第八話 タオル
暑い。九月に入ったというのにまだ暑い。こんなに暑くなくてもいいのに。これが地球温暖化って奴か。恐ろしい。喉がカラカラだ。水筒持ってきたし、水分取っておくか。そう思い、僕は水筒を開けて一気に飲み干す。冷たい麦茶が喉を潤す。やっぱり暑いときに飲む麦茶は格別だ。
「…で、何でさっきから時雨さんは僕のことを見てくるんだよ」
「じー」
そこには僕のことをじっと見つめてくる時雨がいた。今日も、というか最近は毎日一緒に登校する仲になった。個人的には結構な進歩だと思う。まあ、もう出会ってから六か月も経つわけだしな。もう彼女と初めて会った時から半年か。早いもんだな。
「いやー、今日は暑いね。村雨くん」
「そうだね」
彼女はまだ見つめてくる。大体何が言いたいのかは分かるけど。面白いからもう少し分からない振りをしよう。
僕は彼女に水筒を近づけてみる。その瞬間、彼女の表情は一瞬にして満面の笑みに変わった。そして彼女から水筒を遠ざけてみた。すると、彼女の表情は絶望したかのように暗くなった。そしてまた彼女に水筒を近づけ遠ざける。この繰り返し。…おもろい。そろそろ彼女で遊ぶのをやめてあげるか。
「水筒、貸そうか?」
「まあ、村雨くんがそう言うなら飲まないこともないかな」
なるほど。彼女はさっき僕が遊んだから少し拗ねているらしい。
「じゃあ、いいや」
「すいませんでした。村雨様」
僕が水筒をバックにしまおうとすると彼女は急に態度を変えてきた。やっぱりおもろい。そして僕は彼女に水筒を渡す。彼女はとても嬉しそうだ。よし、また何か仕掛けられそうだったら仕掛けよう。
「ありがとう。村雨くん」
彼女はそう僕にお礼をすると水筒のふたを開けて、一気に飲み干し始めた。
「関節キスだね」
僕はそっけなくそう言った。実際はまあまあ恥ずかしかったけど。彼女がどんな反応をするのか見てみたかったから仕方がない。
「ゴフッ」
僕がそう言った後、彼女はひどくむせた。
「ゴホッ、村雨くん? 何言ってんの?」
彼女の顔はすごく赤くなっていた。作戦大成功…って。その瞬間、僕が彼女に背を向ける。麦茶が彼女のワイシャツにかかって、透け…今振り返ったら駄目だ。というか、今振り返ったら終わる。
「あれぇ、どうしたの? 村雨くん。こっち向きなよぉ」
彼女が思い切りニヤニヤしているのが見なくても分かる。くそ、やられた。そっち向けるわけないだろ。時雨、顔面偏差値高いし。スタイルいいし。胸大きいし。
「ほら、ほらぁ」
どうすればいい。ここから巻き返すにはどうしたら。そうだ。
僕はバックからタオルを取り出す。
「これ、使えよ」
僕は彼女の方を見ずにそう言う。
「…ありがと。やっぱ優しいね。村雨くんって」
彼女はそう言うと僕のタオルで顔を拭き始めた。何とか収まってよかった。彼女で遊ぶのはほどほどにしよう。
その後、二人は何も言葉を交わさず学校へと向かった。
「で、時雨さん。いつ僕のタオルを返してもらえるのでしょうか」
数日後。僕は彼女にそう問いかけていた。もうタオルを貸してから五日は経っている。そろそろ返してほしいのだが。
「まだ駄目。私にあんなことしたんだから。ただで返されるとは思わないで」
「そんなー」
僕のタオルが返されるのは、まだまだ先のことになりそうだ。あのタオル、結構気に入ってたんだけどな。
「そんな顔しないの。ちゃんと洗って返すわよ」
…そういう問題なのか。これは。まあいいや。いつか返ってくるはずだろう。洗ってくれるのはうれしいけど、できれば早く返してほしいな。
君は優しいけど優しくない。