幼馴染
幼馴染の二人が婚約をしたのは、まだ9歳の頃。
それから約1ヶ月後に開かれたエヴァの10歳の誕生日パーティで、いつもは呑気なレネが珍しく神妙な顔つきで言った。
「エヴァが嫌ならね、やめてもいいんだって」
嫌だからってそんな簡単にやめられるのか、と真面目なエヴァは幼いなりに思案する。せっかく婚約したのに、もっときちんとした理由がないとダメな気がする。
何よりエヴァは、婚約を取りまとめた両親の判断に全幅の信頼を寄せていた。
「ううん、嫌じゃない」
首を横に振ると、素直でまっすぐなペールオレンジの髪が白い頬をくすぐった。
レネが顔を近づけて覗き込んでくる。
「なら嬉しいの?」
「うーん、とくに嬉しくは……ない? よくわからない」
「そうかぁ」
「レネは?」
「ぼくはね、どちらかというと嬉しいかも」
「じゃあいいよ! レネが嬉しいなら」
自分が幼馴染を嬉しくさせているのが嬉しくて、エヴァは自然と笑顔になる。
「エヴァはぼくが好き?」
「うん、好き」
「どんなところが?」
鮮やかなアンバー色の視線がレネの肩あたりで止まる。
レネは首を動かして、自分の肩に流れる銀色の髪を一房つまんだ。
「これ?」
こくり、とエヴァが頷く。
「きらきらして細い糸みたいなの。あと、目! お母さまの宝石と同じだわ」
「うん。アメシストの指輪だね」
母親がよく指につけるアメシストは柔らかな薄紫色。眺めていると心が落ち着いて、ガチガチに固まった思考が柔らかくなる。その効果は、ふわりと笑うレネの瞳に似ているとエヴァは思っていた。
法官の父親の影響か、いわゆる優等生タイプに育ったエヴァ。いじめの現場に出くわせば、人のために正々堂々と注意したりする。
そんな彼女は無自覚ながら、おおらかなレネと共にいることで、行き過ぎた道徳心のバランスを取っていた。
「笑った顔も好き。のんびりしているところも好き」
「ぼくもきみの明るい笑顔が好きだよ。まじめで一生懸命なところも」
レネはニッコリと笑って、少しイタズラっぽい口調で訊ねる。
「大人になって、ほかに結婚したい人ができたらどうする?」
「ほかに……レネじゃないひと……?」
「そうだよ」
下唇を軽く噛みながら少し考えて、エヴァが答えた。
「相談して、たくさん話し合う。それから二人でどうしたいか決めるの」
「それはいいね」
「レネ、大人って何歳くらい?」
「うーん、じゃあ、16歳にしようか」
小指を絡めた二人を、周囲の人たちが微笑ましそうに見守っていた。
「16歳になっても変わらなかったら、ずっと一緒にいようね」
あれから5年経ち、二人とも15歳になった。
約束の時まであと1年。