第三話 勘違い
「はい、じゃあテスト前の数学の授業はおしまい」
はあ、あと少しで期末テストか。中間は三十位とかいう、なんとも突っ込みにくい順位をとったからな。今回は頑張ろ。
「あ、ごめん。テスト範囲が七十五ページまでに変更になったからよろしく」
あ、メモっとこ。
「おっ、やった。テスト範囲、縮まったじゃん!」
そんな声がぼちぼち聞こえる…って、うわ、時雨爆睡じゃん。大丈夫かよ。彼女の成績、知らないけど。
うーん、てか眠い。昨日、夜遅くまで勉強してたからな。えと、先生なんの話してたっけ。まあ、いいや。
「じゃあ、週末はテスト期間で部活もないから、しっかり勉強するんだぞー」
「えー、だるいー」
そんな声が上がる。まあ、僕は帰宅部だから関係ないけど。
「はい、じゃあ号令」
「あざしたー」
今日は帰って早く寝よう。
日曜日、テスト前日。んー、暑い。まあ、もう七月だし。無理もないか。勉強しよう。
なんか集中できないな。昨日は普通に集中できたのに。テスト前なのに。
図書館にでも行くか。気分転換もかねて。たしか自習室、広かったはずだし。
勉強道具よし、タオルよし、財布よし。荷物確認をし、自転車にまたがる。サドル熱っ、なんでサドルはこう黒いんだ。まあいいや、急ごう。
到着。めっちゃ汗かいた、飲み物でも買おう。やっぱコーラは美味いな。勉強頑張るか。
自習室は、あった。入口から右のすぐそば。おっ、誰もいない。ラッキー。さっそく数学でもやるか。高校に入ってから急に難しくなったし。
えっと、数学のワークと自主学習用のノートを準備っと。あと三週間前くらいに配られた範囲表。これがないと勉強できないからね。範囲は六十ページから八十ぺージか。
「んー、ちょっと休憩するか。五時間くらいやったかな」
僕は思いっきり伸びてから席を立とうとする。
「あれ、もしかして村雨くん?」
自習室を出ようとするとそこには時雨がいた。
「あ、時雨さん。偶然だね」
「うん、本を借りに来たんだ」
へー、本なんか読むんだな。そんなイメージなかった。勘違いはよくないね。
「村雨くんは勉強?」
「ああ、数学の。でもすごく難しい」
これは本当だ。高校の数学は何を言ってるのか、いまいち分からない。
「あ、じゃあ私が教えてあげるよ」
「え?」
時雨って勉強できたっけ。
「むむ、疑ってるね? その顔は」
「…」
まあ、普段の言動から見るとそんなに得意には…
「私、中間テストは七位だったよ」
「生意気言ってすみませんでした」
うわ、まさかの優等生だった。クラスのカーストの上位に食い込めるほどのポテンシャルを持ってるじゃん。ほんとに勘違いはよくない。
「分かればよろしい」
「じゃあ、お願いしようかな」
これは心強い。
「よし、じゃあ早速始めよう。何ページまでやったの?」
「えっと、七十五ページまで」
「あ、結構進んでるじゃん。確か範囲って八十ページまでだったよね?」
僕は範囲表を見る。
「うん、合ってる」
「よし、じゃあ七十六ページ開いて」
「うっす」
この後は結構、集中できた。あと、時雨は思っていた以上に教えるのが上手かった。これは感謝しかない。
「よし、これで八十ページまでの内容はばっちりだと思うよ」
彼女は顔の前で親指を立てる。
「ありがとう。本当に助かった」
「あはは。まあ、よかったよかった」
彼女は少し照れているのかもしれない。
「じゃあ、家まで送るよ。勉強、教えてもらったし」
「ありがとう。少し遅くなっちゃったし。お願いしようかな」
僕は自転車を押しながら彼女の左に立つ。
案外、彼女の家はすぐそばだった。というかマンションに住んでいた。しかも結構な階数がある。
「じゃあ、送ってくれてありがとね」
「こちらこそ。勉強、教えてくれてサンキューな」
僕は控えめに手を振る。
「また分からないことがあったら言ってね」
「ああ、頼りにしてる」
そして彼女はマンションの中に入っていった。
僕も帰ろ。
そして夜。僕は今日の数学の復習をしようと思い、今度は数学の授業ノートを開いた。
するとそこには「テスト範囲:八十ページ→七十五ページ」と書いてあった。その瞬間、僕は金曜日の授業のことを思い出した。
そうだった。テスト範囲、変更されたんだった。えっと今日、時雨から教えてもらったのが七十六ページから八十ぺージだから…
その瞬間、僕は青ざめた。今日、教えてもらった内容が全てテスト範囲外だったことに気づいたからだ。
そういえば、あの授業の時、時雨も寝ていたから分かるはずがない。うう、明日テストなのに。やってしまった。
君は優しいけど優しくない。