第十一話 レコーディング その一
前章のあらすじ
バンドの再結成が決まったが、その条件としてバンドを続ける理由を四人がそれぞれ掲げることに。
その一環として動画の収益化を目指すことになったのであった。
瑚乃海の予定に沿ってまずは過去曲のリメイクをレコーディングすることになった煌々カルテットの四人。平日は個人練習、休日は集まって音合わせという忙しい日々を送っていた。
練習が始まった頃はスッキリしない空模様が続く六月だったが、それから梅雨明け間近の七月中旬になり、ついにレコーディングの日を向かえるのであった。
駅から徒歩十分ほどの場所にある音楽スタジオ、高校生の時にも利用していた慣れ親しんだスタジオに四人はいた。
「き、緊張するね」
「初めてじゃないんだから気楽にやろうぜ」
瑚乃海たちがいるのは録音するためのレコーディングブースと呼ばれる部屋だ。光沢のあるフローリングに吸音効果のある白い壁。壁の一面だけは上半分がガラス張りになっており、隣の部屋が見えるようになっている。
ガラスの向こうの部屋は録音機材やモニターが設置されたコントロールルームがあり、そこから録音している様子が見られる構造だ。
「お願いします!」
瑚乃海準備ができたことをガラス越しに手を振って合図をした。
「はーい、おねがいしまーす」
応えたのは音の設計や調整をする音響エンジニアだ。
瑚乃海のスティックカウント四つからレコーディングが始まる。
バンドによってレコーディングのやり方は様々で、大まかに分けると楽器ごとに別々に録音する”多重録り”と、ライブと同様にまとめて録音する”一発録り”がある。
”多重録り”は時間がかかる代わりに録り直しができて後から音の調整がしやすい。一方”一発録り”は修正が難しい代わりにライブ感やグルーブ感のある音が録音できる。
煌々カルテットはギターソロとコーラス、ボーカルだけを別録りするハイブリッド方式を採用していた。
「終わった終わったー」
慣れた曲ということもあり二回で全体のレコーディングが終わる。瑚乃海が肩を回しながらブースを出る。スタジオを借りてのレコーディングは時間も費用も限られるため独特の緊張感があり、その疲労をほぐしていた。
「私たちはまだ残ってるんだからリラックスしすぎないようにね」
「へいへいわかってますよ。動画の確認でもしとくわ」
寧璃の小言を瑚乃海は適当に受け流す。
「次は私だね!」
続いて蛍子のソロギターのレコーディングが行われる。人間が弾くためミスは避けられないが、ソロギターは特に目立つため録り直しや修正がしやすいように個別にレコーディングすることになっていた。
「タラッタラウィーンのところをもうちょっと強調できますか?」
「こんな感じですか?」
エンジニアが口ギターでニュアンスを伝え、それを蛍子は感覚的に実践する。作曲者である瑚乃海が設計したイメージを具体化する作業だ。
瑚乃海はその作業を確認しつつ、スマートフォンでレコーディング風景を撮影した動画を見ていた。
「なにを難しい顔をしているのかしら」
寧璃が瑚乃海の隣に腰かける。
「ああ、今回の動画をどうしようかと思ってな」
瑚乃海は投稿してきた動画を思い返す。静止画に歌詞を載せた簡素な”リリックビデオ”から始まったバンドの歴史は、徐々に身近で撮った映像が加わるようになり後半になるとレコーディングやライブの風景と混ぜ合わせたMVと呼べるものに近づいていた。
「動画の再生数を伸ばすなら、もっとこだわった方がいいのかなって」
繰り返り撮影した動画を見ながら瑚乃海がこぼす。
「今まで通りでも充分なできじゃない。これ以上動画に力を入れるのはバンドに影響がでるんじゃないのかしら」
寧璃は首周りをほぐしながら意見を述べる。
「そうだよな。外注するわけにもいかないし」
「そうね。外注すればいい動画はできるでしょうけれど、その動画だけ目立ってしまうもの。次の動画で困ってしまうわ」
自分たちで動画を作ってきていたので、一本だけ外注動画にすると浮いてしまうことを懸念する二人。趣味でやっているため外注に任せきりにする選択肢はなかった。
「私が言うのも変だけれど、動画の収益化に囚われすぎないようにね」
そう言い残して寧璃はレコーディングに向かった。
「コノミン考え事?」
寧璃と交代して蛍子が隣に座る。
「ああ、動画はどうしようかってな」
「今まで通りだとダメってこと?」
蛍子が不思議そうに訊く。
「収益化目指すなら変えていかないといけないだろうな」
「ネリの目標だったね」
瑚乃海はスマートフォンをしまい、ガラス越しのレコーディングブースで歌う寧璃を顎に手をやりながら見つめる。
透明さと儚さを持ち合わせた歌声は聴く者の情に訴えかけるものがある。
この歌声を持ち腐れにしないためにも動画の再生数は伸ばしたいところだった。
「一つ、考えはある」
瑚乃海は出し惜しむように言った。
「あんまりやりたくないこと?」
蛍子はその機微を捉えて優しい声色で尋ねる。
「そういうわけでもないんだけど、なんとなくな」
「ふーん?」
なにかを決めかけている瑚乃海に蛍子は深く追求せず曖昧に返事をした。
それからしばらく、寧璃のレコーディングを眺めるだけの時間が続く。
時間はすでにお昼時だが、歌う直前は食事をしない主義の寧璃はレコーティング中は水を飲むだけに留めていた。寧璃以外の三人には課されていないことだが、仲間として同じように食事をせずにレコーディングを見守るようにしている。
レコーディングが終わったのはおやつ時、楽器のセッティングから始まった一日は曲の最終調整までおよそ六時間かかっていた。
「レコーディングのこの長丁場、懐かしいな」
考え込んでいた顔から復活した瑚乃海が体全体を伸ばす。
「お、お腹空いた……」
レコーディングをほとんど黙って見ていた千晶がお腹を押さえながら空腹を訴える。
「ファミレス寄ってこうか!」
「そうね。この時間だと営業していない喫茶店もあるものね」
蛍子の提案に近辺の喫茶店事情を把握している寧璃が同意する。
「いつものとこでいいか。暑いから早く涼みたい」
再結成後初のレコーディングを終えた四人は、揃って遅めの昼食をとることになった。
七月中旬の太陽が、猛暑の訪れを感じさせる強い日差しを降り注いでいた。




