第十三話 工場ガールズ その一
どこかの工場から聞こえてくる機械音と自室のエアコンの音が重なり合う八月の夜、瑚乃海が次に控えたMV撮影について構想を考えていた時だった。
『MV撮影なんだけど、衣装揃えてやってみない?』
『衣装ねえ。なんか候補あるか?』
蛍子からのチャットに質問で返す。
『それはまだ決まってないから今週みんなで買いに行きたい!』
『決めながら買うってことか。いいんじゃないか』
特に深く考えず瑚乃海は了承する。
蛍子は”感謝”のスタンプを押してから続けて案を出す。
『せっかくだしバンドの衣装決めない? 見た目に統一性がないと思うんだ!』
『まあ私服だからな』
高校生の時は制服を着て活動していたため衣装への意識が薄かった。
『でしょー? 衣装を揃えてインパクトを出したいな』
『バンドに興味もってもらうにはヴィジュアルも重要か』
集客のために目を引く衣装にするのも選択肢の一つだと瑚乃海は思い至る。
『じゃあ練習は早めに切り上げて衣装決めでもするか』
◇
週末、在来線や私鉄に地下鉄やバスが連絡している大型の駅の前に四人は集まっていた。
「というわけで今日は衣装決めをやるよー!」
残暑厳しい九月の日差しに負けじと、蛍子は溌溂としている。
薄いピンクのカーディガンにショート丈のデニムパンツ、その先は黒いブーツを履いている。
「パンク系だったら黒い革ジャン、ジャズ系ならスーツとか衣装でバンドのイメージを演出してるだろ? それを私らでもやるってことだ」
瑚乃海が説明を付け加える。
「個性を出しつつ統一性がある衣装を選ぶということね」
白いブラウスにベージュのロングスカートを着こなした寧璃が端的にまとめる。
「そういうこと! 曲も大事だけど見た目も大事だから」
「い、今のままでいいんじゃないのかな⋯⋯」
千晶はあまり乗り気ではなくやんわりと拒否する。
「よくないよ! 特にコノミンとアッキーはもっと色んな服着ないとだよ! コノミンはTシャツと黒いボトムスばっかりで、アッキーはパーカーばっかりだし」
蛍子が二人に視線を走らせる。
「そうか? 動きやすくて考える必要がないから楽なんだけど」
プリントの入った白地のTシャツに黒い長ズボンの瑚乃海が、ポケットに手を突っ込みながら言う。
「パーカーは防御力があるから好き⋯⋯」
グレーのパーカーに黒のジーパンの千晶がフードを被りアピールする。
袖の長短や厚着の有無はあれど二人は一年中ほとんどその恰好だった。
「寧璃も大体同じ感じの服着てないか?」
瑚乃海は寧璃に矛先を逸らす。
「ネリは毎回違うコーデだよ?」
拍子抜けしたような蛍子。
「瑚乃海、私が来ている服全部同じものだと認識していたの?」
瑚乃海の予想外の発言に寧璃は疑惑の目を向ける。
「違うのか? まあいいや、取り敢えず買いに行こうぜ」
「逃げたね」
「ええ、逃げたわね」
敗色を悟った瑚乃海は、逃げるように歩き始めた。
駅から歩くこと数分、多くのアパレルショップが集まるショッピングモールに到着する。
「私たちってロックバンドだよね? それならこういうカジュアルな方がいいかな」
「ジャンル分けするならロックバンドとかポップロックになるんじゃないか」
まずはファストファッションの店舗を覗きながら衣装の方向性を決める。
「ポップスだと曲に幅があるから衣装に制約があまりないわね」
「ジャケットで揃えてみるとかどう?」
蛍子が目についたレザーのジャケットを手に取る。
「それだとハードロックぽくないか?」
「言われてみたらそうかも」
バンドのジャンルは曲だけではなく衣装も含まれる場合がある。蛍子が手にしたのはすでにイメージが定着したジャケットだった。
「あ、新色出てる」
千晶がパーカー売り場で立ち止まる。
「アッキー、自分の買い物じゃないよー!」
「いっそのこと千晶とお揃いにしたらどうだ? 全員ジーパンでパーカーだけ色違いにして」
瑚乃海は色とりどりのパーカーを眺め、統一性と個性の両立ができる案だと提言する。
「それは僕のアイデンティティが無くなるから……」
千晶は私服の装いを衣装にされることを好ましく思わなかった。
「一度店を変えましょうか」
寧璃の言葉に従い一行は売り場を退出して別のテンポへと向かう。着いた先はセレクトショップだった。
「このスカート可愛い!」
「蛍子も自分の服見てるじゃん」
早速自分の好みに飛びついた蛍子に瑚乃海がツッコミを入れる。
「い、色んな服があって目がチカチカする……」
「個性は出せるけれど統一性という点ではダメね」
定番品よりも流行品が多く並ぶ店内、四人分の衣装を共通のテーマで揃えるのは難易度が高かった。
「よし、次いこー!」
衣装に合うものが見つからず、最初よりも早くに見切りをつけて次の店へ移動をする。
「ここなら統一性はあるんじゃない?」
「機能性は高いけれど衣装にするには野暮ったいかしら」
アウトドアウェア専門店は華やかさの点で断念する。
足早に退店してまた別の店に向かう。
「スーツはどうかしら。世界中で通用するファッションよ」
「作業着で仕事してるからスーツなんて着たら落ち着かないわ」
瑚乃海の個人的な理由でスーツは却下される。
その後も蛍子と寧璃が先導を切りモール内を進んでいく。目についたものを手当たり次第に検分する二人と違い、瑚乃海と千晶は徐々に疲労が蓄積していく。
「私らは休んでおくから、二人で見といてくれよ」
通路脇のベンチに腰かけた瑚乃海がペットボトルのコーヒーを飲みながら人任せな発言をする。
「だめだよっ! 四人で着るんだから二人がいないと意味ないじゃん」
「そうよ。それに選ぶまでの過程も重要よ」
蛍子と寧璃はずいと瑚乃海に迫る。
「蛍子はともかく、なんで寧璃まで乗り気なんだよ⋯⋯」
「お腹空いた……」
小休憩を挟み、瑚乃海と千晶は観念して再度衣装探しの旅に出る。
しかし、瑚乃海迫るほどだった勢いも徐々に落ちていく。
「なんかいい感じのがないね」
「カジュアルで統一すると違和感が出るしフォーマルだと没個性になってしまうわね」
「服よりアクセの方がいいかな?」
アイデアに行き詰まったのか、瑚乃海たちからすれば価格が高めの装飾品売り場へと足を向ける。
「二人と違って私らは工場勤務の女だぞ? そんなお洒落なの似合わないって」
売り場の周りに結界が張ってはるかのように瑚乃海と千晶は一歩も足を踏み入れようとしない。
そんな二人を見て寧璃は呆れた顔をする。
「勤務先は関係ないじゃない。それに、業務中にお洒落できないからこそプライベートで着飾ろうとは思わないの?」
「全く思わん」
「じ、十字架のネックレスなら持ってるから……」
瑚乃海はお洒落を楽しむ気持ちをどこかに置き忘れていた。
千晶のセンスはお洒落とはまた別の方向に向いていた。
「うーん、工場かぁ……」
その時、蛍子が閃く。
「ねえ、場所変えない? いいこと思いついたんだけど」
「いいこと?」




