79話 エルフの森を救え(6)
妖精や精霊は自然の化身とも言われている。人前には滅多に現れない。よっぽどの事態がない限りは。つまり、ここから先にはそのよっぽどが待ち受けているということなのだろう。だから妖精はレインたちの前に姿を見せ、警告を発したのだ。
「……君はいったい? すっごく怖いことって……いったいどんなことなんだ……?」
「僕はココシュカ。この世界樹から生まれた妖精。あのね……すっごく怖いことっていうのは……」
「なんだとっ。世界樹の精!? 私はエルミア、気づかなかったご無礼をお許しください」
ココシュカの話を遮ってエルミアが片膝をついて礼をした。
「あの。エルミアさん。どうされたんですか?」
「前に言っただろう。世界樹はかつて崇拝の対象だったと。今でもこの森のエルフにとっては母なる存在だ。お前たちも礼ぐらいしろ」
「別にいいよー……僕、世界樹そのものではないから……ただの子どもみたいなものだよ……」
「だとしても、そうはいきません。世界樹の精が我々の前に現れるなど数百年ぶりのことです」
「あ、あのっすね。そろそろ話を元に戻していいっすか。魔族のやろうとしてる『すっごく怖いこと』っていうのは?」
リザが上手く話を戻してくれたので、ココシュカが再び口を開く。
「行けば分かるけどー……お星さまを打ち上げようとしてるんだ。すっごく怖いお星さまを。それが空に昇ったら、きっとこの国は滅んじゃうと思う。だから魔族を倒して。今が最後のチャンスなんだ。今を逃したらきっともう間に合わなくなる」
抽象的でよく分からないが、なにか危険なことを企てているらしいのは理解できた。
「うぅん。すまないが僕にはなんとなくしか理解できなかった」
「……そうだね、カイル。でも確かなことがひとつあるよ。俺たちが倒せなかったらこの国は大変な目に遭うってことだ」
「ごめーん。説明下手で……僕、普段はあんまり喋らないから……自然とは会話がなくても心が通じるのになー……」
「……ココシュカ様。もしよろしければこの遺跡の中を案内していただけないでしょうか。我々、今のエルフはこの遺跡に入ったことがありません」
鱗粉に似た光の粉を空中に振りまきながら、ココシュカはエルミアの周囲を飛んだ。やがてエルミアの顔の前で静止すると、にっこりと微笑んだ。
「いいよー。僕の後ろをついてきて。実物を見た方が早いと思うからー」
レインたちはふよふよと空を飛ぶココシュカの後を追って遺跡の中を進んだ。遺跡は迷宮のように入り組んだ構造をしていたが、ココシュカの案内のおかげで迷わず進むことができた。どんどん深い地下へと潜っていく。やがて最下層らしき場所に着くと、そこはなだらかな丘のような場所になっていた。
丘、と言っても地面はどことなく弾力があり、生温かい感じがする。丘のところどころには柱のように太いチューブが伸びており、天井から降りている世界樹の木の根へと複雑に絡みついていた。
「地面とあのチューブみたいなのが気になるけど……後は変わったところはないね」
レインは剣を抜いて試しに地面を突っついてみた。刺そうとしても弾力で跳ね返されてしまう。全力で剣を叩きつけたら少しは傷つくかもしれないが、そこまでする気はない。リザが苦虫を噛み潰したような顔で下を見ている。
「なんか……この地面、変っす。気持ち悪いというか……地面じゃないみたいな……」
「うん。そーだよ。これが怖いお星さまなの! すっごくおっきいんだよ!」
ココシュカの発言を理解するのにしばしの時を要した。レインたちの常識的なスケール感からあまりにもかけ離れていたからである。
「この地面が……!? 星!? どういうことですか……?」
「昔はねー。もっともっと小さかったんだよ。人間の手に乗るくらいの丸い球みたいなのだった。でも500年ぐらいかな。だんだんおっきくなっていって、今はこーんなに大きくなっちゃったんだー」
「500年って……どうやったらそんなに大きくなるんです……!?」
「それがねー。僕も知らなかったんだけど、世界樹の栄養をこっそり吸って大きくなってたみたい。あんまり影響が出ないように、ちょっとずつね。でも最近は吸われる量が多くなってきて、世界樹もこの森も元気がないんだー」
そうか。そういうことか。レインはようやく腑に落ちた。世界樹が弱っていた理由。それはこの『星』が栄養を吸い取っていたせいなのだ。おそらくあの木の根に絡まるチューブによって吸っているのだろう。
そこまでの事実を知っていたかは分からないが、宮廷魔法使いが調査しようとしていたのは結果として正しかったのだ。それもココシュカの話によればこの『星』はなんらかの方法でこの国を滅ぼす力まで持っている。
「……馬鹿な。では、世界樹を調査しようとしていた宮廷魔法使いたちが正しかったとでも……」
「結果的には……そうですね。どこまで知っていたのかは俺たちにも分かりませんが」
少なくとも資料にはこの『星』のことについては書かれていなかったから、それは知らなかったのだろう。エルミアは口をきつく結んでしばらく黙り込んでいた。
レインはチューブの一本まで近寄ると剣で切断してみた。緑色の奇妙な液体がゴボゴボと零れ落ちてくる。これが世界樹から吸った栄養なのか。気味の悪い色をしている。
「……おい。魔族がどこかにいるんだ。あまり軽率な行動は避けた方がいいのではないか……?」
「エルミアさん。とりあえずこのチューブを全部切ってしまいましょう。そうすれば世界樹はもう栄養を吸われずに済むはずです」
レインの言葉にすかさずカイルが賛成する。
「レインの言う通りだ。魔族は今、遺跡にいないのかもしれないな。僕たちの侵入を知っていればとっくに襲っているだろうからね」
「……それもそうだな。お前たちの言う通りだ。剣は得意ではないが私も風魔法で手伝おう」
チューブの数は少なくとも百本以上はありそうだ。硬いわけではないので剣はもちろんのこと、魔法で風の刃でも生み出せば簡単に切断することができる。そうして三人でチューブを切っていると、リザがレインのところまで走ってきた。ついには階段の方を指差しながら叫んだ。
「兄貴! 誰かがここに近づく足音が聞こえるっす! たぶんこの嫌な感じ……魔族だと思うっす!」
「そうか……分かった、ありがとうリザ。カイル、エルミアさん。魔族が来るかもしれないみたいです。警戒してください!」
カイルもエルミアも魔法を主体とした遠距離タイプ。レインは剣を構えながら二人の前に立ち、リザとココシュカを遠くへと退避させた。階段を降りる足音が静かに聞こえる。リザの予想はまず正解だろう。今、魔族以外でこの遺跡に来る者はいないはずだ。
「へぇ……少し外に出ていた間に侵入者がきてたんだ。命知らずだね」
「要は死にたいってんだろ? 惨たらしく殺してやろうじゃねぇか」
「まぁまぁ……少しは歯応えのありそうな相手だし、瞬殺するのはやめて楽しもうよ」
「約束はできねぇよ。俺は気が短いんだ」
その魔族は、植物を思わせるしなやかな細身の体格をしていた。身体の各部位には葉脈のような線が走っている。頭に至っては二つあり、それぞれに独立した意思があるようで、頭同士で会話しながら現れた。そんな油断だらけの登場にも関わらず、隙はまるで見当たらない。
「……君が……いや、君たちが沙羅双樹カルパヴリクシャか。俺はレイン。森を襲う君たちを倒しにここまで来た」
次の瞬間、魔族は大笑いをはじめた。レインは剣を構えたまま平静を崩さない。
「俺たちを倒しに? ああ、ようやくイギルジェのことに気づいたのか。もう成熟する寸前なのにな。遅すぎるぜ」
「……イギルジェっていうのはこの足下の何かのことで合ってるかな」
「ああ。そうだ。破滅妖星イギルジェ。かつて魔王様がお創りになった魔物だ。もっとも失敗作だがな」
「失敗作……? 俺はこの国を滅ぼしかねない存在だって聞いたけど」
「それが第一の失敗なんだよ。イギルジェはこんな小国を滅ぼす程度の能力しか持ってなかったんだ」
短気そうな頭の方が話していると、魔族のもうひとつの頭がさらに話す。
「第二の失敗は成長に時間がかかりすぎること。使い物になるまで数百年間は育てる必要があってね。イギルジェに興味を失った魔王様は、人間への脅しに使えないからいらないと言って、僕たちにプレゼントしてくれたんだよね」
「プレゼントっつーか……押しつけられたんだ。まったく魔王様にも困ったものだよ」
「その魔王様も、勇者に討たれて死んでしまった。あれから500年も経ったんだね。長かったなぁ……」
驚くべきことにこの魔族は500年前の話をしている。それはかつて、この世界を襲った魔王ウルスとそれを倒した勇者シフルの伝説と一致する。一般的に魔族には寿命がなく、外的要因以外で死ぬことはないとされている。目の前の魔族は500年前勇者が倒し損ねた魔王軍の残党、ということだ。
「年寄りの僕が言うのもなんだが……こいつら、生きた化石だな。500年前の魔族がまだ生き残っているとはね」
「あ……? なんだテメェ。やんのか」
「やめなよアル。戦う前のお喋りなんだからもっと気楽にやろうよ」
「だからさっきも言っただろハル。俺は気が短いんだよ」
「随分余裕だね。なら僕からも質問させてくれ。そんな失敗作の魔物を使って今更何をしようっていうんだ。大人しくしておけば長生きできただろうに」
カイルの絶妙に煽りを含んだ聞き方は短気な方の頭、アルを苛立たさせるのには十分だったらしい。代わりに落ち着いている方の頭、ハルが答えてくれた。
「なにって……仕返しだよ。魔王様を殺した人間たちに復讐するんだ。そのために500年間、ここに潜んでイギルジェを育て続けたんだよ。成熟したイギルジェは空高く飛んで星となり、強力な熱線を吐いて地上を焼き払う。一方的にね。この国ぐらいなら確実に滅ぼせると思うよ」
「それに今なら新しい魔王様への手土産にできるからな。これは魔族による人間界侵攻の狼煙になる!」
その新しい魔王が何者なのか考える必要はないだろう。レインの兄弟子にして魔族となってこの世界を滅ぼそうと企んでいる、アシェルのことに他ならない。




