第十二話 その二
本日四本目の投稿です。
連日猛暑日が続く八月下旬、瑚乃海たちは六月にできていた新曲のレコーディングにようやくとりかかっていた。
「次はギターソロお願いしまーす」
「はーい!」
音響エンジニアの呼びかえに蛍子が応じる。レコーディングの順番はいつもと変わらず、ギターソロとボーカルを別録りにしてそれ以外をまとめて一発録りにしていた。
すでにレコーディングを終えた瑚乃海が手元のスマートフォンを睨む。
「また難しい顔をしてるわね。今度はなにを悩んでいるの?」
寧璃がレコーディングに向けて軽く体をほぐしながら瑚乃海の横に座る。
「いや、この前投稿したリメイク動画が思ったより再生数伸びないなって」
野田に協力してもらいながら作成したMV、煌々カルテットの最初の曲をリメイクした動画はその出来栄えに反して再生数は落ち着いていた。
「今まで同様の再生数だから期間があいていた割には充分じゃないかしら。いまだにファンでいてくれている人もいるみたいですし」
「それはそうだな。応援してくれるのは素直にありがたい」
瑚乃海は一度話を区切り、スマートフォンをしまう。
「これだと動画の収益化には程遠いんだ。毎月投稿しないといけないペースだ」
「発案者の私が言うのも憚られるけれど、そこまで性急にしなくてもいいのよ? 今じゃないいつか、収益化できるくらいに認めてもらえたらそれでいいの」
やや思いつめた様子の瑚乃海に寧璃は諭すように言葉をかける。
「まあそうなんだけど、やれることは今のうちにやっておきたい」
瑚乃海の真剣な眼差しに寧璃はストレッチをする動きを止めてその真意を探る。
「なにか当てがあるのかしら」
「……カバー動画、一回だけでいいから投稿してみないか? チャンネル登録者数を増やすために。母数が増えないと再生数も伸びないだろ?」
瑚乃海が提示したのは、寧璃が避けたいと言った方法だった。
「……バンド活動に支障がでないのならいいんじゃないかしら。でも今から練習しても投稿は先になると思うけれど」
寧璃は迷うこと数瞬、判断を下す。瑚乃海自身もあまりとりたくない方法を提案していると理解した上でだした判断だ。
「それなら問題ない、ちょうど弾ける人がいるから。な、蛍子?」
「んー? なんの話ー?」
瑚乃海はレコーディングが終わり戻ってくる蛍子に話を振る。
「最近また新しいアニソン練習してるんだよな?」
「そうだよ。新しいのが始まると”これ弾いて”って親戚の子に頼まれるんだ」
言ったその勢いで、蛍子は練担いだままのギター練習中のアニソンを弾いてみせる。
アンプに繋いでいない生の音だが、弦を激しくかき鳴らす曲なのが一目でわかる。
「こんな感じ! 耳コピだけどね」
上手くできた自負があるのか、蛍子はギターで決めポーズをとる。
「なるほど、これならそのまま使えるってわけね」
「そういうことだ」
瑚乃海と蛍子がしきりに頷く。
「蛍子、その曲のカバー動画をやってみないか」
「カバー? やらないんじゃなかったっけ?」
瑚乃海の発言に蛍子は寧璃をチラチラと視線を送って気にする。
「一回だけやってみようという話になったの。ちょうど蛍子が弾けるからって」
「そういうことね。いいよ! いつ投稿するの?」
疑問が解けた蛍子はすぐに指で丸を作り了承する。
「その曲は今度始まるアニメのだろ? ならできるだけ早い方がいいな。一番だけでもいいから」
「そうだけど、コノミンはアニメ見ないのによく知ってるね……。じゃあ来週くらいに動画撮ろうかな?」
瑚乃海の意外な情報力に少しびっくりしながら蛍子は予定を立てる。演奏のできと動画の構成を考慮した上ですぐにできると判断していた。
「くれぐれも無理のない範囲でね」
寧璃はそう言い残してボーカルのレコーディングへと向かった。
「ねえコノミン、なんで急にカバー動画投稿しようって気になったの?」
寧璃がレコーディングブースに入るのを見計らって蛍子が疑問を口にする。
「単純な理由はカバー動画で集客を狙うことだ。新曲を投稿する前にやっておきたい」
瑚乃海はガラスの向こう、寧璃が歌う姿を見ながら続ける。
「寧璃は大学生だろ? 今はバンドをする時間があるけど就活や卒論の時期になると厳しくなると思う。就職が決まったら決まったで忙しくなるだろうし。だから余裕のあるうちに目標を叶えてやりたいんだ」
その横顔は、レコーディングブースよりもずっと遠くを見ているような錯覚を覚える儚さがあった。
「そっかあ、そこまで考えてたんだね」
蛍子はしみじみと瑚乃海の思いを感じ入り、感心した声を出す。
「じゃあ頑張らないとだね!」
「ああ」
瑚乃海はたったの二文字に熱意を込めた。
◇
『動画がすごいことになってる!』
バンドのグループチャットに蛍子が送ったメッセージは単純なものだった。
自宅で寛いでいた瑚乃海も状況に気づいておりすぐに指先で返事をする。
『想像以上だな。桁違いだ』
瑚乃海がパソコンのモニターに目を向ける。そこに映るのは蛍子が投稿したギターのカバー動画で、チャンネル内で一番の再生数を叩き出していた。
『一万回越えるの久々じゃない!?』
『三年前に一回あったきりだな』
煌々カルテットにとって一万回再生は一つの壁だった。千回再生されれば上位層になる世界、一万回再生をアマチュアのバンドが稼ぐのは困難なことである。
『高評価もたくさんついてるね』
ほどなくして千晶が合流する。
『でもバンドの曲より練習時間少ないし動画もシンプルだから複雑ー!』
困り顔のスタンプを添えて、再生数が伸びたことを素直に喜んではいないことを蛍子は表現する。
蛍子が投稿したカバー動画は演奏風景を映しているだけで、撮影から編集までこだわったMVに比べると手の込んでない動画だった。
『それに登録者数も伸びてない!』
『いい起爆剤になると思ったんだけどな』
登録者数を増やして、そこからバンドの動画を見てもらうという瑚乃海の目論見は外れてしまっていた。
『曲に興味があるだけで、誰が弾いているのかは関心の対象ではないのかしら』
追いついた寧璃が私見を述べる。
『僕の好きなバンドにもカバー曲頻繁に上げてるバンドあるけど、オリジナル曲はあんまり再生されてないよ』
『なんかネットって難しいー!』
カバー動画はカバー動画で容易ではないことを四人は身をもって知ることとなった。
『ゲーム実況をやってるバンドがあるけど、集客のためなのかな』
『裏側の事情を知ると悲しくなるな』
バンド好きな千晶がもたらした情報は、なんとか売れようともがいて音楽以外の動画を投稿するバンドの話。瑚乃海は似た状況に置かれてその事情を理解した。
『メイク動画とか質問に答える動画とかもあるよね!』
『そう言われると私も見たことあるわ。あれもそうだったのかもな』
記憶を辿れば、チャンネル内で動画を探している時に無意識に避けていた動画の存在があったことを瑚乃海は思い出す。バンドの曲には興味があってもメンバーの人物像や素顔は関心の対象外と興味を示していなかった。
『どれも難しそうだわ。いつか行き詰った時に検討ということで』
化粧もインタビューも苦手な瑚乃海は自分がやるイメージが湧かず、問題を先送りにすることにした。
『私たちは今まで通り地道にやるのが一番ね』
寧璃が短く総括する。とどのつまり、どの動画を投稿するにしても再生数を稼ぐためには困難が付き物なのには変わりがない。
『次は新曲のMV撮影だから気を取り直してやろう』
瑚乃海が次の告知をしてカバー動画の件は幕が閉じられた。




