7話 トロール退治(2)
勝負は街の外にある草原で行われることになった。武器はお互いに真剣ではなく木剣を使う。殺しは禁止。魔法の使用も禁止。先に一撃当てるか、参ったと言わせた方の勝ちとなる。
審判はクルツが務める。観戦するのはリザと受付嬢のみのはずだったが、ギルドハウスにいた他の冒険者の間で騒ぎになり、街の市民にも話が広がり、結果として人だかりになった。
この街で銀級冒険者はめずらしい。みんな、どんな戦いをするのか見たがっている。観戦者に囲まれた状態で、レインは木剣を握って何度か素振りをする。少し軽い気がしたものの、勝負には支障ない。
「さっきから無口ですわね。ギャラリーのせいで緊張していらっしゃるのかしら」
「フラン殿。余計な口は慎んでください」
「あら失礼しましたわ。気遣っただけでしてよ」
「もう準備はよろしいですね。両者、公正に戦うことを光の女神プリマコールに誓うこと」
向かい合うレインとフランの間にクルツが立ち、二人の顔を確認する。
「もちろん誓いますわ」
「誓います」
「……では勝負、始めっ!」
合図と一緒にクルツが後ろに下がって、勝負は始まった。こうやって木剣を握るのはいつぶりのことだろうか。まだ師匠が生きていた頃の、剣の修行まで遡るだろう。数えきれないほど師匠に挑戦して、一度も勝てなかった。結局、勝てないまま師匠はこの世を去ってしまった。木剣を握り、こうしているとどうしても懐かしさを覚える。
フランが真っ直ぐに突っ込んでくる。対してレインは軽く木剣を構えたまま、受けの姿勢で待ち構えた。どこから攻めてくる。頭だ。突撃の勢いそのままに木剣を振り上げ、頭へと振り下ろす。レインは木剣でそれを防ぐ。木剣と木剣がぶつかり、カン、と音が鳴った。
攻撃はまだ終わりではない。初撃が防がれることはフランにとっても予想の範疇。素早く二撃目を繰り出す。今度は胴体を狙った薙ぎ払い。頭を防げば胴が空く。定石通りだ。つまりフランの戦い方は基本が分かっていて、我流ではない。誰かから剣術を教わったということだ。
胴を狙ってくるのは読めていたので、頭まで持ちげている木剣、その切っ先を地面に向け、垂直に降ろして受け止める。この瞬間、フランに蹴りを叩きこむこともできたのだが、剣の勝負では反則だと思ってやらなかった。攻撃を二度防がれたフランは深追いせず、いったん後退する。
フランは息を深く吸い込み、吐き、呼吸を整える。やがてもう一度突っ込んできた。木剣の軌道は袈裟斬りだ。先程とは比べ物にならないほど速い。周囲で観戦している者たちのどよめきが聞こえる。これがフランの本気なのだ。レインは一歩下がって紙一重で避けた。連撃が来る。その一撃、一撃をレインは木剣を使って丁寧に受け流す。
観戦者たちは沸いた。目にも止まらぬフランの連続攻撃は派手で、なおかつ実力者であることを窺わせる。それを凌ぐレインもまた、銀級冒険者であることを証明する見事な立ち回りと言えよう。
レインも実際に戦ってみて、フランの剣技がよく分かった。フランは女性であるため一撃、一撃の威力は決して高くない。しかし瞬発力と速さは普通の剣士には真似できないものがある。
この勝負は先に一撃を入れた方が勝つ。木剣を当てるだけで良く、殺す必要はないのだ。であれば、剣速に優れたフランには有利に働くだろう。レインは経験値だけで速さに対応していたが、それが無ければ速さに押されてすぐさま敗北していたかもしれない。
このままフランの連撃を掻い潜って反撃するのはリスキーだ。大したダメージにはならなくても一発食らう可能性がある。そこでレインは罠を張ることに決めた。あえて頭に隙を作って攻めさせる。
「くっ……こんのぉ……! 中々おやりになりますのね……!」
しかも今のフランは全力の攻撃を凌がれ続けて苛立っている。平静を乱した状態だ。そんな時に隙を見つけたら、誰だって攻めたくなる。レインがわざと隙を作ると、あっさり引っかかった。頭めがけて木剣を振り下ろしてくる。唐竹割りだ。レインは横に一歩動き、半身になって唐竹割りを避けると、剣を振り下ろしている途中で隙だらけの脇腹に軽く一撃入れた。
「勝負ありですね。レイン殿の勝利です」
クルツの判定を聞いてレインは思わず一息ついた。強さを測るために攻撃は最低限にしようと思っていたが、実態としては手を出したくても中々出せない相手だった。剣技の腕前は決して悪くない。むしろ才能がある。
ただ一撃の軽さが少し気になる。トロールはタフな魔物だ。致命傷を与えて完全に殺さない限り、戦いを止めない。速さで上回っても倒すのに手間がかかるかもしれない。それでも油断しなければ一対一でも勝てる相手だろう、というのがレインの見立てだ。
「っ……私の負けです。約束は約束ですわ。悔しいですが、今回の依頼は……」
「いえ。フランさん、トロール討伐を手伝ってください。貴女には十分な実力があります」
「え……い、いいんですの? 私、勝ったわけではありませんけれど……」
「はい。少なくとも俺はそう思いました」
フランはしばらく呆然としていたが、やがて目を輝かせて、レインの手を両手で握り締めた。
「ほ……本当にいいんですのね! 私が依頼を受けても!? やっとチャンスが巡ってきましたわ! 感謝します、レイン!」
「あぁ……ええ。まぁ……そんなに喜ぶことではないと思いますけど……」
「そうだ。私のことは呼び捨てで構いませんわよ! もう仲間ですもの、くだけた口調で話しかけなさい!」
トロール退治に参加できるだけでこの喜びよう。少し普通ではない。それに剣技が我流でないのも気になる。レインには師匠がいたものの、普通の冒険者は戦いの中で勝手に腕を磨く。だから定石を知らなかったり、癖が強かったり、荒っぽい戦い方になるのだが、フランのそれはお行儀が良すぎるように感じた。フランは冒険者になる前、一体何をしていたのだろう。
「見事な戦いぶりでした、レイン殿。ところでトロール退治のリーダーはレイン殿、という認識でよろしいですか?」
クルツが近寄ってレインに確認してきたので、レインは少し考えてから返事をした。
「そうですね。今回は俺が引き受けます。フランも疲れていると思うので少し休憩して、正午に街を出発します。集合はこの場所にしましょう。それでいいですか?」
「了解しました。それではフラン殿、一度街に戻り、戦いに備えて休みましょうか」
「そうですわね。消耗した状態で無理をしても、迷惑をかけてしまうでしょうし」
話していると、受付嬢がやって来てフランに頭を下げた。
「フラン様、差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありませんでした。さっきのレイン様との勝負で、フラン様のお力は十分に理解できました。フラン様になら依頼をお任せできます」
「あっ……えっと……頭をお上げなさい。私も無理を言ってしまいましたわ。ここはおあいこにしませんこと?」
「フラン様は寛容ですね。感謝致します。トロールを退治して無事にご帰還ください、ギルドハウスでお待ちしております」
フランはそう言われて満更でもなさそうな顔をしていた。これで受付嬢とのわだかまりも無いだろう。フランたちと別れたレインはリザ、受付嬢の二人を連れて街へと戻る。その時に、リザがこんなことを言った。
「なんか、フランのお姉さんもクルツのお兄さんも普通の冒険者って感じじゃないっすね。身分が高そうっす」
「そうだとしたら珍しいね。貴族なんかが冒険者をするなんて話は滅多に聞かない」
この時、レインはそのことを深く考えたりしなかった。誰にだって色々な過去がある。余計な詮索は無用だろう、と思ったのだ。リザはまだ何か言いたげだったが、結局それを口にしたりはしなかった。
それよりも街に戻ってやることがある。というのもトロールはオーネスの街の近くに位置する、フィリー村に姿を現わし壊滅させた。だがその後トロールがどう行動したのか不明だ。フィリー村にはいないかもしれない。トロールを探して野営をする可能性もあるので、その準備を済ませておく必要があった。




