肥育令嬢、愛を思い知る。
頭を空っぽにしてお読みください。
『貴族として生まれた者は、家系に纏わる異能を一つだけ有する。』
これはこのバスキュア国で貴族の生を受けたものの常識である。
かく言う自分も、その理に則り、特有の能力を有している。父と弟、妹も同じ異能を扱うことができる。
この異能は嫁入り先、婿入り先の能力に婚姻時に切り替わるため、母も今は生家のものではなく、自分たち家族と同じ異能を持っている。
本来、子供は名乗る家名の異能を生まれ持つのだが、極稀に例外も存在する。
…その例外が彼女に当てはまっていたのだと、後になってから理解することとなるのだけど。
◇◇◇
この国の第一王子である俺、レオナルド・フォンテーヌ・バスキュアと同じ学年に所属する女生徒の中に、世にも恐ろしい御令嬢がいる。
その名はユシャ・ハイマー、侯爵家の一人娘だ。
豊かな白銀の巻き毛と薄く青い瞳をした美貌の令嬢であり、線の細い身体つきから、一見儚げな印象を皆に与える。
しかし、その儚げな印象とは裏腹に、彼女は入学以来付き合ってる相手をコロコロ変え、男をとっかえひっかえしていることで有名である。
彼女は貴族であれば相手の身分にこだわりはなく、下位から高位貴族に至るまであらゆる階級の男性と交際を重ねている。
身分にはこだわらないくせに、彼女が付き合う人種は全員がイケメンと言われる部類に属する者たちだったため、女子からのやっかみは毎回凄まじいことになっていた。
一応、一般的な常識はきちんと持ち合わせているようで、婚約者がいるような男子生徒は相手にしないのがせめてもの救いかもしれない。
そうは言っても、しょっちゅう付き合う相手を変えると聞くと、印象は悪い。交際期間は最長でも一ヶ月持つかどうかといった具合である。
しかも毎回関係を終わらせるのは彼女について行けなくなった男性の方だと言われている。
ちなみにハイマー嬢が恐ろしいのはその男を弄ぶような悪女ぶりからではない。
そうではなく、彼女と付き合った男性は漏れなく、彼女好みのスタイルに変貌を遂げることが、何よりも恐ろしかった。
「あ、見て、シュナウザ様よ。」
「彼女と別れたと伺ったのだけど、早く元の王子様のようなシュナウザ様が見れるようになるといいわね。」
女子生徒たちが話に出してる人物に視線を向ける。
そこには、三週間前にハイマー嬢と別れたと言われているシュナウザ侯爵令息が廊下を歩いていた。彼はハイマー嬢より一つ上の学年の生徒である。
前に自分が見たときは細身の長身で甘い顔立ちをした如何にも女子が好きそうな姿をしていたシュナウザ侯爵令息であったが、今の彼はその時とは様子が異なっていた。
…分厚い。
彼の身体はえらく横幅が広がっており、横からだと厚みがよくわかる。ジャケットはパツパツしており、前のボタンは止まっていない。ズボンもパツパツで少し窮屈そうに見える。
…制服をサイズアップしないのは、なんでなんだろう?
そう、ユシャ・ハイマー侯爵令嬢と付き合った男性は、全員漏れなくぽっちゃり体系へと化してしまっていた。
今のところ、例外はない。身体を鍛え抜いた騎士団長の息子ですら、彼女と付き合っているときは全身に脂肪を身に纏っており、皆を震感させた。
これまで自分が知る限り、彼女は過去に9人という絶妙な数の生徒と交際していた。その全員が、彼女と付き合い出だすや、一週間も経たずして外見に変化が現れていた。
例えば一人、具体例をあげようと思う。
最初に彼女を射止めたのはカウザルギー男爵家の嫡男。名前は忘れた。彼は端正なルックスと裏表のない気の良い性格で女子生徒からの人気が高かった生徒だ。
その人気のせいもあって、カウザルギーが一見性格が正反対に見える大人しそうなハイマー嬢と付き合うことになったときは、違うクラスまで彼らの噂が回ってきたくらいだ。
そうして周りに交際を始めたことが知れ渡っていた二人だったが、カウザルギー一人がハイマー嬢と付き合い始めてからというもの、日に日に肥えだした。
一週間も経たずしてカウザルギーの顔が丸みを帯び、一ヶ月もする頃には立ち姿が交際前の二倍となって周りが健康を心配するようになったタイミングで二人は破局した。
今のカウザルギーはかなり身体を絞ったようだが、まだ交際前の体型までは完全に戻っておらず、ぽっちゃりキャラとしてクラスでの地位を築いている。モテキャラというより、お調子者として。
こんな感じで、他のハイマー嬢と付き合い始めた男子生徒は交際終了後も、皆一様に残念なルックスになっているのである。
女子生徒から見たら、彼女は悪魔に見えるであろう。
学校のイケメン達を次々と色んな意味で陥落してしまっているのだから。
彼女がイジメを受けてるとか、そういった類のことは聞かないが、仲の良い友人というのはおらず、彼氏がいる時以外は常に孤立していた。男女共に、彼女を警戒していると言ってもよい。しかし、不思議なくらい男が途切れないのである。
一部では、彼女の異能は魅了で、そして付き合った男性に対し肥育趣味があるのではないかと噂されていた。
シュナウザ侯爵令息と別れてから、今はフリーのハイマー嬢。次は誰が彼女に狂わされてしまうのだろうか。
この時の俺は、他人事のように考えていた。
◇
「は?調査しろ?」
「うん、だっておまえ生徒会長なんでしょ?しかもユシャ・ハイマー侯爵令嬢と同じ学年だとか。何が起こってるのか、本人に接触して確かめてきなさい。彼女と付き合った者たちが次々と健康を害してるなんて、不自然じゃないか。」
久しぶりに父に呼び出しをくらったと思ったら…学生に無茶振りをするなよ。
みんなただ肥えてしまっただけなので、健康被害というのはやや言い過ぎなのではないだろうか。
「しかし父上。あれ、ご令嬢がめちゃくちゃモテてるだけで、男性諸君が自己管理を怠っただけってことも有り得るかと。」
「そんなわけないでしょ。いくら外見が良くったてねぇ…学園内の全校生徒の内、異学年含め見目の良い子ばかり陥落させてるんでしょ?」
「そうですね。ただ、見目が良くても婚約者がいる男子生徒は対象外のようです。」
「それも厄介だよね。自由恋愛と言われたらそれまでだし。ご令嬢がやらかしてくれたら、こちらも対処の仕様があるんだけど。しかも肥えた本人たちは頑なに理由を語ろうとしないし。」
「ちなみに、ハイマー侯爵に話はしてないのでしょうか?」
「もちろん、忠告をしたとも。娘さんの行動について、多数のご子息の親御さんから陳情が来てるって。けれど、父親のハイマー侯爵に聞いても知らぬ存ぜぬで話にならないし、それにあそこの家系の能力って確か精神安定でしょ?ご令嬢が異能を使ってどうにかしたわけでも無さそうだし、かといって不自然過ぎるし。」
ああ、やはり過去に餌食となった男子生徒の親たちから陳情が来ていたのか。急激な外見の変貌に親のほうがついていけなかったんだろう。
「…不自然なことだって、起きることもあるんではないですか?」
「私はね、恐らく他の誰かの異能を使って、何らかの操作をしてると睨んでるよ。目的は何か分からないけどね。」
「他者ですか…確かに、平民の異能まではこちらで把握できてないですもんね。」
数は少ないが、平民の中にも異能が出現する者がいる。先祖どこかで貴族の血が混ざり込んだのであろう。そういった能力保持者は、一応教会に届け出を提出しなければならないのだが、無自覚の保有者や、届けを怠っている者がほとんどだという。
「うんうん。それと、おまえは私の息子なだけあって、それなりの外見をしてるのに、まだ彼女のターゲットにされてないんでしょ?妻から、レオナルドってそんなにモテないの?って心配されてるんだよ〜だから、ここは彼女の罠に引っかかって、我が子がモテることを証明しておくれ。」
「調査の目的が変わってるじゃないですか…。」
色々と酷い。
無茶ぶりは母上の息子の非モテを心配した親心からだとは。というか、それなりの外見をしてる俺が肥えてしまってもいいのか。
「もし俺がぶくんぶくんに肥え太ってしまったらどうするんですか。」
「私はおまえが勤勉であれば外見にはこだわらないが、妻はおまえを廃嫡させる!と息巻くんじゃないか。」
「ひどい」
いつのまにか、この無茶ぶり調査に俺の将来がかかっしまった。
◇
父から相談を受けた翌日。
生徒会室の執務机の自分の前に、噂のユシャ・ハイマー嬢がこちらを見て立っていた。
「この度、掲示委員の委員長となりましたので、ご挨拶に参りました。私は2年のユシャ・ハイマーと申します。今後よろしくお願いします、会長。」
「…よろしく、ハイマー嬢。」
どうやって彼女に近付こうと考えていた矢先に、まさかこうして接触することになるとは。
しかも、地味すぎて人気のない――クジでハズレを引いた者が押し付けられるような――掲示委員で、しかも委員長だなんて、彼女のイメージにはまるでそぐわない。
銀の柔らかな髪をハーフアップにまとめ、手をお腹の前で組んで静かに佇むその姿は、むしろ園芸委員で花を愛でていそうだった。
「はずれクジでも引いたのか?」
「え?いえ、私が進んで立候補しました。」
「そう、か…」
真面目か。
「掲示委員って色んな方と触れ合うことができるので、私にはぴったりだと思ったのです。その、私は普段あまり周りと交流がないので…」
「まあ、確かに人との関わりは多い委員だな。」
彼女の言う通り、掲示委員は他の生徒や先生方と触れ合う機会が多い。
校内の掲示物はまず掲示委員を通す必要があり、彼らが掲示可能なものか内容を確認する。その後掲示場所や張り出し期限など細かい内容を設定する。さらに、校外への掲示の許可も掲示委員が担っており、交渉力も求められる。
地味な癖にやることが多く、誰もやりたがらない。
そんな絶対的に人気のない委員の仕事を、他者への触れ合いを求めて引き受けるとは…真面目なのか、それとも次の獲物に飢えているからなのだろうか。
「・・・挨拶に来てもらったついでに、ひとつ相談、というより、あなたに申し入れがある。」
ものはついでだ。いずれ彼女に接触しなければならなかったのだが、こちらから行く手間が省けた。
「はい、何でございましょう?」
「実は、あなたへの苦情が昨年より生徒会に殺到している。そろそろあなたに忠告をしに行こうとしていたところだったんだ。このまま少し時間を貰ってもいいだろうか?」
「かまいません。なんとなくですが…苦情の内容は大方想像がつきます。どうぞ、お聞かせください。ああ、無理して言葉を選ばずとも結構です。そのままの内容をお伝え頂ければ。」
すんなりとこちらの提案を受け入れてくれて良かった。本人にも周りからやっかまれている自覚はあるようだ。
「では…まず大きく分けて二つ。一つは大半が女生徒からの苦情で、『XX様をハイマー嬢の餌食にしないでください。』というものだ。XX様というのは、まだ君がお付き合いをしたことが無い男子生徒且つ、女子人気の高い生徒の名前が該当する。人の気持ちはどうにもならないものだと思うが、こういった意見があると知っておいて欲しい。」
餌食、というのは言い過ぎな気もするが、そのままの言葉を伝えて欲しいというので、書いてあるとおりに読み上げた。
正直、苦情を出した女子側の気持ちはわからんでもない。ハイマー嬢と付き合ったが最後、気になっていた相手がぽっちゃりしてしまうのだから。
「そしてもう一つ。『生徒会の皆さんの力で、ハイマー嬢と付き合って別れたXX様の体型を元に戻す方法を探してください。』だ。これに至っては自分で探せといいたいところなんだが、これまた多数の生徒から苦情というか陳情が来ている。」
ここまで立て続けにこちらが話してしまったので、一度間を挟んでハイマー嬢の様子を伺う。
すると、彼女はうーん、と悩ましい顔をしてから口を開いた。
「まず、一つ目に関してですが、みんな向こうから告白してきたもので、私から狙って恋人になっていた訳ではありません。なのでこの約束はできかねます。」
「承知した。あなたの言うことは理解できる。ただ…これは個人的な提案なんだが、これからは相手からアプローチされても、あなたにはそこまでの気持ちは無い場合は軽々と付き合うことは控えてみてはどうだろうか。」
「…生徒会長は男女の恋愛にまで口を出すおつもりですか?」
「俺だって、口を出したくなんかないさ。でも聞いたところ、あなたが付き合って来た男子生徒のほとんど全てがお友達からでもいいなら、というスタートだったらしいじゃないか。それなら、あなたの気持ちが育つまで待つほうが、余計なやっかみを受けずに済むのでは?」
「でも、お相手はその時その瞬間に私に気持ちをぶつけて来てくれているのに、待ってて欲しいと断るのも不誠実だと思いませんか。」
「…」
なんだろう、非常にやりづらい相手だ。
ああ言えば、こう言う。
彼女はみんな男性側からアプローチして来たと言っていたが、この気の強い女のどこが良かったんだ?
やはり顔か?それとも、儚げな容姿に反して、たおやかな性格をしているというギャップ?
確かに、彼女の見た目は学園内でも群を抜いて美しいように思う。けれども、容姿が整ってるからといって、何故ここまで彼女がモテているのか不思議でならないのだが。
「それから、二つ目。私は何もしておりません。勝手にお相手の方が自己管理を怠ってしまっただけです。」
父と話したときの俺と全く同じ意見で反論してくる。
俺も最初はそう思ってたが…
「そんなはずないだろう。こちらが把握している限り、かなりの数の男子生徒と交際していたと思うのだが、彼ら全て、例外なく肥え太っていった。」
「ですから、私は何もしておりません。偶然が重なっただけです。」
毅然とした態度で繰り返すハイマー嬢だが、その瞳が僅かに斜めに振れた。
…嘘をついている。
これは自分の異能を使って一気に畳み掛けるか。
「…では、仕方がない。ここからは生徒会長としてではなく、王族レオナルド・フォンテーヌ・バスキュアとして、質問をさせてもらおう。」
先程まで毅然とした態度だったハイマー嬢だが、俺の宣言で目に見えて動揺し始めた。
「そんな…学園内は身分は無いものとして過ごすのが校則ですよね?」
「これは第一王子としての俺の仕事だ。あなたと付き合って別れてからも、彼らは一向に体型が元に戻る気配がないと、彼らの親たちから、陛下宛てに直接陳情がきている。異能で操作されてる可能性を考慮し、俺が直々に調査にあたることとなった。」
内心、見て見ぬ振りして事なかれで終わらせたい。だって付き合った相手が勝手に太っただけだし。
しかし、何故かこの問題解決に俺の進退がかかっているのでそうも言ってられない。
「国王陛下から…。承知しました、応じましょう。けれども、私は誓って疚しいことはしておりません。」
◇
結論から言おう、ハイマー嬢は黒…に近いグレーだった。
王家に纏わる異能の『絶対服従』を行使し、彼女の行為を自供させたものの、異能を使って無理矢理どうこうしたということは彼女の口から出てくることはなかった。
ただ…
「私、見目麗しい殿方が私好みにお肉を付けていくところを見ると、とてつもなく興奮するんです。」
彼女が極度のデブ専という、知りたくもない情報を知る羽目になってしまった。
「それは、なんというか、とても変わった趣味だな…」
「変わってることは自覚しております!でも、仕方ないじゃありませんか、好きなものは好きなのです。段々と丸くなっていくお顔にむちむちした手、揺れるお腹にぷりぷりしたお尻。雄っパイがあれば尚更良し、私はその様子を観察するだけで、少なくとも三年、ご飯を食べなくとも生きていけると思います。」
「いや、死ぬから。普通に餓死するから。」
何言ってるんだ、このご令嬢。
『絶対服従』の異能にかかった者は、感情をむき出しにしやすくなるのだが、ここまで赤裸々にさらけ出されても、対応するこっちが困ってしまう。
「で?今まで付き合ってた男性たちに、異能を使って無理矢理自分好みに肥えさせたのか?」
自分の問いにハイマー嬢はふるふると首を震わせる。
「いいえ、もう陛下から聞き及んでいると思いますが、私のハイマー家の能力って、『精神安定』なんです。なので、これでどうにかできるはずがありません。」
「確かに…」
精神安定の異能を使ったところで、それが彼らの身体に影響するとは思えない。
「ただ、少し気になることはいくつかありました。」
「気になること?ぜひ聞かせて欲しい。」
「はい。では、この学校に入学して最初に交際した、カウザルギー様のことをお話します。」
カウザルギー男爵家の嫡男か。思えば彼から全てが始まったんだったな…
「初めにカウザルギー様からお付き合いしたいと告白されたとき、彼のこともまだよく知らないし、お断りさせて頂こうと思っていました。けれども、『君の好みになれるようにするから』と言われ、考え直すことにしたのです。私の好みは先ほど申し上げましたとおり、太めの殿方です。おそらく引かれるだろうと思いつつも、私が太めの男性が好きであることをお伝えしたところ、なんということでしょう!彼は私の言葉に素直に頷いてくれたのです。私、まさか了承してもらえると思ってなくて、驚きで思わず3回も聞き返してしまいました。」
おいおい、俺もびっくりだよ。
すげーな、カウザルギー。
その場の勢いもあったかもしれないが、自分なら絶対に頷かない。好きな女のために自分を磨くのならわかるが、そうじゃないだろう。
「私好みになってくれるとのことで、私は毎日高カロリーなお弁当と高カロリーなおやつの差し入れを持って行きました。」
「それは健気なことで…」
そしてそれらを毎日平らげた結果、太った?
それにしては急激に丸くなっていった気がするのだが、どれだけ食べ過ぎていたんだろうか。
「でも、普通それくらいじゃ一週間程度で目に見えて太ったりはしませんよね?けれども、彼は一日、一日と目に見えてお肉を付けていったんです。」
「んん…?」
確かに、聞いた話では一週間も経たないうちに彼の体型はまん丸になっていたという。
「もちろん、私は大興奮です!すぐに彼に夢中になりました。けれども、一か月が経ち、彼の体型が付き合い始めたときの二倍くらいの大きさになったくらいで、私は振られてしまいました…」
「それは…残念だったな。ちなみに、振られた理由を聞いても?」
「夢から覚めた、らしいです。」
「それはどういう意味だろうか?」
「わかりません。私はただ、毎日彼に差し入れをあげて、汗をかいたらすぐに拭って差し上げたり、デートは極力動かないで済むところを指定したり、隙あらばおやつをあーんして食べさせてあげていました。そして愛を囁くついでに彼のお肉を賞賛し、彼の身体を堪能していました。あ、言っておきますが、健全な関係でしたよ?私にとっては夢のような日々だったのですが、彼はその夢から覚めてしまったらしいのです。」
…なんという彼女の趣味全開の甘やかし方だろう。
そしてお肉を賞賛と身体を堪能という言葉が大いに引っかかったのだが。
おそらく、カウザルギーも、なんか違うと思ったんだろう。たぶん。
一か月で気付けて良かった。
「私は彼の決断を尊重しました。去る者追うべからず。我がハイマー家の家訓です。そのため、私は彼のことを愛していましたが、別れることにしました。」
「なるほど。で、先程言ってた気になることとは?」
「はい、一つは、素直に私の好みになろうとしてくれたところ、それから、一週間ぽっちで急激に肥えてしまわれたことです。」
一つ目はカウザルギーの熱意が凄かっただけだとして、二つ目は確かに気になるところでもある。
「ちなみに他のみんなはどうだったんだ?何か共通点はあるか?」
「ええと…そうですね。カウザルギー様以降の皆さんは、アプローチ方法も告白内容もバラバラだったのですが、皆が皆、私の嗜好にドン引きすることもなく、好みに近付こうとしてくれました。そして、カウザルギー様と同様に急激な増量を果たした上で、全員が一月ほどで夢から覚めたと別れを告げ、私の元を去っていきました。共通点といえば、それくらいですね。」
「十分だろ。」
皆一様にして同じ道を辿ってる。
それよりも何よりも、彼女が異様にモテる理由が謎なのだが、本当何なんだろう。
「ちなみに、今あなたの異能を俺に使ってみたらどうなる?」
考えてもわからないものは実践あるのみ。『精神安定』の
異能なら俺に対した影響はでないはずなのだが。
「え?いいのですか?」
「いい、許可する。」
「はい、では。」
ハイマー嬢が俺に向かって手をかざし、むむむと念じはじめる。異能の使い方は人それぞれなのだが、ハイマー嬢の場合は一番オーソドックスな方法で行使するらしい。
「そろそろ効果が出てきたと思うのですが、いかがでしょう?どこか気持ちが落ち着いてくるような感覚がしませんか?」
「うん?まあ、言われてみれば…」
言われないと気が付かない。落ち着いたような、そうでないような…
なんとも言えない異能だな。
「ふふ、私、両親と同じくこの異能で医療関係の仕事に就きたいと思っているのです。少しでも役に立てたなら、嬉しいです。」
あ、初めて彼女の笑顔を見た。
優しく笑うハイマー嬢の顔は、お世辞なんかではなく素直に綺麗だと思った。
将来の夢がこれまでの発言とは打って変わって至って普通の内容だったことに、不覚にも可愛いな、とも思ってしまう。
と、そのとき、胸をドクンと波打つ感じがした。
「…!」
「会長?どうされました?」
急に胸を抑えて俯く俺に、ハイマー嬢が心配そうに顔を覗き込んでくる。
顔に熱が集まる。
え、なんだこれ、心臓がドクドクと鳴っている。
ハイマー嬢から漂うわずかな香りを嗅ぐだけで、胸が苦しい。
「会長、異能の使い過ぎでお加減が悪いのですか?顔が赤くなっています。」
「すでに異能は解除している。いや、ちょっと待って。」
ハイマー嬢の声を聞くと、さらに心臓の鼓動が早くなった。
(・・・・なぜだか、彼女のことが、とんでもなく愛しい存在のように感じる。)
気付けば彼女のほっそりとした手を取り、口が勝手に開いていた。
「ハイマー嬢、俺と付き合ってくれ。」
「え?」
「聞こえなかったらもう一度言おう。友達からでいい。俺と交際をしてくれないか。」
「ええ…?今はそんな流れではなかったですよね、来るもの拒まずの私ですが、さすがにちょっと…。」
「あなたはこれまでも良く知らない男から告白されても友達からスタートしていたのだろう?では俺でもいいではないか。ゆっくりと俺のことを知っていって欲しい。」
「でも、私、ご存知の通り太めの方が好きなので、会長のように細身の方は…」
体型なんかで判断しないで欲しい、それなら俺が彼女の好みに寄せればいいだけの話じゃないか。
「あなたの好みの体型になれるよう努力するよ。それでいいか?」
「!それなら…はい、よろこんで。」
「ありがとう、ハイマー嬢…いや、俺のユシャ…」
はっきり言おう、このときのことは全く覚えていない。
俺が正常に意識を取り戻したのは、それから一か月後のことだった。
◇
「ん?」
朝、目が覚めて、いつものように身体を起こそうとした。
が、なぜか起き上がることができなかった。身体がとても重く感じる。
よく見ると、何かがお腹の上にのっているようだ。これが起き上がるのを邪魔しているのだと手で払い退けると、それはブルンッと揺れた。
「いたッ、え?」
払いのけたものは、まさかの、自分の腹。
これまでの人生で見たことがないくらい、ぶよぶよした脂肪が自分のウエストにまとわりついている。よく見れば、払いのけた手もパンパンに膨れており、腕も、自分のものと思えないくらい太くなっていた。
転がるように、というか転がりながら慌ててベッドから降り、全身を映す姿見の前に立つ。
そこには、明るい金髪に金の目をした、えらく太った男が信じられないものを見るような顔で映っていた。
自分の面影こそあるものの、まるで別人だ。
幼少期にすらみたことがないくらい丸くなった頬、頬肉に押し上げられ小さく細く見える目、かろうじて首はあるが、二重あごになっている。あれだけ鍛えていた筋肉はすべて消え失せ、雄っぱいが育っているのがシャツ越しにわかる。おなかもドンと突き出ており、ズボンに浮き輪が乗っかっている。腕も足もこれまでの二倍の太さになっており、誰の目から見ても太り過ぎの体型へと変貌を遂げていた。
「なんだこれ…」
目の前の現実が受け入れられずに呆然と佇んでいると、いつの間にか朝の支度の時間になっていたようだ。自分の従者であるディランがノックと共に部屋へと入ってきた。
「殿下、お支度の時間です。」
「……なあ、ディラン。俺は一体…なんでこんなに肥え太ってるんだ…?」
「!!!やっと目を覚まされましたか!」
ディランは手を叩いて喜び「陛下に報告しなければ」と言い出す。
ええと、どういうことなんだ?俺が覚えている最後の記憶は、生徒会室でハイマー嬢に彼女の異能を試して貰って…
そこから、なぜかプツリと記憶が途絶えている。
もしかして、と思い「…今は何日だ?」と尋ねると、ディランが答えた日付は、ハイマー嬢と初対面してから実に一か月が経っていた。
「殿下が身体を張ってハイマー嬢の調査にあたられてから、一か月余り。日に日に変わりゆく殿下を見るのにそろそろ耐えられなくなっていたところです。お目覚めになられて、本当に、本当に良かったです。」
ディランはハンカチで目尻を拭っていた。その様子からは、心の底から安堵していることがうかがえた。
「ええと、詳しく説明してくれないか?何が何だか…」
あごに肉が付いたせいか、自分の声がくぐもって聞こえる。身体が重い。立ってるだけで汗をかいてきたのだが…
まるで自分の身体が自分でないようだ。
とりあえず座って話を聞こうとベッドに腰をおろすと、ドスンと身体の重みでシーツが深く沈む。自分の足の上にドドンと乗っかっている腹肉が恨めしい。
「一月前、殿下はハイマー嬢と突然交際を始めました。すると、その日から突然殿下が日に日にふくよかになっていかれまして、王妃様から食事制限をも言い渡されていたのですが、増量に歯止めが利かず…。」
「ハイマー嬢と交際…」
確かに、薄っすらと記憶がある。異能をかけて貰ったあと、彼女のことがとても愛しく感じ、なぜか突然に愛を囁いた気がする。
「かなりこじつけではございますが、王族である殿下に害を成したとみなされ、ようやっとハイマー嬢に異能調査のメスが入りました。」
王族を肥えさせたというだけで、しょっぴかれたらしい。確かにこじつけが過ぎる気がしないでもない。
「鑑定の結果わかったのが、彼女の異能はハイマー家特有の『精神安定』などではなく、『魅了を伴う肥育』というものだと分かりました。魅了した相手の代謝異常を引き起こす恐ろしい異能です。しかも、発動条件というのが本人の意思とは関係なく、相手が彼女に少しでも異性として好意をもち、彼女もそれを受け入れることで発動するというものです。持続性は一月足らずというのとなのですが、今ハイマー嬢は異能を制御する魔道具を強制的に身に着けさせています。これまでの被害者家族や学園の皆さまからは、殿下が身体を張って調査してくれたおかげだと御礼と称賛の声が続々と届いていますよ。」
「そうか…やはり原因は異能だったのか…」
というか、魅力を伴う肥育ってなんだ。
誰得の異能なんだ、一体。使い所が一切思い付かないのだが。
「ちなみに、被害者たちの体形が元に戻らないのは、本人たちの努力不足というだけということも分かっています。殿下もやっと異能が解けたみたいなんで、頑張ってダイエットして体形を元に戻しましょうね!」
「あ、ああ…」
彼女の歴代の交際相手はほとんど全員が太った体形のままなのだが、それが努力不足なだけだと?皆どれだけダイエットに苦戦しているんだ…
「なにはともあれ解決して良かったです。今日は大事をとって学園をお休みするのもいいかもしれません。まだ混乱なさっているようですし。」
「ああ、出来ればそうしたい。この空白の一ヶ月のことを色々整理したいし…」
「それがよいです。殿下はこの一ヶ月、ハイマー嬢を片時も離さず過ごされていたのですが、それもやっと終わりにできますね。」
「片時も離さず…」
彼女を傍らに置いて、カウザルギーのときのように、自分は彼女から献身的な肥育を受けていたのだろうか。
記憶にないはずなのに、なぜか自分の雄っぱいや腹肉を揉まれていたような感覚が残っている。いや、間違いなく彼女に自分のお肉を堪能されていたのだろう。
『夢から覚めた』
これまでの被害者たちはがハイマー嬢と別れる際に言っていた言葉だ。その意味が、ようやく分かってしまった。
◇
翌日学園に登校すると、記憶のない一ヶ月で様々なことが変化していた。
まず、生徒会室の自分の執務机の椅子は、太った自分が収まるサイズのこれまでより大きなものに取り替えられていた。
生徒会メンバーからは「会長が元に戻ったって本当ですか?じゃあもう大量のオヤツはいらないのですか?」
「やっとあの地獄の光景から解放されるんですね!毎日ハイマー嬢を膝に乗せて、何かしらモグモグさせられてたんですよ。色々とお腹いっぱいでした。」「今生徒会の苦情箱は会長に痩せて欲しいという懇願で溢れかえってます。」「会長から毎日おこぼれでオヤツをいただいてたので、私たちまで太っちゃったんですからね。」「『生徒会は会長を筆頭に脂肪を蓄えて冬眠間近か!?』なんて新聞部に揶揄されて、めちゃくちゃ悔しかったです。」と言われる始末。
俺は生徒会にいる間、ハイマー嬢を膝にのせながらオヤツをむしゃりながら作業をしていたらしい。確かに、色々な意味で地獄だ。
そして記憶にある一ヶ月前のメンバーに比べ、みんな少しふっくらとしている気がする。
ちなみに、俺はハイマー嬢と食への執着以外、普段通りに過ごしていたらしい。
身体運動の授業では、脂肪が纏わりついたこの身体で機敏に動けるはずもなく、ものの数分でバテてしまった。そして、汗が尋常じゃないくらいに吹き出る。普段そこまで利用することのないハンカチは常に片手に持っていたようで、友人たちからは『ハンカチ王子』と呼ばれるようになっていた。
もちろん制服は3サイズはアップしているのだが、それでも窮屈なため、ジャケットの前のボタンは開けっ放しだ。前にシュナウザ侯爵令息が制服がパンパンなのに、何故サイズを上げないのだろうかと不思議に思っていたのだが、簡単な話だ。これ以上大きなサイズを販売していない、ただそれだけだ。
特注すれば作ることは出来るのだろうが、制服が出来上がる前に少しは身体を絞りたい。おそらく皆それで窮屈過ぎる制服を無理矢理にでも身に着けていたのだろう。
ハイマー嬢にもその日のうちに会うことができた。
彼女には普段からの異能防止の魔法具の強制着用と3カ月の奉仕活動が言い渡され、実質的にはお咎めなしだった。
そのため、今朝も彼女は普通に学園に登校してきた。
そしてハイマー嬢に会うやいなや、俺はすぐさま別れを告げた。
「すまない、俺も夢から覚めたようだ。」
「さようでございますか…」
真っ直ぐにこちらを見つめる彼女の瞳は、どことなく寂しげに映った。
「あの、いくら無意識だったとはいえ、異能を使用して貴方の御心を操ってしまい大変申し訳ございませんでした。」
「いいや、気にしなくても、いや、こんな身体になってめちゃくちゃ気にしてるけど、貴方は、うん、気にしなくていい。」
言いながら汗をハンカチで拭う。ただ立ち話をしているだけなのに、気づいたら汗が流れている。
「どっちなんですか。」
「すまない、本当に気にしなくていい。」
正直、俺をこんな身体にしやがって、と罵ってやりたい気持ちはある。毎日ハンカチを10枚以上持ち歩く羽目になってしまっているのだから。
ちなみに、昨日は母上から3カ月で元の体形に戻らなければ廃嫡すると宣言されている。ここまでお肉がついてしまった身体を3カ月ぽっちで元の体形まで戻すには、飲まず食わずで修行の旅に出るくらいじゃないと厳しいと思っているのだが、やるしかない。太ったというだけで廃嫡されるなんてたまったもんじゃない。
「あの、厚かましいことは承知なのですが…最後に一つだけお願いがございます。」
「ん?なんだ?」
ハイマー嬢は言葉を続けるのを躊躇ったあと、息を吸い込んでから静かに言葉を告げる。
「抱き締めさせて貰っていいですか?」
「え」
「失礼します。」
返事をする前に、彼女は俺の大きな身体に手を回し、ぎゅうぎゅうと自身の身体を押し付けてきた。
俺の横幅が大きいため、回した腕は身体の後ろ半分にも届いてないのだけど。
「ちょ、ちょっと、」
「好きでした、レオ様。」
「ハイマー嬢…」
俺、レオ様なんて呼び方許してたんだ。
魅了されてた俺、彼女にめっちゃ心許してたんだな…
「あなたの雄っぱいに顔を埋め、大きなお腹を撫で、ふっくらとした頬にキスをし、むちむちの腕に抱かれたひとときは、私にとって何事にも代え難い素敵な時間でございました。」
好きでした、という言葉に少し後ろ髪を引かれそうになったが、その後に続いたデブ専全開過ぎる言葉でその思いは全て消え失せた。
「魅了されていたとはいえ、あなたはとても紳士で、とても優しかったです。私があなたに食べさせると、あなたはいつも自分の分を私にも分けようとなさいました。おかげでほら、私も前より肉付きがよくなったんですよ?」
悪いが全然記憶にない。ただ、自分だけじゃ悪いからと、周りにも分け与えることは自分の性格的に間違いなくある気はする。
「日に日にお肉がついて私好みになっていくあなたは、これまでの誰よりも魅力的でした。美貌の会長と言われたあなたが、太ったと揶揄われるのではなく、丸くて癒やしの会長と言われるようになったのはあなたのお人柄のためだと思います。」
いや、今そんな、呼ばれ方してんの、俺?
てか生徒会メンバーの話では苦情箱に俺に痩せて欲しいって懇願がめっちゃ来てるって話だったのだけど、話違ってない?
「私、諦めません。」
「は?」
「来るもの拒まず、去る者追わず、の私でしたが、レオナルド様のことは追いかけたいのです。こんな気持ち、生まれて初めてです。」
「いや、ごめん、これ以上肥えさせられるのはちょっと…うん。3カ月で体形を元に戻せって言われてるし。」
悪いが、秒で断らせてもらう。
俺は3カ月で痩せなければいけないという将来がかかったミッションがある。これまで王太子として努力したのが太っただけで無かったことにされるのは何としても避けたい。これ以上ハイマー嬢に肥育されては困るのだ。
「そんなことは致しません!むしろ身体を絞るお手伝いをさせてください。私に課せられた3カ月の奉仕活動は、あなたの体重をもとに戻すお手伝いも含まれていると思うのです。」
「身体を絞るお手伝いって…でも、それではあなたの趣向とは外れてしまうがいいのか?あなたはこのくらい太った身体のほうが好きなのだろう?」
そういって自分の腹をむにっと両手でつかむ。両手から溢れる脂肪が悲しい。
「はい。本当はこのままの体形が一番だと思うのですが、私はもう十分に堪能させて頂きました。ご迷惑をおかけしたお詫びに、ぜひお手伝いさせてください。…どうしても、あなたの側にいたいのです。」
「でも正直、あなたに魅了されてたこの一ヶ月の記憶は、俺には全くないんだ。ハイマー嬢は自分に魅了されていた俺が好きだったんだろう。だから、あなたは魅了されていない俺を知らないし、あなたがどういう人なのか、俺もゼロから知る必要がある。」
残念ながら、今の俺にとってのハイマー嬢は、儚げな見た目に反して意外と気が強い、そして偏った趣味嗜好の持ち主、という印象しかない。魅了されてた期間の(恐らく)甘々だった俺はどこにもいないのだが、それでもいいのだろうか。
「はい、かまいません。私のことを、また知ってもらえたら嬉しく思います。どうぞ、よろしくお願いします。」
頭を下げてからこちらを向いて微笑んだ顔は、俺が一ヶ月前に見て綺麗だと思った彼女の表情そのものだった。
それからというもの、俺は食事制限と運動で死に物狂いで体形を元に戻し、なんとか廃嫡の危機を免れた。
少しお腹に肉が残ってる気もするが、まあ許容範囲だろう。
もちろん、自分が努力したおかげでもある。だが、実のところハイマー嬢の貢献が大きかった。
かつては肥育に特化していた彼女だが、誰もやりたがらない掲示委員を引き受けるだけあって、自分の趣味から外れることにも積極的に取り組み、人が変わったように俺の体形管理に努めてくれたのだ。
掲示係委員長と称して体形管理をしにたびたび生徒会室を訪れる彼女は、いつしか生徒会メンバーの一員と見なされていた。彼女は非常に献身的で、俺の体形管理とは別に生徒会の雑用も進んで引き受けてくれた。今まで敬遠していた周りのみんなも、そんな彼女を自然と慕うようになっていた。
そして…俺もその中の一人だった。
まんまと絆されてしまった馬鹿な俺は、あろうことか、ハイマー嬢に復縁を迫ってしまった。
「あー、その、なんだ。俺は痩せてしまったから、もはやあなたのタイプでは無くなったし、3カ月の奉仕活動期間も終わってしまったから、これから俺と関わる必要はないとは思うんだが…その、よかったら、関係をやり直さないか?」
「レオ様、好きです。」
「!」
俺の歯切れの悪い告白に対し、真っ直ぐに気持ちを伝えてくれた彼女に、込み上げる感情を抑えきれなかった。
そっと彼女を抱き寄せると、銀の髪がふわりと風に揺れた。
「もうあなたの好む見た目をしてないがいいのか?」
「私の趣味は以前と変わっておりません。けれども、それを抜きにしても、やっぱりあなたが好きなのです。」
俺たちが復縁したことで、『またしても生徒会長が肥育令嬢の毒牙にかかってしまった』と揶揄する連中も中にはいた。
しかし、俺と彼女の3カ月に渡る二人三脚のダイエットの様子を見ていた者たちからは『世話好き令嬢にやっと生徒会長が陥落した』と好意的に見られた。
そこから俺が見事なリバウンドを果たし、再度廃嫡の危機が訪れるも、彼女が母である王妃を「体形で人を判断するのは時代遅れ」と説き伏せ(そもそも体形で判断する時代があったのかは知らないが)、俺はそのままぽっちゃり体形を維持することになったりもする。
かつて学園で“世にも恐ろしいご令嬢”と恐れられたユシャ・ハイマー。
彼女は愛を知ることで、“尽くし系令嬢”――そして“愛情深き王妃”へと、その呼び名を変えていったという。
(おしまい)
趣味全開のふざけたゆるい設定のコメディでしたが、少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。




