17話 標的を射抜く眼(2)
レインたちの探索は順調だった。リザの案内もあり、道に迷うこともない。時折ハーピーやグリフォンといった魔物にも襲われたが、作戦通りレインとリザで地上に叩き落して、フランとクルツで仕留める流れが上手くいっている。
「15階層まで来れたっすね。そろそろ引き上げないっすか? 魔物とも何回か戦ったし、そろそろ頃合いだと思うっす」
「リザ、よろしければもう少しだけ探索させてくれませんか? 私、コカトリスと戦ってみたいのです」
「へぇ? フランの姉さんも変わった人っすねぇ。コカトリスは20階層までに出現する魔物で一番強いっすよ」
宿屋の料理で普通に食べられるくらいには珍しくないコカトリスだが、それなりに経験を積んでいなければ倒すのが厄介な魔物なのだ。だからこそ、フランはあえて挑みたいのだろう。強くなりたいからだ。この冒険者としての時間を無駄にしたくないのだ。
「まぁおいらは良いっすけど。兄貴ぃ、問題ないっすか?」
「うん。俺もいいよ。転移石があるから街にはいつでも帰れる。もう少し探索を続けよう」
このバーディック石柱迷宮の各階層は森が広がっていて独自の生態系が築かれている。こういう迷宮は存外多い。自然発生した迷宮にせよ、誰かが造った迷宮にせよ、管理が楽だからだ。ゆえにコカトリスも、地上で見かける野生と同じように暮らしている。
「コカトリスは草食っす。特定の草しか食べないんで、その草が群生してるところにコカトリスの巣があるはずっす」
「へぇ。ですわ。それはどんな草なのかしら」
「こんくらいの小さな黄色い花をつけるっす。見ればすぐに分かるっすよ」
15階層の森をしばらく探し回っていると、コカトリスの餌らしき草はすぐ見つかった。森の一角に群生していた。だが残念なことに、コカトリスはいない。そこでレインたちはその場所を張ってみることにした。
「……来ませんわね。もう別のところを探した方がいいような気がしますわ」
「そうっすねー……あっ。今何か聴こえなかったっすか?」
少し離れた草むらの中から小一時間、様子を窺っているが何の気配もないと思われたその時。リザの耳が何かの音を捉えた。それは草むらを掻き分ける音と、空を羽ばたく翼の音である。
「うおおおおっ! うわああああ!!」
草むらを掻き分ける音の正体は人間だった。もちろん冒険者だ。何かから逃げているらしい。背中には斧を背負っており、屈強な身体つきに顔立ちは精悍そのものである。悲鳴じみた大声を発しながら走っていなければ、勇猛な冒険者に見えただろう。
その背後から悠々と飛翔して冒険者を追いかけているのが、フランの待ち望んでいたコカトリスである。
「あの人、コカトリスに追いかけられてるみたいっすね。見捨てるのも悪いんで助けてあげようっす」
「ええ……それにしても、コカトリスって飛べるんですのね。鶏って飛べない気がしますけれど……」
「まぁ、動物に似ていても魔物ですから、同じ理屈は通じないのでしょう。その答えは魔物を創造したとされる闇の神プルトゥナータのみぞ知るといったところですか」
クルツの話をよそにフランが剣を鞘から抜いて飛び出す。レインもリザと共に草むらから飛び出した。追いかけられている男がそれに気づき、叫び声を上げる。
「コカトリスに追いかけられてるんだ、逃げてくれ!」
「加勢致しますわ。レイン、リザ、矢で撃ち落としてください。後は私が倒します」
コカトリスは余裕で三メートルはあろう大きさだ。鳴き声を漏らしながら、蛇の尻尾を左右に振って男の冒険者を上空から狙っている。そこにリザとレインの矢が何本も放たれた。
リザの弓の腕前は決して良いとは言えないが、とにかく手数が多い。矢が次々とコカトリスの翼に刺さっていく。対して、レインの矢は狙いこそ正確なのだが、矢の再装填が遅い。クロスボウは普通の弓矢よりも扱いやすいが、装填に時間がかかる難点があるのだ。
「コケェッ!!」
一際大きな鳴き声と共に、ようやくコカトリスが地面に墜落した。よろよろと二本の足で立ちあがると、リザを鋭く睨みつける。今のところ一番ダメージを与えたのがリザだからだろう。
「ひぇ……後は全面的にフランの姉さんに任せるっす」
ここまではハーピーやグリフォンとの戦いと同じだ。コカトリスの場合は、飛行能力を削いでもまだ厄介な攻撃が二つ残されている。蛇の尻尾に備わる毒と口から放つ石化の吐息である。どちらも当たれば一撃必殺。フランは剣を構えたまま一歩、二歩、と静かに接近する。
「ケェェェェェ!!」
先に動いたのはコカトリスだ。嘴を大きく開けて灰色の煙のようなものを吐き出す。これが石化の吐息である。フランが警戒して足を止める。フランは今、風下にいるので、石化の吐息が徐々にフランの側に広がっている。まったく効果的な威嚇だ。これだけでもう戦いにくい。レインでもこれを敵にやられたら嫌だと思うだろう。
「おいおい。コカトリスを剣で倒すのか。あいつと戦うときは弓使いか魔法使いに頼るのが定石だぞ」
レインの後ろまで逃げてきた男性の冒険者がそう呟いた。確かに、石化の吐息を浴びないように戦おうとすると、必然的にアウトレンジ重視になる。でもこれはフランが望んだ戦いだ。極力、レインもクルツもリザも最低限の手伝いしかしない。
「……大丈夫ですわ。たぶんですけれど、この石化の吐息は……私の剣で斬ることができます!」
フランの持つ剣キルシュブリューテが光を放ったかと思うと、剣を上から下へと縦に一閃する。切っ先に触れた石化の吐息が真っ二つに裂けて、フランの前に飛びこむべき道ができた。気体である石化の吐息を斬った、ようにレインには見えた。
「……やっぱり! キルシュブリューテには魔法を打ち消す力がありますわ……!」
レインは驚いた。まさかそんな能力をキルシュブリューテが持っていたとは。コカトリスの特徴とも言える石化の吐息は魔法の一種だ。だから切り裂けたのだ。後々レインが聞かされた話だが、フランいわく元々は切れ味がいいだけの剣だったらしい。
国王、つまり父親からもらった時にはそんな能力があるとは聞かされなかった。それがサントリナ湖で戦って以来、剣が不思議な力を発揮するようになったそうだ。キルシュブリューテは使い手と共に成長する剣。魔法を打ち消す力はきっとフランが成長したことで得た効果なのだろう。
「このまま……攻めますわ!」
フランが大きく動いた。真っ二つに裂けて生まれた隙間を通って、一気にコカトリスへ肉薄する。もちろん、このまま黙ってやられるコカトリスではない。身体を半回転させ、フランに背を見せたかと思うと、蛇の尻尾が大きくうねり鞭のように襲いかかる。
この蛇の尻尾には毒がある。掠っただけでも致命傷になりかねない猛毒だ。フランは尾の動きを正確に見切って、数歩後退して紙一重で躱す。尾が地面に叩きつけられ、砂埃を巻き上げると同時、剣を水平に振り抜いて蛇の尾を切断した。
「クケェェェッ……!!?」
痛みに悶えるような鳴き声だった。反撃とばかりにフランに嘴を向けると、再び石化の吐息を放とうとするが、それより速くフランの突きが脳髄を貫いた。際どい攻撃だ。突きが一瞬でも遅れていたら石化の吐息を至近距離で浴びていたことだろう。
「ふぅ……」
「お見事ですフラン殿。見ている側としては、最後の一撃にヒヤリとしましたけれどね」
「倒せたのはコカトリスを矢で撃ち落としてくれたおかげですわ。剣の戦いだけに凝り固まってはいけませんのね。魔物の対処法はもっと広い視野で考えないといけないことが分かりました」
「それを肌で実感できたのは十分な収穫だと思います」
フランとクルツが会話をしていると、コカトリスに追いかけられていた冒険者が頭を下げながら近づいてきた。
「すまない、ちょっといいか。おかげで助かった、ありがとうな。あんたら、強いんだなぁ。礼しか言えないんだが、礼だけでも言わせてくれ」
「あ。いえいえ。構いませんのよ。私が試しにコカトリスと戦いたかっただけですから……」
「そうだったのか。でも気をつけた方がいい。コカトリスは金になるからな、コカトリスと戦ってる奴を助けても難癖つけてきて戦利品のコカトリスだけ持っていかれる、なんてこともある」
この男、少し奇妙だな。とレインは思った。この迷宮に詳しそうな言動なのに、弓矢の類は持っておらず、魔法も使えなさそうだ。斧を武器にした典型的な戦士に見える。ここに詳しいのなら迷宮攻略に遠距離武器が必須なのは知っているはずだろう。
見たところ仲間もいなさそうだ。些細なことではあるのだが、レインは気になったので、男にこう尋ねた。
「ここまでは一人で来たんですか。コカトリスを捕獲するためですか?」
「ああ一人だが、まぁ俺はちょっと人を探していてな……コカトリス目当てではないんだ」
男が言葉を濁したので、どうも話しにくい事情があるようだ。
深く追及するべきかどうか少し悩んだ。するとフランが悪気なくさらに聞いてしまう。
「迷宮で人探し? 何かあったのですか?」




