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1話 召喚の勇者(1)

 見渡す限り平野が広がっている。その中に一本の、細くて長い街道がずっと先まで伸びていた。

 空はそれだけで気持ちが良くなるような快晴だ。東を見ると、遠目に巨大な山脈が連なっているのが分かる。


 がた、ごと、と揺れながら、一台の荷馬車が街道を進んでいた。

 荷馬車の中でじっと座っていると、御者がもうすぐ街に着く、と言った。


 ちら、と前方を覗くと確かに街が見える。いわゆる城郭都市というやつだ。

 街をぐるっと城壁で囲むことで、魔物といった外敵の侵入を防ぐのだ。

 故郷の大きな街も、だいたいは城郭都市だった。この国でもそうなのだろう。


「レインさん、すみませんねぇ。荷物なんかと一緒に座らせてしまって」


 御者席に座る商人の男が頭を下げた。肥満体形だが人懐っこい顔をしている。

 元々レインは徒歩で街道を進んでいた。路銀に余裕があれば馬車にも乗れたが、残りが少なかったのでのんびり歩いて行こうと思ったのだ。

 途中、この馬車が魔物に襲われているのを見て助けに入ると、非常に感謝され、せめてものお礼にと馬車に乗せてもらえた。


「いえ。おかげで街にも早く着けました。ありがとうございます」

「この辺りは魔物なんて滅多に現れないんですけどねぇ。リンクス山脈を越えてきたんでしょうね。竜に襲われた時は死んだかと思いましたよ。本当に助かりました!」


 一人で倒せたのは竜が小型だったからだ。そうでなければ厳しい戦いになった。

 商人は興奮気味に、それでいて内緒話のように小声で続けた。


「さすがは『召喚の勇者』様ですね。いえいえ! 何も言わなくていいんです。私には分かりますよ。海を隔てた遠い国の話ですけれども、そのご活躍は私も聞き及んでいますから!」

「あ……いえ。その……」

「もちろん、このことは誰にも言いませんからご安心ください。妙に騒がられては面倒でしょうからな!」


 気を利かせてくれたようだが、結局、商人の誤解を解くことができないまま別れることになる。

 レインは悪い気がした。かの有名な冒険者、「召喚の勇者」はとっくに死んでいる。



 ◆



 勇者の死から二年の月日が経った。にも関わらず、その死を知る者は意外なほど少ない。レインは17歳になり、冒険者として順調に経験を積んでいる。それだけ長い時間が経つのに、旅の目的は何一つ進展していなかった。


 レインは今、ローザンディア王国という国にいる。今まで来たことのない国だった。戦争の絶えなかったレインの故郷とは違い、もう数百年近く戦争など起きてないという。


 いい加減やるべきなのは路銀の調達だ。そこそこ賑わっている街だし、冒険者向けの仕事もあるだろう。雑踏の中を縫うように進み、大通りの端にちょんと建っている建物の中へと入る。看板には共通言語で「冒険者ギルド」と書かれていた。


 冒険者を管理し、依頼を斡旋するギルドハウスのひとつだ。冒険者なら誰もが訪れる。中は空いていて待たされる心配もなさそうである。受付の前に座り、レインは依頼の斡旋を頼む。


 受付嬢がレインをじっと見る。青みがかった黒髪に大人しそうな顔立ちで、濃紺のマントを羽織っている。マントはとても上質そうな一方で防具の類はつけておらず、腰に剣を帯びているだけだ。冒険者というよりはただの旅行者にも見える。


「依頼の紹介ですね。では冒険者の印をお見せください」


 レインは言われるがまま、首飾りを受付嬢に見せた。首飾りには縦長の金属がついていて、にぶく銀色に光っている。これが冒険者の印だ。レインが持っているのは銀級の印で、冒険者の中では中位クラスにあたる。印には魔法が込められており、この印を対象に鑑定魔法を発動すると、持ち主の名前や顔、出身地、達成した依頼などの個人情報が分かる。


「レイン様ですね。遠い国からようこそいらっしゃいました。ローザンディアには最近来たばかりですか?」

「はい。人探しの旅をしているんです。路銀が尽きそうなので依頼でも受けようかと」


 そこまで話してレインは口を閉じた。その話をあまり深掘りされたくなかったのだ。

 旅の果てに待っているのは仇討ちであり、そんなことをわざわざ説明したくないと思った。


「そうだったんですね。どのような依頼をご希望でしょうか?」

「この辺りに土地勘が無いので、街から近い場所がいいですね。難易度は高くても問題ありません」

「かしこまりました。いくつか依頼書をお持ちしますので、しばらくお待ちください」


 受付前に置かれた椅子に座って待っていると、受付嬢が依頼書を何枚か持ってやってきた。レインは依頼書を受け取ると机に置いて内容を確認する。屋根の修理の手伝い、積み荷の護送、迷子のペット魔物の捜索。依頼内容はどれも下位クラスである銅級冒険者が任されそうなものばかりだ。


 この国で依頼を受けるのは今回が初めてなのだが、レインの故郷で銀級冒険者なら、たとえば街を襲う魔物の退治とか、そういった命にも関わる危険な依頼を任されるのが基本だった。どうやら平和なこの国では事情が異なるらしい。難しい依頼をやりたいわけではないが簡単な依頼は報酬も少ない。


「あの……もう少しだけ……難しい依頼はないんですか」

「申し訳ございません。この街の近くには魔物が現れることも少なくて……報酬の高い依頼が少ないんです」

「なるほど……そうなんですか」

「難易度で言うなら……この迷宮での素材採取が一番難しいですね。ただ迷宮は危険なのでお一人だと大変かもしれません」


 どの依頼にもあまり意欲が持てなかったレインは、その一言で俄然やる気を出すしかなくなった。冒険者というのは大なり小なり自分の実力に自信を持っており、難しい依頼や無理難題、強い魔物との戦いに燃えるものなのだ。レインとて例外ではない。


「その採取依頼、場所はオーネス採掘迷宮とありますね。迷宮の主はクリスタルゴーレム。この魔物を倒して聖水晶を採取すればいいんですか?」

「え、ええ……ですがもう何人も失敗してしまっているんです。なにせ迷宮の主なので、簡単には倒せなくて……」

「受けます。この依頼。迷宮はどこにあるんですか?」

「この街を出て西の森に……あの、一人で依頼を受けるんですか?」

「もちろんです」


 依頼を受けると、レインは足早にギルドハウスを出て迷宮を目指した。携帯食料はまだ残りがある。受付嬢から聞いた話だと、オーネス採掘迷宮は全部で30階層らしい。その程度の規模なら、急げば数日で最下層に到達できるだろう。


 使い捨てではあるものの、迷宮から外に出るための移動アイテムも持ち合わせがある。街で迷宮探索の準備をする必要はない。ギルドハウスには迷宮の地図も売っていたが、地図情報が簡易的すぎて使い物になりそうになかったので結局買わなかった。


 西の森に入ると、迷宮の場所はすぐに分かった。三階建ての民家ほどの高さのある、巨大な岩の構造物が森の中央に存在していたからだ。ぽっかり空いている入り口は巨大で、幅が5メートル以上はある。下へと続く階段は底知れぬ深淵へといざなうかのようだった。


 迷宮の中へ風が吸い込まれていく。入り口の前に立つと、羽織っているマントが風で揺れた。この国に訪れて最初の迷宮探索になる。レインは気を引き締めて階段を降りて行った。

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