第六話 社内表彰
翌週の月曜日、オフィスビル内の大広間にて臨時の全体朝礼が行われていた。五分でも時間が惜しいとイライラした顔、トラブルでも起きたのかと勘繰る難しい顔、休みボケした眠そうな顔、朝礼には興味がないとおしゃべりにいそしむ横顔、約三百人の全従業員が集まり様々な顔を提供している。
「お早うございます。本日は臨時で集まっていただきありがとうございます。えー、先日お伝えしていた通り、社内表彰に若手社員対象の”フレッシュ賞”が新設されました。本日は早速その第一号の授与を執います」
壇上の進行役が挨拶を手短に済ませてすぐに本題に入る。
「それでは、名前を呼ばれた方は前に来てください。営業部の野田さん」
「はい!」
グレーのスーツを着た野田がはっきりと返事をする。社内での顔が広いのか何人かが野田に手を振ったり目線をくれたりする。野田はそれに対応しながら大広間の前に移動する。
「続いて、品質管理部の古井さん」
「はい」
瑚乃海は進行役に届く程度の声を出した。特別親しい人が社内にいない瑚乃海が呼ばれたことで、無関心漂う大広間に若干の困惑が混じった。作業着姿の瑚乃海はその反応を無視しながらスタスタと歩く。
「では、表彰に移りたいと思います。会長、よろしくお願いします」
進行役が壇上から下り、代わりに会長がマイクの前に立つ。薄ピンク色の装飾が派手なスーツを着ている。
「この度、社内表彰に新たに”フレッシュ賞”が加わりました。創設理由としては、若手に挑戦意欲をもってもらい、その活動で会社の……」
瑚乃海が事前に聞いていた通りの創設理由が会長の口から説明される。真剣に耳を傾けるものは少なく、興味なさげな雰囲気。前に移動した瑚乃海の視点からだとその有様がはっきりわかる。いつもなら自身もその一員になっていたため攻めるような目線は向けられない。
「それでは、フレッシュ賞の授与を執り行います」
先に野田の名前が呼ばれて表彰状と粗品が手渡される。それから従業員の方を向き受賞コメントを述べて礼をする。会場にほどほどの拍手が起きる。先日は会長を前にみっともない姿を晒していた野田だが、一連の流れを難なくこなした。
「古井さんどうぞこちらへ」
会長が深みのある声で瑚乃海を壇上へ誘う。野田と同じく先ごろのおばさん染みた雰囲気は一切感じられない。
「古井瑚乃海殿、あなたは此度の広報動画の作成において作曲を担当し、多大なる貢献をしました。その活躍は目覚ましく、若手の見本となる働きぶりでした。よってその功績を称え”フレッシュ賞”を授与いたします。誠におめでとうございます」
ただ自分が好きなことをした、それがたまたま評価されただけだった。
「古井さん、コメントをよろしくお願いします」
「この度は、栄誉ある賞を頂戴し、誠に光栄に存じます。この賞に恥じぬよう、より一層邁進して参りますので今後ともよろしくお願いします」
自分自身はなにも変わっていないのに華々しい表彰状を受け取る。それがなんとも不思議な感覚で瑚乃海の心はふわふわと浮いているような気分だった。
ただ、手にした表彰状は確かな重みを感じた。
◇
その日の昼食、受賞直後は多少声を掛けられた瑚乃海も昼時にはいつもの調子に戻り一人で黙々と腹を満たしていた。
「ここ座るね」
野田が定位置であるかのように対面に腰かける。
「改めて、やったね!」
「ええ、やりましたね」
社内表彰後、喜びを分かち合う時間がなかった二人は、ようやく落ち着いて話をすることができた。
「動画も公開できてようやく終わったって感じだね」
「ほんとですね。長かったですから」
春の陽気とともに舞い込んだ作曲の依頼は、完遂する頃には梅雨の匂いがするようになっていた。
「でも、よかったんですかね。まだ動画を公開したばっかりなのに表彰なんて」
会長が発案した”フレッシュ賞”は瑚乃海が耳にしてから一週間も経っていない新鮮な賞。瑚乃海はそこが気がかりだった。
「モデルケースってことだしいいんじゃない? 取り敢えず誰かしら受賞したら目指す人が増えるのを狙ってるとか」
野田は早食いと味わうのを両立した器用な食べ方をしつつ推測をする。
「そういうことですかね」
初めは成り行きでやった作曲、二度の再提出で怒り心頭になることもあったが終わってみれば賞をもらうまでになった。ここにきて、瑚乃海は未練のような寂しさを感じる。
「でも、動画アカウントはまだ本格的に活動できないんだよね」
「また揉めてるとか?」
散々会社の都合に振り回された身のため、悪い予想が先にくる。
「そうなの。どうせなら広報課を作るとか、採用向けの動画もあるなら総務が一括管理した方がいいんじゃないかとか、上の方で色々やってるみたい」
「その辺は全然変わらないですね」
悪い予測は的中した。自分の手から離れていてよかったと瑚乃海は心底思う。
「でも、管轄で揉めるほど私たちの動画のできがよかったってことだから!」
「野田さんは前向きですね」
動画の作り直しで落ち込んでいた時期もあった野田はすっかり元の調子に戻って爛々目を輝かせる。食事のペースも好調なようで後に食べ始めたにも関わらず、すでに瑚乃海を追い越している。
「そうかな?」
不意に話題が途切れてにわかに訪れる沈黙。テレビでは昼のニュースが淡々と流れている。
若干の気まずさを覚えながら野田が遠慮がちに声をだす。
「瑚乃海さんて、またバンドとか音楽活動やったりしないの?」
瑚乃海はその質問に口を開きかけたが、すぐ答えを返せず考え込む。
「瑚乃海さんが曲のこと話す時はいつもより楽しそうな顔してたから、ほんとに音楽好きなんだなって感じてさ」
瑚乃海が質問の意図を理解しきれていないと捉えたのか、野田が優しい口調で補足する。
「音楽は確かに好きですね」
なんと言うべきか言葉を探しながら無難な答えで間を繋ぐ。
「あ、別に無理強いしてるわけじゃないからね! 解散理由もそれぞれだろうし」
踏み込んだことを聞いてしまったと野田は慌てて顔の前で手を横に振る。
瑚乃海は安心させるように小さく笑みを浮かべる。
「不仲で解散した訳ではないので大丈夫ですよ。今でもたまにメンバー四人で集まるので」
「そうなんだ。仲がいいんだね」
バンドの元メンバーとの近況を聞いて、喧嘩別れのような悪い状況ではなくてよかったと野田はほっと胸をなでおろす。
「正直、バンドの再結成を考えなかったわけではないんですよ。作曲をしてるとどうしてもバンド時代のことを思い出してしまうので」
ようやく考えがまとまった瑚乃海が胸の内を語る。雰囲気の変わった瑚乃海を見て野田が一瞬息を吞む。
「今回の曲、ギターは元バンドメンバーの弾いてもらってるんですよ。演奏を見てると一緒に演奏したいってなりました」
「ギターは演奏してくれてたんだ。上手いんだね!」
「腕が全然落ちてなくて私も驚きました」
楽し気に瑚乃海は話す。
幼馴染の蛍子にギターを頼んで録音した日、口にはしなかったが確実にバンドへの気持ちが溢れていた。
「バンドメンバー集めたのもバンドの解散を決めたのも私なんですよ。だから自分から言い出すのはなんか違うかなって」
瑚乃海は視線を遠くにやる。昼休みも半ばを過ぎて退席する人が増え始めた。
「解散した理由って聞いてもいいのかな? 話だけ聞いてると続いててもよさそうな感じだけど」
「そんなに複雑なものじゃないですよ。単に私がやりきったと思ったのと、進路選択の時期が重なっただけなんです」
二年前の夏の日、解散を告げたのは高校生の就職活動が始まる時期だった。
「そっか、やっぱり学生だと卒業を機に変わっちゃうよね」
「野田さんの方は映像の仕事をしようとか思ったんですか?」
自分の言いたいことは言ったと瑚乃海は逆に質問する。
「昔は映像関係の仕事がしたいって思ってたんだよ。でも競争率が高いし不安定な仕事だから挑戦しないで諦めちゃったんだよね」
野田は物思いに耽るようなしんみりとした表情を見せる。そんな一面もあるのだと瑚乃海は内心驚く。
「今回のPR動画の話を聞いた時に、またなにもしないで後悔するのは嫌だから担当者に立候補したの。結果はやってよかったよ」
微笑みを称える野田、常の元気溢れる笑顔とは種類が違う微笑み。
「いい作品ができて表彰されたし、なにより瑚乃海さんと仲良くなれたもんね」
「私もですか?」
真っ直ぐな言葉に瑚乃海は面映ゆい気持ちになる。
「あ、なにか撮影したいとか編集したいってなったら私に頼んでよ! 協力するからね。いつでも頼めるように連絡先交換しようか」
「ああ、はい」
いつの間にか連絡先を交換する話になり、そのスムーズさに押し切られるように瑚乃海は承諾した。
「瑚乃海さんってやっぱり話してみると面白いよね」
「我ながらつまらない女だと思いますが」
目を細めて瑚乃海は卑下する。
「なんか最初は近寄りがたいというか、あんまり仲良くなれなさそうだったからさ」
「ちょっとムキになってた節はありますね。愛着のない会社のために愛敬を振りまきたくない、みたいな」
公私を分けることで仕事のストレスに耐える、瑚乃海なりの防御手段だった。
「ちょっとわかるかも。私も気の合わない人とはあんまり喋らないようにしてるし」
「野田さんが? 意外ですね」
誰とでも仲良く話す、野田に対するイメージが瑚乃海の中で僅かに変化した。
「私たち案外似たところあるのかな。ね、今度飲みにいかない?」
野田が上目遣いで誘う。
「……検討しときます」
瑚乃海がひねり出した返答は保留だった。
「え、ここは行く流れじゃないの!?」
予想外の返答に野田がずっこける。
「いや、まだそこまでは。それにまだ十九歳なので」
瑚乃海は両手を胸の前に出して拒絶の構えをとる。
「瑚乃海さんガード固すぎだよ!」
「すみません、こればっかりは」
和やかだった雰囲気が一転、茶番のような締まりがないものになる。
「また今度誘うからね!」
野田はそれだけ言い残し、足早に席を立った。
少し気楽に話せる社内での友人、無縁だと思っていた社内表彰、思い出した音楽への熱意。作曲の依頼がもたらしたものは、ひたすら無心で仕事をこなす日々に色をつけていた。
これにて第一章は終わりです。
次回は土曜日更新予定です。




