55話 謎の魔法使い(4)
竜殺しの剣は魔法武器であり、竜の鱗を斬るときだけ魔法の力で切れ味が上がる。ワイバーンとワームと戦ったときにも使った。竜殺しの剣という触れ込みの剣は存外多い。それだけ竜が危険視されていることの証左でもあるが、単純にかっこいいから人気がある。
だが人気なだけに偽物も多く、竜殺しの剣が格安で売られていたらほとんど偽物だと思っていい。レインの持っている竜殺しの剣は、普通の剣が20本買えるほどの値段だったが、それでも竜殺しの剣としては並みの金額だ。無骨な幅広の両手剣で、金属はうっすらと緑色に輝いている。やや重いが、レインはこの剣を気に入っている。
武器は問題無しだ。次はどういう戦い方を選ぶか。ここに来るまでに戦った飛竜ワイバーンと地竜ワームとの戦いでは、まずソワレが魔法で動きを封じ、あるいは攻撃魔法で弱らせ、その隙にレインが懐に飛び込んでとどめを刺すというやり方だった。
レインは今回もとりあえずそれで行こう、と思った。竜にはドラゴンブレスという飛び道具がある。大抵は火炎を吐くのだが、グラセフレアは頭が二つある上にそれぞれが炎と氷のブレスを吐くのだと言うからおそろしい。援護なしで突っ込むのはレインですら躊躇いを覚える。ドラゴンブレスは魔法の一種だが、さすがにマントで防ぎ切ることも難しいだろう。
「怖がっていても仕方ないね。先手はもらうよ、双頭竜さん」
ソワレが杖を振るうと空中に魔法陣が浮かび、次々と金属製の楔が出現する。その鋭い先端はすべて双頭竜に向けられていた。土魔法のひとつ、スティールウェッジ。鱗や毛皮で覆われた頑丈な魔物を倒すために開発された魔法だ。
ストーンバレットはしょせん石を射出するだけの魔法であり、打撃にしかならないが、スティールウェッジは鋭く突き刺さり、確実に手傷を与える。ただ魔力消費の面で見れば、ゼロから金属の楔を生み出すスティールウェッジはストーンバレットより燃費が悪い。ソワレも竜と戦うときだけ使っていた。
「ワイバーンとワームには効いていたから、この魔法なら……行けっ!」
一斉に放たれた楔が双頭竜を襲う。二つの頭が持ち上がるように動く。楔から身を守ったつもりなのだろう。楔は頭にこそ当たらなかったが、胴体にそのほとんどが命中した。しかし楔が鱗に刺さることはなく、弾かれてポトポトと地面に落ちていった。これが真の竜の鱗。竜の中では下級のワイバーンやワームとは防御能力がまったく違う。
「じょ、冗談でしょ……!?」
「ソワレさん、援護を頼みます! やつは近接戦で仕留めます!」
レインはすかさず双頭竜に突っ込んだ。急ぐように近接戦に移行したのは、ソワレを長く動揺させないためだ。今までは魔法が通じていたのに、という自信の揺らぎから少しでも早く脱出させたかった。
狙い通りソワレは気持ちを切り替えられたようで、レインの指示通りに杖で地面を突いて流砂を操り、双頭竜の動きを奪おうとする。双頭竜は翼で空も飛べる。飛行能力を奪えばレインたちが有利になる。
双頭竜の足に流砂が絡みつく。ここは塔の最上層であり、沈めると下の階に落としてしまうのでそれはできないが、それでも十分な拘束能力がある。少なくとも今までは。双頭竜は翼を大きく広げると、ゆっくり羽ばたかせ、流砂による拘束を力任せに破って空を飛んだ。
「っ……駄目だ、剣の届かない高度まで飛ばれた」
剣を振るう手を止めて上空を仰ぐ。双頭竜の二つの口が開き、魔力が集まっていくのが分かる。レインめがけてドラゴンブレスを放つ気だ。ソワレはすかさず杖で地面を突き、レインの頭上を覆うように反り立つ石の壁を出現させる。直後、炎と氷の吐息が石の壁に叩きつけられた。
この石の壁もワイバーンやワームのドラゴンブレスを防ぐには十分な硬度だった。だが双頭竜のブレスまでは防げなかった。石の壁に亀裂が走り、やがて崩れて炎と氷とともにレインへとなだれこんでくる。レインは巻き込まれないように後方へ跳躍して身を守ろうとするが、着地のポイントを狙うかのように新たな炎のブレスが飛んでくる。
着地の瞬間を狙った攻撃。回避は不可能だ。防御するしかない。盾を召喚するのは簡単だが、果たして普通の盾で地獄の業火さながらの炎のブレスを防げるかどうか。だがそれしか身を守る方法はない。直撃よりは遥かにいい。
「しょうか……」
その時である。レインの眼前に光の壁が現れ、炎のブレスを受け止める。防御魔法だ。それも恐ろしく練度が高い。感覚的にソワレによるものでないことは分かる。消去法で誰の仕業なのか分かってしまった。これはカイルが発動した魔法なのだ。
「……まったく、仕方がないな。レイン、ここからは僕が援護してあげよう。君がグラセフレアを倒したまえ」
カイルの手にはいつの間にか杖が握られている。カイルはソワレに視線を移すと片目を瞑ってウィンクした。
「ソワレ。選手交代だ。君は僕の戦い方を見ておくといい。なに、見るのも勉強のうちだよ」
カイルが杖を軽く持ち上げる。すると魔法陣が次々と空中に出現して、立方体の石が魔法陣の中から現れる。大きさは1メートル程度。それが実に数十個ある。それが何のためのものなのか、レインはすぐに理解できなかった。土魔法なのはかろうじて理解できるが、一般的な魔法ではなさそうだった。
双頭竜が鬱陶しそうに空を飛び、うっかり石に触れた瞬間、派手に爆発した。双頭竜も驚いたのか小さく鳴き声を漏らす。これはただの土魔法ではない。形状は土魔法だが、中身は爆発する力を有した炎魔法。つまり土と炎の複合魔法なのだ。言うまでもなく、複合魔法は非常に高度な魔法である。
「さぁ、グラセフレア。降りておいで。もう空中に君の居場所はないよ」
杖を指揮棒のように振るえば、空中の石が一斉に動いて双頭竜にどんどん命中し、爆発する。効いている。カイルの魔法は双頭竜の鱗でも耐えきれない威力のようだ。たまらず地面に降下すると、レインは待ってましたとばかりにそこへ飛びかかった。
双頭竜も黙ってやられているわけではない。振り下ろされた竜殺しの剣を鋭い爪で受け止めた。まるで金属同士がぶつかりあったかのような甲高い音が鳴った。二度、三度と剣を振るうが、爆発を食らってなお、双頭竜は衰えを見せることなくレインの斬撃を防御する。
「レイン、真正面から挑むな。空中の石を使いたまえ、それは人間が触れても爆発しないように術式を組んである」
そういうことか。カイルの意図を理解したレインは空中の石に飛び乗った。確かに爆発しない。これなら立体的な攻め方ができる。双頭竜がレインめがけて氷のブレスを吐く。素早く他の石に飛び移ると、ブレスを避けて双頭竜の背に着地する。その勢いのまま竜殺しの剣で背中を斬りつけた。
「グォォォォォッ……!?」
レインの竜殺しの剣は双頭竜にも通用するようだ。怯んだ隙に首元まで移動して再び剣を突き刺す。その位置は脳天だ。氷のブレスを吐く方の頭が悲痛な叫びを発して沈黙する。残るは炎のブレスを吐く方の頭だ。
二度目の刺突を頭へと放つが、双頭竜は紙一重で首を動かし避けた。さらに翼を羽ばたかせ、空中の石にぶつかりに行くように空を飛ぶ。これは負傷覚悟でレインを爆発で振り落とす気に違いない。慌てて飛び降りると、風の力が働いてふわりと優しく地面に着地した。
風魔法だ。発動したのはカイルである。それも空中の爆発石を操作しながらだ。魔法の併用は高等技術であり、熟練の魔法使いでもせいぜい二つと言われている。カイルは若く見えるが、その実力は熟練の魔法使いに劣るものではない、ということを物語っている。
果たして双頭竜の目論見は失敗し、空中の石が再び激しく爆発をはじめ、双頭竜は地面へと叩き落された。まるで翼をもがれた蝶のように、地面をのたうち回っている。レインはとどめを刺すため残されたもうひとつの頭に竜殺しの剣を刺すと、迷宮のボスはようやく静かになった。
「助かりました……カイルさん。凄いですね。あの爆発する石はどんな魔法なんですか? はじめて見ました」
「うん、ああ。あれは僕が即興で考えた魔法だ。想像より上手くいって良かったよ。それより……」
カイルは杖を構えると、近づいてくるレインに対して威嚇するように殺気を放った。
「……どういうつもりですか?」
「君の実力を知りたいと言っただろう。君も僕の実力知りたい。そうだろう? それなら手っ取り早い方法があるってことさ」
「意味は分かりますが……わざわざ戦わなくても……」
「これで結構、隠し事を暴くのが好きでね。僕の勘が言ってるんだ。君はまだ本気じゃない。その本気を知りたくなった」
「待ってくだ……」
レインが言い終えるより早く、カイルは風魔法をレインに放った。




