66話 真理の鍵団(4)
ゲイツ伯爵の館の地下は薄暗く、長い階段がずっと続いている。実を言うと、カイルは何度かこの館に来たことがある。だから馴染みはあったのだが、まさか館にこのような地下があることなど夢にも思わなかった。
地下はどうやら石材を組んで造られているようだ。1階からひんやりとした空気が流れ込んできて、少し寒い。階段が想像よりも長いので、カイルはその間に猫の使い魔、ストラにかけていた拘束魔法を解除しておいた。
「……にゃん? 拘束を解いちゃっていいのかにゃん?」
「ここまで来ればもう無用だろう。この先にアルケインがいれば戦いになる。君を抱えながらだと……まぁ、負ける気はしないけれど、万が一のときに動けないと君が困るからね」
ストラは目をまんまるに見開いたあと、てしてしと前足で抱えているカイルの腕を叩いた。
「にゃん。僕は逃げるつもりはないにゃん。だってじいじを助けないといけないにゃん!」
「……ふっ。そうか。それもそうだね。怪我をしてないといいんだけれどな。僕は治癒魔法が苦手なんだ」
階段が終わると、先には広い空間が待ち受けていて、奥には巨大な扉がある。扉は開いており、その前には一人の男が立っていた。黒髪を短く刈り、顔にゴーグルを装着した陰気そうな男だ。
さらに両手で抱えるサイズの巨大な笛を持っている。形状としてはオカリナが一番近い。ただ至るところに大きな棘がついており、オカリナと呼ぶには妙に禍々しさのある笛であった。
「魔導具か。魔物を操れるタイプのものだね。ということは君は魔物使いなわけだ。足止めが目的か」
ゴーグルの男は淡々と答えた。
「俺のバグズホルンを見ただけでそこまで見抜くとは。だがひとつ間違えているぞ。足止めが目的なんかじゃない。伯爵の救出に来たのだろうが、お前には死んでもらう」
「おいおい、君は物騒だな。魔導書一冊のためなんかにそこまでする価値があるとは思えないよ。もっと気楽に生きたらどうだい?」
「……急になんだ。見た目通り、軽薄そうな男だ。俺はそういう奴が嫌いだ。できるだけ関わりたくない」
カイルとゴーグルの男の間に魔法陣が幾つも浮かび、魔物が現れる。召喚魔法である。魔物は奇怪な音を発しながら、巨大な複眼でカイルを睨みつけている。
昆虫系魔物のギガインセクトだ。全長が3メートル以上あり、発達した顎で金属すら噛み砕く。質量に任せた突進も強力であり、地下という限定された空間では使えないが空も飛べる。人間の肉が好物で非常に好戦的。それが三体。
「オエー。気持ち悪い魔物が出てきたにゃん」
「奇遇だね。魔物に限らないけれど僕も虫は苦手だな……特にあいつが駄目だ。カサカサ這い回る茶褐色の……」
「にゃん。ゴ……」
「それ以上言わなくていいっ。名前を聞くだけでもおぞましいからね!」
「くだらない会話をごちゃごちゃと……俺はアルケイン様の弟子、蟲笛のロゴス! 惨たらしく死ね!」
ロゴスが巨大な笛、バグズホルンで音を奏でるとギガインセクトたちが一斉に動きはじめた。左右と正面から同時に突っ込んでくる。真後ろは階段だ。逃げ場がない。カイルは冷静に虚空から杖を取り出すと、杖の先端で地面を軽く突いた。ふわりと身体が浮かび上がり、空中への退避に成功する。
館に侵入するときにも使った浮遊魔法だ。さてここからどうするか。この程度の魔物、一撃で殺すのはわけないが後にアルケインが控えていることを考えると、あまり魔力を浪費するのは得策ではないだろう。カイルはギガインセクトの背後に着地すると、すかさず火球を放った。炎魔法の初歩とされるフレイムスフィアだ。
初歩ではあるものの、昆虫系魔物は炎に弱いというのが通説だ。セオリーに則って考えればこの程度の炎魔法でも十分。ところがロゴスの奏でる音が変化すると、ギガインセクトの身体がうっすらと魔力を帯びて、光の膜へと変化した。
「……防御魔法。なるほどね。そうやって操る魔物を援護するのか」
フレイムスフィアはギガインセクトに命中こそしたが、光の膜に弾かれてしまい、その威力を発揮することなく大気に溶けた。だがその程度で諦めるカイルではない。すかさず次弾のフレイムスフィアを生み出して、今度はギガインセクトと同時にロゴスにも火球を放った。
「ふん。その程度の対策ならできている」
ロゴスの目の前に魔法陣が浮かぶと、新たな魔物が現れる。これもまた巨大さを誇る昆虫系魔物の一体。二足歩行する虫、ギガンティスビートルだ。頭にはカブトムシによく似た角が生えている。ロゴスに向けて放たれた火球は全弾、このギガンティスビートルに命中した。
「グオオオオォォ…………!?」
効いている。だが狙いが外れてしまった。すかさずロゴスが巨大な笛を鳴らすと、ギガンティスビートルの火傷がみるみる癒えていく。今度は治癒魔法だ。カイルが次弾の準備するより早く、ロゴスが召喚魔法を行使する。次々に現れるその魔物たちは、デスホーネットと呼ばれるこれまた昆虫系の魔物だ。
全長一メートル程度の蜂型魔物。毒針を持ち、その毒も非常に強力なのだが、その針が最早針と呼ぶにはあまりに大きい。槍の穂先くらいのサイズがあり、当たれば毒など関係なしに重傷を負うことになるだろう。
ロゴスが笛の音を奏でると、デスホーネットたちが矢のように飛んでくる。カイルは防御魔法を発動し、それをピンポイントで防いだ。使った防御魔法は、初歩的なプロテクトシールドだ。それでもカイルほどの魔法使いが使えば十分な防御性能を発揮する。
だがカイルは背後にも気を配らねばならない。放置していたギガインセクトが獰猛にカイルに襲いかかる。さきほど放った火球で一体倒せていたようだが、残りの二体はまだ健在だ。顎をギチギチと動かしながら、突進してくる。
「……ちっ!」
ロゴスの命令で動いたというよりは、攻撃されたから怒って突っ込んできたというところだろう。カイルは舌打ちしつつ、再び浮遊魔法で空中に退避しながら杖を振るい、火球を生み出して次々と発射する。ロゴスの笛の音が変わる。さっきも聴いた音だ。防御魔法を魔物たちに付与し、火球から魔物たちを守る。
「だいたい理解したよ。どうやら君は未熟な魔物使いのようだ」
「……初歩的な魔法しか使えないお前に、言われる筋合いはない。誰にでもできる。俺にでもな」
「分からないかな。隙だらけだと言っているのさ。その笛で魔物を操っているんだろう? 君は魔物の操作と援護をその笛の能力で行っている。だから、攻撃パターンが単調だ。守ること、攻めること、一つずつしかできないんだからね」
「……それがどうした。たとえそうだとしてもお前の魔法では俺の虫たちは倒せん!」
笛の音色が変わる。魔物を操るときの音だ、とカイルは思った。再びデスホーネットが矢さながらに突っ込んでくる。それでいい。笛で魔物に命令を与えるとき、ロゴスは魔法で援護できなくなる。カイルはさっきと同じくプロテクトシールドで防御しながら、杖を振るってもうひとつ魔法を発動した。
「なっ……!?」
ロゴスの顔が驚愕に変わる。石造りの地面に魔法陣が浮かぶと、魔物たちの真下から火球が飛んできたのだ。魔法の遠隔発動。高等技術だ。いや、それだけではない。カイルは今、浮遊魔法、防御魔法、攻撃魔法の三つを同時に使っている。そのどれもが基礎的な魔法ではあるけれども、魔法の併用というのは高等技術であり、熟練の魔法使いでも二種類同時が限度とされている。
奏でる笛の音色は咄嗟に変えられない。不意打ちの火球への対応が遅れ、ギガインセクトとギガンティスビートルに火球がモロに被弾した。魔物たちは激しく燃え上がり、醜い断末魔のような鳴き声が響く。これでデスホーネット以外は全滅。さらにロゴスの横合いから何かが跳んでくる。
「にゃん! じいじの仇にゃーっ!」
ストラである。いつの間にかロゴスに忍び寄っていたらしい。ロゴスは直接戦闘そのものは弱いらしく、びっくりしたのか武器である巨大な笛を落としてしまった。カイルは地面に着地すると、その笛を力の限り踏みつけて壊した。陶器のように脆かった。おそらくロゴスはこの笛がなければ魔物を操れない。本物の魔物使いなら、そんなものがなくとも命令できるのだが。
「あ……! お、お前っ! なんてことを! 俺の魔導具を……!」
「おいおい、ストラ。伯爵を勝手に殺さないでくれたまえ。死んでいたら助けられないだろう?」
「そ、そうだったにゃん……」
これでロゴスは無力化した。殺してもいいが、その必要もないだろう。魔導具がなければ召喚した魔物も操れない。むしろ自分がその餌食になるような男なのだから。力を失ったようにへたり込んでいるところを見ると、余計な真似をする気力もなさそうだ。カイルは杖を収納すると、ストラを連れて扉の奥へ進もうとする。
「ま……待て。お前、いったい何者なんだ……?」
「その質問に答える義理はないな。先を急いでるんだ、失礼するよ」
「もしかして……あえて初歩の魔法しか使わなかったのか。どうして……!?」
「……そうだな。まぁ、君も勉強になっただろう? 誰でも使える魔法も使い方しだいだよ。覚えておきたまえ」
最後に指を鳴らす。デスホーネットが光の球に包まれて一匹残らず爆散した。
カイルは片目を瞑ってロゴスにウインクすると、マントを翻して先へと進んだ。




