第八話 新曲
「……瑚乃海ちゃんが決めたことなら、仕方ないよね」
解散を告げた時、千晶は思いの外すぐに事実を受け入れた。
前髪に隠れた目ふと露になる。その目はしっかりとこちらを見据えていた。
「こ、瑚乃海ちゃんが誘ってくれたから、バンドで色んなことができたんだよ……」
訥々と語るその声色は、いつもより力強く感じた。
「バンドに誘ってくれて、ありがとう」
口下手で人見知りをするため弱弱しい印象を受けるが、自分の芯を持っている強い人だということに改めて気づいた。
◇
千晶に再開した日の夜、瑚乃海は自室にてパソコンの画面を見てうんうんと唸っていた。画面に映し出されているのは千晶から送られてきた歌詞だ。
バンドでの役割は、作詞はベースの千晶が作曲はドラムの瑚乃海が担当という一風変わった割り振りだった。先に作詞をしてそれを元に作曲をする、いわゆる詞先と言われる手法を取っている。
瑚乃海にとって慣れた手法だが、今回は少しばかり悩んでいた。
(共感できる歌詞があると思ったら、年末に会った時に愚痴った内容じゃん)
タイトルには「(仮)メンションしないで」とある。歌詞の内容は、仕事で使っているチャットアプリで自分に関係のないことがメンションされたり話した方が早い内容も全てチャット済ませようとしてその度にメンションされて通知が溜まる、という瑚乃海が吐いた愚痴が取り入れられていた。不平不満を歌詞に起こすことが得意な千晶らしい歌詞だ。文字数も後でメロディーがつけられるのが意識されている。
(今回はどんな感じにしようか)
千晶の思いがこもった歌詞を一字一字丁寧に見る。
伝えたいテーマによってどんな曲調にするかを決める。歌詞が明るければ明るい音色、暗ければ暗い音色、その両方の要素があるなら起伏のついた音色にする。
(この歌詞は学生の頃じゃ書けなかっただろうな)
今までのバンドの曲と大幅に路線変更をするつもりはないが、バンドを解散してから社会人になって成長したということを示せるようなものしにしたい。そのためにはどう曲をつければいいかを吟味する。
(仕事のことが書かれてる分大人っぽい雰囲気にするか?)
しばらく悩んだ後に瑚乃海はメロディーを付け始める。
歌詞を先に作る詞先は歌詞のテーマや言葉の力を最大限に表現できる。歌詞を生かすも殺すもメロディーにかかっている。安易にはつけられない。
頭に浮かんだものをそのまま作曲ソフトに打ち込んでみる、あるいは呟いてみたり鼻歌をしたりとあらゆるパターンでメロディーを探る。そうして納得のフレーズができたらそこから他のパートへと展開する。それを繰り返して全ての歌詞にメロディーがつく頃には時計の針はてっぺんを指していた。
(今日はメロディーまでだな)
メロディー決めとコード進行を決めることが作曲でしなければならない最低限の要素だが、メロディーを先に作って後でコード進行を決めるというのはその逆に比べて難易度が高い。詞先の場合、できた歌詞にメロディーをつけるためコード進行決めが最後になってしまう。瑚乃海はそれを翌日以降に持ち越した。PR動画の曲作りとは違い”歌”を作ることの難しさが表れていた。
(曲調はマイナー)
翌日、コード進行決めに取り掛かる。
千晶の書いた歌詞が後ろ向きな不平を綴ったものだったため、切なさや悲しさを感じさせるマイナー調に決まる。そこからメロディーに合うコードをつけて、その響きを試しながら進行を決める。
(閉塞感の強調から一気に解放される感じで)
コードの進行や構成される音の音域で曲に奥行きや広がりをもたせることができる。瑚乃海は今回閉塞感をもたせるために、コード進行を繰り返したり音を密集させたりしていた。
(……大体イメージ通りだ)
休日の大半を作曲にあててコードも決まり、合計二日かけて作曲の工程が終わった。
通常であればメロディーをつけてコード進行を決めたら作曲と呼ばれる作業は終わりで、後のメロディー以外の伴奏をつけるのは編曲という作業になる。編曲者は”アレンジャー”とも呼ばれ有名バンドともなるとお抱えのアレンジャーがいたりするが、ただのアマチュアガールズバンドである瑚乃海は編曲も全て自分でやる必要があった。
作曲は早ければ数時間で終わることもあるが編曲はそうはいかない。それぞれの楽器がどういう風に演奏するのかを全て決めるからだ。
最後の工程である編集作業は翌日から始まった。
(最初はドラムからだな)
楽器を割り振る順番は人それぞれだが、瑚乃海は自身の担当楽器ということもありドラムを最初に打ち込むタイプだった。
ドラムによって曲全体のテンポと流れを決めるという思惑があるからだ。静かなところでは控えめに音を出し、盛り上がるところでは思い切り叩く。先に決めたメロディーにドラムパターンを入力していく後に入る楽器も考慮しながらリズムを刻む。
(ドラムときたら次はベース)
コードの中の低音を担当する弦楽器としての役割もありつつ、ビートを刻んでリズムの役目も果たす二刀流なベースはドラムと他の楽器を繋ぐ土台だ。ベースの音が乗るとドラムとの相乗効果も相まって安定感が出る。
(最後はキーボードとギター)
作曲の段階で決めたコード進行に基づきキーボードとギターで伴奏とサブメロディーを入れる。瑚乃海のバンドではボーカルがキーボードを兼任しているので、メロディー部分や間奏など曲の中でキーボードとギターが役割を交代する。実際に歌いながら演奏をすることを考慮してメロディー部分ではギターソロを、間奏ではキーボードソロをサブメロディーにするのがお決まりのパターンだ。
(問題はここからだ)
全ての楽器の打ち込みが終わり、立派に曲と呼べるものが出来上がったが細かな修正が残っている。音の強弱や音量の調整は当然のこと、音を詰め込みすぎていないかやエフェクタは曲の雰囲気に合ってるかなど全体像ができたことで見えてくる粗がある。それをどこまで潰してどこで妥協するかを時間の許す限り行う。
(一回耳を休ませないとな)
編曲中は何度も同じフレーズ、音を聴いているため耳が慣れすぎて客観的な判断が難しくなってくる。
ヘッドフォンを外して目を閉じる。余計な音はなにも耳に入れずに休ませる。聞こえてくるのはパソコンの駆動音と階下の僅かな生活音。すぐに背景に溶け込む小さな音に体を預ける。
(……やるか)
十分ほどその状態を保って耳をリセットさせた瑚乃海は、深呼吸をして再びパソコンに向き合う。
一度ゼロにした状態で曲を聴きなおすとテンポや音量バランスが気になる。奥行きや質感が引っかかる。不自然なところがないかを確認しつつ、自分たちが実際に演奏ができる難易度の曲に落とし込む。一歩進んで一歩下がっているような気分になる。
(……こんな感じだな)
そうして編曲が終わったのは一週間後のことだった。
◇
『新曲できたから聴いてみて』
一仕事が終わった余韻に浸ることなく、蛍子と千晶の二人に簡素な文とともにチャットで曲を送信した。
バンドメンバーのグループチャットを使わずに、ボーカルを除いた三人で臨時のグループを作ることになり少し後ろめたさがあった。
『いいじゃん! ギターリフは流行りの感じが入ってる?』
ほどなくして蛍子からメッセージがくる。猫が親指を立てているスタンプが次いで挿入される。彼女が否定するところは想像できないが、それでも嬉しいものだと瑚乃海は感じる。
『いいね! 鬱屈とした空気とキャッチーさが融合していて歌詞に合ってると思う。ちょっと今まで違う感じだね』
遅れて千晶から返信がくる。チャット上では常の口下手が鳴りを潜めて饒舌になっている。
曲を作るのは大変な作業だが、こうして反応が返ってくる瞬間にやりがいを感じられる。作り手の拘り全てをわかってもらうことは難しいが、些細な変化でも気づいてくれたら上々だ。
瑚乃海の表情が自然と緩む。
『全体的に流行りを少し取り入れてみた。ギターソロは短めで印象が残るようにしてベースは強調してる』
バンドを解散してから今日に至るまでに吸収した音楽が発散されて今回の新曲となっていた。
『コノミンが流行りを取り入れるのって珍しいよね?』
『流行が嫌いなのかと思ってた』
『嫌いってわけじゃないけど迎合はしてなかったな。昔と考えが変わったのかもしれん』
音楽だけではなく、流行を取り入れるという発想も吸収していた。
『弾いてみたくなるねー! 弾けるか不安だけど』
蛍子がギターのスタンプを添える。オリジナル曲ができたら演奏したい気持ちに駆られるのはバンドマンの性だ。
バンドの最後の一人を再結成に誘うにあたって先に曲を作ったのは、その性を利用しようという考えも瑚乃海にはあった。
『僕も弾けるか不安。瑚乃海ちゃんは大丈夫なの?』
『演奏自体は難しくしてないつもりだから大丈夫だ。練習で勘を取り戻したらって前提だけど』
演奏を簡単にしすぎると練習のモチベーションが上がらないため、少し高めのハードルが設定されていた。
『再結成の話はいつする予定?』
『来週くらいにしようと思う。いきなり三人に言われたら断りにくいだろうから先に私一人で聞いてみるわ』
すでに再結成できると信じている蛍子と千晶の二人だが、瑚乃海は断られる可能性を危惧しており一人で交渉に臨むつもりだった。
『コノミン一人で大丈夫なの?』
『瑚乃海ちゃん言い方が雑な時あるから……』
二人にはその意図が伝わっておらず、不安げな言葉が返ってくる。
『大丈夫だって。私をなんだと思ってるんだよ』
普段の言動から上手く交渉できるか心配される瑚乃海だが、頭の中では断られた場合に備えて”期間限定”か”一夜限り”での再結成も提案する腹積もりがあった。瑚乃海は瑚乃海で蛍子と千晶が悲しまないように心配している。バンドのリーダーとして一歩引いた位置から状況を見ていたのだった。
『こっちまでドキドキする』
『千晶はちゃんとベースの練習をやっとけよー』
ギターの間隔を空けすぎてギターを弾けなくなっていた自身の経験から瑚乃海は注意喚起をする。
梅雨がもうそこまで迫ってきた六月の夜だった。




