25話 王都アークラウド(5)
ヘイデンはレインとリザの武器や荷物を抱えていた。話を聞くと、今朝、衛兵の謝罪と共に返してくれたという。報告した話もおおむね知っているようだ。もう城中でうわさになって出回っているらしい。夜に衛兵を呼んだせいだろう。
「武器が戻ってきたのは嬉しいですが、なぜ急に返してくれたんでしょう?」
「衛兵が言うには、昨日は陛下の指示で城に入る者の武器はすべて預かるように……と言われていたとのことでした」
寝間着からドレスに着替え、朝食を摂っていたフランがこう言った。
「ありえません。お父様にはレインとリザに護衛を頼むことにしましたって、ちゃんと許可を得てますもの」
「ええ、ええ。このヘイデンもそれは知っております。おそらく衛兵は騙されたのかと……」
嘘の指示を出したのは騎士の格好をした男だったという。兜をつけていたので顔は分からなかったそうだ。
「怪しいですわっ。その騎士! でも騎士団にそんなことをする人がいるなんて、考えたくありませんわ」
「近衛兵団は騎士団の指揮下に入ることもありますからな。それで騙されたのだと思います」
「へー。そうなんすねぇ。まあ、誰かが騎士に変装してただけの可能性もあるんじゃないっすか?」
そういえば暗殺者も武装したレインとリザを見て「話が違う」などと言っていた。
つまり武器を取り上げたことに関しては、暗殺者側の作戦ということで間違いないだろう。
「ところでヘイデンさん。暗殺者の尋問はどうなったかご存知ですか。衛兵が行っているようですが」
レインの質問にヘイデンが答えた。
「聞いたところによると、大した情報は得られていないようですな。ですが城の人間ではないこと、誰かに雇われたことだけは確かです」
「暗殺者もそう簡単に口を割らないということですか?」
「まだ何ともいえませんが、今のところ暗殺の依頼には、仲介者がいたらしく誰の依頼なのかも知らないそうで」
元々、この依頼を任されたのは尋問を受けている暗殺者一人だったそうだ。警備の厳重な王城に忍び込み、王女を暗殺するという難易度の高い依頼にも関わらず、衛兵の警備ルートや交代時間などの詳細な情報があり、フランの部屋がどこなのか、地図まで事前に受け取っていた。
ただ暗殺者は二度もフランの暗殺に失敗してしまい、今回は腕利きの仲間、レインが殺した方の暗殺者とコンビで依頼にあたることになった。目を盗んで城内に忍びこみ、ピリピ草の毒煙で護衛を無力化して確実に殺すはずだった。
この話から分かるのは、やはり王城内部の情報に詳しい者が一枚噛んでいたということだ。暗殺の依頼主は王城に出入りできる人間の可能性が高い。ただ誰かまでは分からない。足がつかないように向こうも注意を払っているのだろう。
「レイン様、申し訳ありませんがもうしばらく護衛をお願いできないでしょうか」
「俺は構いませんが……リザも問題無いかな。このまま続けても」
「おいらはいくらでも付き合うっすよ。王城のメシは美味いっすからね」
その後もレインとリザは護衛を続けたが、あの手この手で定期的に暗殺者がフランを襲った。その度にレインが撃退し、あるいは捕まえた。それを繰り返すうちに一か月もの時が過ぎ去り、フランの謹慎が解ける日を迎えたのである。
「レイン。リザ。す、すみません……まさかこんなに長期間に渡って二人に護衛をさせることになるなんて、想像してませんでしたわ」
「……まぁ確かに。でも暗殺事件はまだ続いてる。途中で放り出すわけにはいかないよ」
「そう言ってくれると助かりますわ。では二人とも、今日は騎士団の宿舎に行きましょう」
フランの服装がドレスと違っている。紋章の入った白と黒の制服のようなもので、あまり見慣れない。
「あ、この服はイーリス騎士団の制服ですわ。勤務中はこの制服か鎧を着用する決まりになっているのです」
イーリス騎士団。それがフランの所属する騎士団の名だ。ローザンディア王国建国時から存在する由緒ある組織であり、この国の騎士は全員、イーリス騎士団の所属となる決まりになっている。規模は200名程度で全員が厳しい訓練を受けた精鋭だ。
時計の針は夕方を指している。レインもリザも、主に夜の護衛を担当しているので昼は寝ているのだ。今はちょうど寝起きで、メイドに用意してもらった食事を済ませたところだった。
「そういえば、もう謹慎が解ける時期だね。ということはフランも昼は騎士団で仕事をしなくちゃいけないんだ」
「ええ。でも心配ご無用ですわ。暗殺者も昼間を狙うことは滅多にないと思います」
そう言いながらも、昼に襲われたことが一度あった。その時もレインが飛び起きて即座に暗殺者を制圧したのである。
「実は騎士団長がレインとリザに一度会いたいと言っているそうなのですわ。少しだけ付き合ってくださいませんか?」
「もちろん大丈夫だよ。でも騎士団長か。偉い人と話をするのは緊張しそうだね……」
「ふふ。そんなに堅苦しい人ではありませんから、気にしなくていいですわよ」
その時、部屋の扉をノックする音が響き、誰かが入ってきた。クルツだ。クルツもまたフランと同じ制服を着ており、いつもの優し気な顔でフランとレイン、リザを見ると微笑を浮かべた。
「お久しぶりです姫様。それにレイン殿とリザ殿も。話は聞いています。とにかく姫様が無事で安心しました」
「実家はどうでしたか、クルツ。行きたくなさそうにしていましたけれど」
「もちろん行きたくありませんでしたし、帰るなり批判されましたが、気にしてません。私の忠誠は姫様に捧げていますので」
はっとしたフランが解説を挟んでくれた。
「レイン、リザ。クルツはご家族と仲が悪いのですわ。これでも侯爵家の三男なのですけれど……」
「まぁいいじゃありませんか私のことは。それに家族と仲が悪い、というのも語弊があります。他界した父との関係は良好でした」
「間違ってませんわ。お兄様たちと険悪な仲じゃありませんか。特に家を継いだご長男とは……」
クルツはおもむろに懐中時計を取り出すと、「おっと」などとわざとらしいリアクションを挟んでこう言った。
「もうこんな時間です。そろそろ宿舎へ行かないと約束の時間に間に合いませんよ。急ぎましょう」
騎士団の宿舎は王城からほど近い場所にある。王城に勝るとも劣らない屋敷で歩いて数分もすれば着く。屋敷の中に入るとフランやクルツと同じ制服を着た人とよくすれ違った。勤務時間が終わったのか、制服でない者もちらほら見かける。
騎士団長の部屋の扉をフランがノックすると、返事と共にメイドが現れ、レインたちは部屋の中に入った。騎士団長の部屋だけあって中は広々としていて、内装も凝った作りになっている。
メイドがベッドに横たわっている男性の上半身を起こすと、男性はフランを見て顔を綻ばせる。男性はがっしりとした体格をしているものの、顔はやつれて頬もこけていた。病気か何かを患っているように見える。
「わざわざ呼びつけてすまないな。フラン、クルツ。それに君たちが冒険者のレインとリザだな? 俺は騎士団長のビスマルク。色々と話したいことが……」
そこで騎士団長は激しく咳き込んだ。メイドが慌ててビスマルクを支え、ベッドに寝かせる。
「最近体調が良くないんだ……行儀悪くて申し訳ないが寝転んだ状態で話しても構わないか?」
「ビスマルク団長、まさか……ご病気とは聞いていましたけれどこんなに体調が悪かったなんて……!」
「気にするな……フラン。まだ死んだりしないから安心していいぞ……」
メイドが椅子を用意してくれたので、レインたちはベッドの横に座ることになった。騎士団長はやはり体調が悪いのだろう、顔色が優れなかった。それでもゆっくりと言葉を発する。
「フラン。お前が騎士団を出て行った理由は聞いたよ。俺は無理せず経験を積んでくれれば、と思っていたんだが、どうも過保護すぎたのかもしれんなぁ……」
「いえ……もういいんです。今は騎士として自分にできることを地道に頑張るつもりです」
「そうか……そう言ってくれると助かる。俺も考えを改めよう。だがこれからは特別扱いもない。死の危険が伴う任務もあるだろう。その覚悟だけはしておくんだぞ」
「もちろんです。そのために騎士になったのですから」
ビスマルクは嬉しそうに笑うと、すぐにまた咳き込んだ。
「そういうことで謹慎明け早速になるが任務を言い渡す。フランとクルツ、お前たちには副団長と一緒にユースティム砦の救援に向かってもらいたい」




