第一話 君は優しいけど優しくない
今年から高校生か。そんなことを思う。ここは偏差値五十ちょいの、世間一般的にいうとそこそこの高校。そんな、なんの変哲もない高校にこの春、僕は入学した。
「それじゃあ出席とるぞー、相沢ー。」
担任が出席確認を始める。
「時雨ー」
「はーい!」
ひと際デカい声が聞こえる。時雨月、こんな行動から分かる通り彼女はこのクラスでだいぶ浮いている。典型的なドジっ子タイプで、その観点からいえばどこぞの軽音部の平沢とかいうやつに匹敵するレベルだと個人的に思う。
「村雨ー」
「はい」
僕は愛想のない返事を吐き捨てる。村雨空、僕の名前だ。自分でいうのもあれだけど僕は完全たる陰キャだ。休み時間、クラスの端っこで黙々と本を読んでる奴っているだろ。それが僕だ。でも、そのおかげでなかなかの優等生ポジは維持できていると思っている。静かにしてるだけなのに不思議だよな。
「あと、このクラスの理科係は…」
「あ、僕です」
そう言って僕は控えめに手を挙げる。
「このレポート、この後職員室に届けておいてくれ」
「分かりました」
即座にそう答える。先生にこき使われるのはそんなに好きじゃないけどな。
チャイムが鳴る、休み時間だ。やれやれ、とりあえずレポートを職員室に届けるか。そう思い席を立つ。教卓に向かうと、そこには結構な量のレポートが置かれていた。
これは一人で運ぶのは大変そうだな。 まあ、頼める友達なんかいるわけないし、一人で運ぶか。レポートを持ち上げる。重い。はあ、こんな時は友達の一人や二人、欲しくなるな。
「あの…」
後ろから声を掛けられ、とっさに後ろを振り向く。
「大変そうですね、手伝いましょうか?」
そこには紛れもなくあの時雨月が立っていた。
なんで僕なんかに声を掛けたんだろう。まあ現状、助けてほしい状況にあるから手伝ってもらうか。
「いいんですか、ありがとうございます」
そう言って僕は彼女にレポートを三分の一程度渡した。
だいぶ楽になったな。クラスで浮いているとか思っていたけど、案外こういう一面もあるんだな。
「ホントに助かります。でも、なんで僕なんかの手伝いを…」
率直な感想を彼女に問いかけてみた。
「あの私、昔から周りになじめなくて。高校に入っても一人で過ごすことが多かったんです」
なるほどね、そういう感じか。
「そんな時、村雨さんのことが目に入って。あの、失礼かもしれないんですが、村雨さんも寂しそうに見えたんです」
なかなかズバズバと物事を言うな。まあ、寂しいと思ってたけども。
「だから、私は今日、あなたに声を掛けたんです」
「…なるほどね。まあ、そのなんていうか…ありがとう」
はあ、僕は何を言っているんだろうか。
「あの、よかったら…」
「ん?」
僕は首をかしげる。
「私と友達になってくれませんか?」
友達、か。確かに欲しいかもしれない。
「いいよ」
僕の口は勝手にそう答えた。雰囲気だけで彼女が少し微笑んだのも分かった。
「あ、ありがとうございま…て、うわぁ!」
バッシャーン!
すごく嫌な予感がする。後ろの方で音がしたけど…彼女が転んでレポートをバラバラに落としたようなそんな予感が。
僕は恐る恐る後ろを振り向く。結果は、ドンピシャだ。
「あ、あのすみません」
「いいよ、早く拾おう。友達、だろ?」
僕は昔から人を怒れない性格だ。ああ、結局仕事が増えてないか? まあ、友達ができたから、それなりの収穫はあったってところか。
君は優しけど優しくない。