ブルートレインの食堂車
「今回はブルートレインかぁ。」
と、彼女は言う。
誰もいないホーム。
時の進まない空間。
ここは作られた世界。
そんな世界で、彼女は1人、影法師のような姿の旅客を相手に、食堂車の給仕役をしている。
「あら?」っと彼女はつぶやく。
影法師の旅客の一人が、はっきりとした人間の姿に見えたのだ。
(珍しいね)と彼女は思いながら、食堂車に今回使用する食材を積み込む。
全ての影法師が列車に乗ると、彼女も食堂車に乗り込む。
ガラスの笛のような笛音が響く。
DD51ディーゼル機関車が汽笛を鳴らし、「ガタン」と列車は一揺れして、夕方の駅を出発した。
町の駅を出発して少しだけ田園を走ると、列車は短いトンネルに入り、トンネルを抜けたら辺りは暗くなり、川を渡る鉄橋に差し掛かる。星空の下、月明かりが水面を照らし、風も無いないだ水面が、鏡の様に、夜空の星を反射させている。と言うより、水面の方からも僅かに小さな光が発せられている。
その水面に、DD51のヘッドライトの灯りや寝台車や食堂車の灯りを映しながら、列車は鉄橋を渡る。
まもなく、食堂車の営業時間が始まる。
彼女はそんな景色に見惚れること無く、業務に付く。
今日もまた、影法師のような姿の旅客が疎にやって来た。
チラリと旅客を見回すが、人の姿の旅客は居ない。
影法師は皆、それぞれの食事を済ませると、出て行ってしまう。何も話さずに。
光を発する木々や川の車窓に、流れ星が見えた。
その時、A寝台車の方から旅客がやって来た。
「いらっしゃいませ」と彼女は挨拶。
それは、人の姿の旅客だった。
どこに座ろうかウロウロして、B寝台車側のラウンジの方に座った。
「この内装、「出雲」かな?」
と、人の姿の旅客がつぶやいたのを彼女は聞いた。この列車、というか彼女の勤務する食堂車付きの列車には名前は無い。なのに、人の姿の旅客は、「「出雲」かな」と列車の名前を言った。
「オシ24。「出雲」か「あさかぜ」か、DD51が牽引しているところからみると、「出雲」って考えられる。」
と、人の姿の旅客は言った。
「あっメニューです。」
と、彼女は食堂車のメニューを人の姿の旅客の座った卓に置く。
「あっ」と、人の姿の旅客は初めて彼女に気付いた。
「どうもー。えっとー」
どこかぎこちない人の姿の旅客。
人の姿の旅客はメニューに目を落としつつも、彼女にも視線を飛ばす。
他に誰も居ない食堂車。居るのは給仕役の彼女と、人の姿の旅客だけ。
コップに水を注ぎながら、彼女は「お決まりの頃、お伺いします。」と言う。
人の姿の旅客は少し慌てながらメニューに目を通し、「えっと、じゃ、ハンバーグセットで、パンで、飲み物は紅茶をー」と注文。
「はい。ハンバーグセットですね。紅茶は、いつ頃お持ちしましょうか?」
「食後にー」
「かしこまりました。」
それから厨房に向かう彼女。
列車の外を、自ら光を放つ水面を持つ川が流れている。
夜空は宝石箱をひっくり返したような星が輝いていた。
星々の光で出来た空間を、DD51が牽引するブルートレインは進む。
食堂車に来た人の姿の旅客は、そんな景色に見惚れているのか、或いはこの列車が何か考えているのだろうか?
厨房から、ハンバーグセットのリヨン風サラダをトレーに乗せて、彼女は人の姿の旅客のところへ持っていく。
「セットのリヨン風サラダでございます。」
「ありがとうございます。」
と、短い会話。
影法師の旅客は物も言わない。
注文する時も、指で指す仕草で注文するのだが、この人の姿の旅客は自分の言葉で注文を伝えている。
「メニューは「北斗星」の?何なんだろうこの列車。」
と、人の姿の旅客が首を傾げながら、サラダを口に運んでいるのを横目に、彼女は厨房から、ハンバーグセットのパンとハンバーグをトレーに載せて、人の姿の旅客のところへ持って行く。
「カンカンカン」と、踏切の音が通過して行く。窓の外には、光を照らして丹頂鶴が舞っていた。