火付き印
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おー、こーちゃん。絵本類の選定、お疲れさん。
子供たちに読み聞かせる本、どれにしようか考えているんだけど、どこを基準に選べばいいのやら。
いや、話によっては簡単に人が命を落としたり、身体がバラバラになっちゃったりするじゃない。候補にあるアリババと40人の盗賊とかね、そりゃもう……絵面考えると不自然かつ残虐じゃないか?
――目隠しされたとたん、目的の家にたどり着けるようになる靴屋とか、目印つけないと家のことが分からない子分たちとかも、さかしい子どもたちには失笑もの?
いやいや「さかしい」って……「こざかしい」ぽくて、なんか悪意ある表現だよね。うーん、子供に生意気なところがあるのは否定しないけれど。
なーんか、私の知っている判だと、靴屋はわいろであっさり口を割るし、わざわざ子分にやらせず盗賊のお頭がいきなり出張ってきた記憶があるんだが……短縮したものだったのかなあ。
ふむふむ、靴屋に案内させて白のチョークや赤のチョークで目印をさせたところ、モルジアナが気づいて、町中の家に同じことをしたと。
いやあ、盗賊が良心ある連中でよかったねえ。もし腹を立てた親分が「めんどくせえ、焼き討ちだ」とか言い出したら、かなりの被害が出ていたろう。あやうく大戦犯? だかになっているところだ。
この家に目印をつける方法。古典的で軽視されやすいが、その分、重要でもある。
一説によると、道を覚えるのが得意な人は、特徴的な建物を目印に道をたどり、苦手な人は特徴的な車や人などを目印に道をたどるという。
後者は動いてなくなる恐れのあるものを当てにしてしまうため、迷いがちになる。ゆえに場所が固定されるものを目印にすると、迷いづらいのだと。
ゆえに、私たちも家などにつけられる目印には、十分注意しなくてはならないようだ。
私も小さいころに、親にひとつ不思議なことを言いつけられたことがあるんだ。どうだい、聞いてみないかい?
私が小学生だったころ、親が珍しい形の火付け道具を買ってきた。いまや多くの人に知られる、「チャッカマン」という名の点火棒だな。
マッチやライターしか手にしたことのない私にとって、こいつとの出会いは革命だった。
なにせ、熱くない。前の2つは指と火が比較的近い位置にあり、ややもすれば「あちっ」とつい取り落として、大惨事を引き起こしかねない。
しかし点火棒は距離が開いている。理科室にある、栓をひねったガスバーナーに似た感触だ。
こう、自分が高見の見物しながら火を操っている、半分魔法使いに思える不思議な感覚を覚えたんだよね。
親もその私の危うさを知ってか知らずか、自分たちの見ている前でしか、私に火元を触らせないよう努めていた。点火棒たちに触れられるのも同じくで、普段はどこにしまってあるか、私にも分からなかった。
その私が、不意に留守番を任される日が来る。
私からみてやや遠い親戚が、発作で倒れて危篤状態との連絡が入り、親たちが駆け付けることになったんだ。
家に残ることになる私だが、あわただしく支度をする親たちは、ことあるごとに窓の外を気にしていたのをよく覚えている。はた目にも、来客があるかを警戒しているかのようなそぶり。
それも、時間を追うごとに顔を向ける頻度が上がっていく。「来るなら早く来てくれ。とっとと済ませたいんだが」という声が、いまにも聞こえてきそうなそぶりだったよ。
どうやらお待ちかねの相手は来ないまま、親たちの支度は済んでしまったらしい。
少し忌々しそうな顔をしながら、私に玄関先で待っているように指示し、親は家の奥へいったん引っ込む。それからほどなく、点火棒を手に戻ってきて、私の手へ握らせた。
「いいかい? 私たちが帰ってくるまでに、外の松の木を見張っといで。何もなければ、それでよし。けれど風もないのに、音を立てて揺れることがあったならお願いしたいことがあるんだ」
私の家の玄関先、外と内とを区切る門扉までの間には種々の草花が植えてあるが、その中でもいっとう背が高いのが松の木。
うねる枝がしばしば道路まではみ出しそうになるたび、手を入れているそれが騒ぐとき、私に仕事が回ってくるとのことだった。
親たちが出かけてから、しばらくの間。
私は一番玄関に近い台所の窓から、木の様子をうかがっていた。
風と一緒に他の草木はそよいでも、うちの松の幹はしっかりしているからか、めったなことではきしみ一つもあげずにいる。
トイレ以外でひっつき続け、おおよそ1時間ほどが過ぎただろうか。
根元から見上げる幹が、にわかにたわんだ。
身体の半ばにミドルキックを受けたかのように、明らかに上半分が横へ大きく傾ぎ、しばし止まってから、びんとはじかれたように元へ戻った。
どう見ても風のしわざには思えない。私は言いつけられている通り、点火棒を手にとって席を立った。
「……まずは外の門扉の近くで、火をつけて塀に近づけてごらん。そこに妙な色などが浮かぶようなら、火を押し当てて、じっとそのままでいな」
実際、家の外へ出ると近辺でも同じように、家から出てくる老若男女がいる。
私のような点火棒を手にする人もいれば、マッチやライターの人もいた。共通するのは、めいめいが火をつけて表札の下あたりから、塀を火であぶっていくような動きを見せることだ。
私もそれにならう。
10センチほど指から離れた筒の先に灯る火は、どこかランナーに運ばれる聖火のように思えて、私はそれでそうっとなでるようにして、塀の前をカニ歩きしていく。
そうと気づいたのは、塀と車庫の切れ目あたりまで来たときだ。
家に併設する我が家の車庫。そのちょうど直角に落ち込む角っこに、蝶番のような格好でそいつは浮かんだ。
最初、溶けたチーズが張り付いたかと思う、濃いめの黄色が見えた。私の胸から膝の高さにかけてべったり色を変えているそれは、不思議なことに火が近づいたときだけ浮かぶ。
遠目にはいつも通りの塀にしか見えなかった。
私は言いつけ通りに、点火棒の火を押し当て続ける。
焦げ付いて黒ずみそうな見た目に反し、この黄色は火を近づけたはしから、みるみる汗をかくように表面を湿らせていく。
無数の水滴を浮かべ、それが幾度も表面を滑るうち、黄の下から本来の塀を思わせる、グレーと茶のあいの子らしい色合いが戻ってくる。
他の家の火を持つ人たちも、それぞれの得物に火をつけて、塀や壁に近づけながら、背伸びをしたり屈伸をしたりしている。おそらく、私と同じものが見えてい……。
――壁?
塀をおよそあぶり終えて、ほっと息をつく私の頭によぎる言葉。
甲高い音を立てて、ガラスが割れたのはその直後だった。
顔をあげると、先ほどまで私がうかがっていた台所のあたり。松に面した小窓に、握りこぶしほどの穴が開いてしまっている。
穴はガラスのほぼてっぺん。その下へ残るものにも稲妻のごときうねりを伴うひび割れが走り、なおもそこから新しく破片が生まれて、落ちていく。
耳障りな音はなおも響き、ガラスの揺れも続いているが、肝心の揺らす輩の姿は見えない。
私はつい身をかがめながら、台所の窓近くへ急行。すでに半ばまで割れてしまった窓近くの壁へ、火を近づける。
手に降り落ちんとするガラスの破片をかわしつつ、ようやく窓のサッシ近くへ同じ黄色の粘体がへばりついているのを見つけて、火であぶり落としたんだ。
すっかり壁が元の色合いを見せると、ひっきりなしに続いていた窓の揺さぶりも、ぴたりとおさまる。念のため、家の各所も見て回ったけれど、これ以上のおかしいところは見つからなかったよ。
帰ってきた親の話すことには、このあたりにはときおり、あれらの印を残していく何者かがいるらしい。
今回、窓だけで済んだのは僥倖で、ひどい時には屋根を丸ごと持っていかれた家もあったのだとか。
それらを目印に襲う、あの姿ない者の正体はいまだ誰もつかめずじまいなのだという。