74話 エルフの森を救え(1)
魔法都市オーデルヴァンは古い歴史と伝統のある場所だ。煉瓦造りの建物が立ち並び、一年中、どこからともなく霧が立ち込めている。この霧は気候によるものではない。
かつてこの国を治める公王に仕えた賢者が闇の神プルトゥナータを呼び出し、その権能を自らのものにしようと企み、失敗した名残なのだそうだ。こことは違う場所から空気が流れ込んでいる、らしい。
カイルからそんな話を聞かされたレインはそのスケールの大きさに信じがたい気持ちになった。ただひとつ、はっきりしていることがある。この霧を魔物は好み、呼び寄せる性質がある。おかげで時々、街中に魔物が現れ、冒険者はその定期的な魔物退治だけで食っていける。もちろん衛兵も忙しい。
シャルム公国の首府にも関わらず、どこか陰気な空気感の街だ。メルカの街は昼も夜も人で溢れており、活気のある場所だったが、オーデルヴァンはその対極にあると言ってもいい。
うっすらと霧の立ち込める中をレインとリザはカイルを先頭にして歩いた。馬車が狭い道を暴走気味に駆け抜けていく。道の真ん中を歩いていたレインは慌てて端っこに避けた。霧のせいで反応が遅れた。霧が深くなると危なそうだ。馬車に轢かれかねない。
「レイン、もっと煌びやかなところを想像していたかい? まぁ魔法使いなんて本来陰気なものさ。こういうところの方が落ち着くんだよ」
「そういうものか。でも治安は悪くなさそうだね。さっきから衛兵をよく見かける」
「うん。人間の治安はそこまで悪くないな。でも街中でも魔物が出るからプラスマイナスゼロと言ったところだ」
「怖いとこっすねぇ。なんかおすすめの場所とかあるんすか?」
「うーん。地下街は胡散臭いものが売っていてある意味、楽しいんだけどね。魔法学院に通っていた時代はよく遊びに行っていたよ」
「おいら、そういうのより美味しい食べ物が食べたいっす」
「残念だったな……リザ。オーデルヴァンの店の飯は……あんまり美味しくない」
リザは残念そうにしていたが、忘れてはいけない。オーデルヴァンには観光で来たわけではないのだ。シャルム公国の中枢、ウェルテクス城。城には国を統治する公王の他に宮廷魔法使いのトップたる三賢者がいる。禁呪である魔界への転移魔法を知り、その使用許可をもらう。そのためにここまで来たのだ。
カイルが仲間に加わったとき、彼は言った。コネがあるから会うこと自体は難しくないと。当時は半信半疑だったが、今はカイルの正体が大魔法使いアルケインだということもあり、それなら大丈夫だろうとすっかり安心している。
だからレインたちはオーデルヴァンに着いてすぐにウェルテクス城を目指すことにした。ウェルテクス城は古びているように見えるが、それでいてこの街の歴史の重みと威厳を感じさせる。それに大きさはローザンディア王国の王城にも負けてない。城門の左右には衛兵が立っており、先に進もうとすると当然のように遮られた。
「誰だ! お前たちは! 無断で王城に入ろうとするとは!」
「地下牢にぶち込まれたいか! さっさと引き返せ!」
厳しい口調でそう言われた。ローザンディアの衛兵はやや平和ボケしているところもあるが、これほど高圧的な態度を取ったりしなかった。国が違うから気風も違うのだろうか。でも勝手に城に入ろうとしたらこうなるのは仕方ない。今こそカイルの出番だ。
「ふっふっふ。まさかこのオーデルヴァンに大魔法使いアルケインの顔を知らない衛兵がいたとはね……まあ見た目だけ若返ってしまったから知らないのも無理はない。そういうことだ。通らせてもらうよ」
と言って通ろうとするカイルを衛兵は怒った顔で止めた。当たり前である。
「何を馬鹿なことを言ってるんだお前は! アルケイン様の年齢を考えろ!」
「だから見た目だけ若返ったって言っただろ。僕がアルケインだ。声とかで分からない?」
「分かるか! 顔が変わったら判別できんわ! 本物なら大魔法使いを示す証を出せ!」
「大魔法使いの証ぃ……?」
カイルが疑問符を浮かべながら首をかしげる。レインは途端に嫌な予感がしてきた。
「か、カイル……一応聞くけど持ってるんだよね……?」
「……家のどこかに置いてあるはずだけど、今は持ってないな」
「いやいやいや。なんでそうなるのっ!? 冒険者の印は持ち歩いてるじゃないか!」
「冒険者の印は首飾りだからいいけど、大魔法使いの証はスクロールだからなぁ。持ち歩くのに邪魔なんだよ」
そこでリザが話に割って入る。
「カイルの兄さん、自分の杖みたいに収納魔法を使えばいいじゃないっすか。一緒に入れておけばいいんすよ」
「いや。収納魔法は空間の形成と維持にかなり魔力を食うんだよ。一見便利な魔法だけど、収納の容量が大きいほど魔力消費も大きくなるっていう寸法さ。余計なものを入れて魔力を無駄に減らすのは馬鹿のやることだ」
「ええい、なんの話だ! 持っていないならお前は偽物ということだ! 大魔法使いの名を騙る不届き者め! 地下牢で反省しろ!」
レインたちは王城に入れた。正確には地下の牢屋にだが。三人まとめて同じ牢にぶち込まれてしまった。正直に言えばショックだった。お天道様に顔向けできないことはやったことがないつもりだ。それなのにまさかこんな形で前科者になるなんて。
「おかしいな……前は顔パスだったのに……」
「カイルの兄さん、なんでこんなときだけ知能指数が下がるんすかね……」
「何日、ここに放り込まれるんだろう。カイルの家はどこにあるんだ? 大魔法使いの証を取りに行かないと」
「老後は隠居生活だと思って、不便な田舎で暮らしてたよ。他の人には嫌われていたから都会だと居心地も悪かったし。もちろんオーデルヴァンからはすごく遠い」
「そうなんだね。悪いけど気が遠くなりそうだ」
「でも安心したまえ。こんなこともあろうかと、自宅直通の転移石を持ってるんだ。牢から出られたらすぐ取りに行ける」
地下牢からすぐに出られるということはなかった。レインたちはたっぷり三日間、牢屋で過ごすはめになったのである。ある意味では貴重な体験だった。衛兵たちはまるでゴミを見るような目でレインたちを見た。また、そのような扱いも受けた。ついでに差し出される食事も粗末でまったく美味しくなかった。
レインを不安にさせたのは、監視の衛兵にいつ出られるかと聞いても答えてくれないことだった。レインは長い期間、ここにいることになるのでは、とついついマイナス思考になってしまう。一方でカイルとリザはマイペースなのか、そんなことを気にしている素振りもみせない。
そんな地下牢生活は唐突に終わりを告げた。衛兵が一人の魔法使いらしき老人を連れて、レインたちの牢に現れたのである。老魔法使いは金の装飾が施された白のローブを纏い、白い口髭を豊かに蓄えている。レインはただ魔法使い、と思ったが、正確にはこの国の宮廷魔法使い、いやそれどころか、ひょっとしたら賢者なのかもしれない。
「おお、おお。まさに若き頃のアルケインそのものの顔じゃ。髪の色だけは年寄りのままじゃが。君、彼らを釈放してあげなさい。後はこの三賢者の一人、アンブロワーズが対応する」
「は……しかし、よろしいのですか? アルケイン様の名を騙る偽物という可能性も……」
「わざわざ昔の頃の顔に化ける者はおらんじゃろう。それに、彼から感じる魔力。忘れもせぬよ。彼はアルケインで間違いない」
牢屋の鍵が開く音がすると衛兵は「さっさと出ろ」と言ってレインたちを釈放した。カイルは伸びをしながら、アンブロワーズに言った。
「随分来るのが遅いじゃないか、アンブロワーズ。でも助かったよ。ありがとう」
「もっと感謝して構わぬのじゃぞ? アルケインよ。しばらく見ないうちにそんな若作りをしていたとは……」
「好きでやってるんじゃない。若返りの研究に失敗して顔が戻せなくなったんだ」
アンブロワーズはきょとんとした顔をしてから、上品に「ふふふっ」と笑った。
「いやいや、実に面白い。じゃがアルケイン、こう言ってはなんじゃが老人の顔より若い顔の方が君に合っているのう」
「それはどうも。ああ、二人とも。紹介が遅れてすまない。彼はアンブロワーズだ。僕の同級生で、今は三賢者の一人をしている」
「お初にお目にかかる。私は三賢者のアンブロワーズ。君たちはアルケインの仲間、ということじゃな? よろしくのう」
この人物こそがシャルム公国の魔法使いの頂点たる三人のうちの一人。優し気な目をした温和な老人にこそ見えるが、その頭脳は計り知れない叡智の結晶であり、その権力もまたこの国において絶大なものを持っている。




