。

 この一ヶ月で何回も訪れてすっかり慣れた会議室。現場と違いリニューアルで綺麗になった部屋を瑚乃海は恨めく思う。


「なにがあったんですか」


 瑚乃海の眼差しが野田を捉える。眠気はすでに霧散していた。


「……また再提出だって」

「また、ですか」


 意気消沈した野田の冴えない顔と二度目の再提出という非常な三文字がそこにはあった。

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